第32話 王国水兵団長ジョン=ロンカドル
『何っ!?』
『あの帝国皇帝が親征だと……!』
『本気で
通常なら皇帝は勅令のみを下して首都に留まり、遠征軍の指揮は軍部に委ねられるものである。
それを皇帝自ら軍を率いるとは、マルガリータ姫との婚礼を装った計略が、あらかた成功した事を受けての攻勢か、それとも……。
「オーッホッホッホッホッホッ! とうとうエロ豚皇帝がしびれを切らして、国ごと花嫁を奪いに来たようだわねえ!」
『何だとっ!?』
『しかし、あれが帝国海軍の全兵力にしたって、多すぎやしないか……?』
団員たちが言っている間にも、青い海を黒く塗りつぶすがごとく、蟻の大群のように蠢く船影がさらに数を増していく。
その数、ざっと五千!!
「オーッホッホッ! なぜ、
「何やて……? まさか、あれはお前の!?」
「そのとおり。半分は我が率いる『魔導大艦隊』。あれこそが、我の真の本隊よお!!」
ドヤアアアアアァァァァァと、これ以上ない気色悪い笑顔を見せるバルバドス提督。
そして。
カッ!
バルバドスは全身から、ストロボのような強烈な光を発した。
『!!』
突然の目眩ましに、視覚を奪われる。
ようやく団員たちが目を開けた時、その視界には空飛ぶオールの上に立ち、港を見下ろす海賊提督の姿があった。
『何っ!?』
『いつの間に!?』
「オーッホッホッ、縄抜けは
「我はこれから艦隊と合流し、魔力が戻りしだい再び貴方がたを
ドヒュン!
猛スピードで東の空へと飛んで行き、米粒のように小さくなっていく。
『待てっ!』
『このケツアゴ野郎っ!』
団員たちは慌てて発砲するも、すでに射程圏外に逃げられてしまった。
「はっはっはっ、こりゃあ一杯喰わされたな」
「団長!
「まあ確かに、バルバドスがあの軍勢と合流するのはうまくはないが」
「くっ……、逃がさ……ないぞ……、バルバドス……!」
ただならぬ様子に気づいたか、チョップがよろよろと立ち上がる。
「チョップくん!」
「チョップ!? 目ぇ覚めたんか!」
「大丈夫です……。あいつは僕が止めますから……」
空飛ぶ斬撃の構えを取ろうとするチョップだが、すぐにヘナヘナヘナとへたり込む。
「チョップっ!」
「いいから、もうお前は休んでろ」
「チョップくん、まかせて! わたしがアイツの足止めをするわ!」
そう言って、マルガリータはチョップの代わりにずずいっと前に出る。
「マルガリータ……?」
「え、お姫さん? どないするつもりでっか?」
「こうするの」
マルガリータは、すうーっと大きく息を吸い込んで。
『待ちなさーいっ! 尻尾を巻いて逃げるっていうのっ! このオカマ野郎おおおおおーーーっ!!』
おかまやろおおおー、おかまやろおおおー、と大空にののしり声が
オカマ呼ばわりされていたバルバドスがブチ切れていた事を思い出しての作戦だが、マルガリータは東の空でジタバタしている黒い米粒を指差して。
「ほら見て、動きが止まったわ。なんかプンプンしてるみたい」
「あ、あははは……」
「オレ、お姫さんはおしとやかぁな人やと思ててんけど、なんか思てたんと違うなあ……」
苦笑いするチョップと、キーンとする耳を押さえながらボヤくチャカに、マルガリータはふふふっと微笑む。
「ぽっぽっぽっ(笑い声)、さすが姫様。それでは僭越ながら私めも」
鳩胸のスワン副団長が指を咥えて、ピューイ! と口笛を吹くと、白鳩を先頭に百羽以上の群れをなした鳩達が、一斉に西から東の空へと飛んで行く。
鳩達に包囲され、身動きが取れなくなったバルバドスの様子が見えた。
「ありがとうございます、姫様、スワンさん。誰か私の弓を持って来てないか?」
「団長の大弓を持ってこい!」
第一部隊副隊長のトーマスの指示で、屈強な団員たちが運んで来た巨大なロングボウをジョンは受け取る。
いきなり上半身裸となり、長い矢をつがえ、数人がかりでないと引けないような剛弓をギリギリギリと引き絞る。
「チョップ、チャカ、射程外の敵に命中させるために必要な事が何か分かるか?」
「……えっ?」
「ここに来て
「たゆまぬ努力?」
「ふむ、不正解だ」
「じゃあ、お笑いのセンスとか」
「毎日の筋トレですか?」
兵団長はニヤリと笑いながら首を振り。
「違うな……、いつも言っているだろう? 『気合い』と『根性』だ!」
ビョウッ! と
くるっく、くるっく! くるっく、くるっく!
くるっく、くるっく! くるっく、くるっく!
くるっく、くるっく、くるっくー!
くるっく、くるっく、くるっくー!
くううううう……、るっくぅぅぅぅぅーーっ!!
「だあああっ! もうっ、ウザイったらありゃしない! 何なのよ、このクソ鳥共は!」
空の上のバルバドスは東へ向かおうとするも、
その時。
ボッッ!!
飛来した矢がバルバドスの胸部を貫通し、大きな風穴を穿った。
「…………な……、に……?」
バルバドスは胸の空洞を手でなぞると、鮮やかな赤にまみれる。狙撃元を見ると遥か彼方のサン・カリブ島。
「ば……か……、な…………」
視界が上下に反転し、バルバドスは青い空を見上げながら、青い海へと消えていく。
南海の魔王と呼ばれた悪逆非道の魔導海賊にしては、実にあっけない最期であった。
ふうっと息を吐き、団員たちに振り向くジョン=ロンカドル。
「相変わらず、すげえ……」
「あの距離を一撃やなんて……」
「まあ、たまにはお前達に団長らしいところを見せないとな」
兵団長はチョップに近寄ると、彼の肩をポンポンと叩き。
「悪党の命まで、お前が背負いこむ必要は無いさ」
「はい……」
事も無げな態度を崩さない兵団長に、マルティニク王は誇らしげに近付き。
「さすが、弓将『
「いえ、ナックルさんやチョップに比べたら全然ですよ」
ジョンは何を成した風も無く、あっさりと応える。
それもそのはず、魔導海賊を退けたとはいえ、帝国軍および海賊艦隊は間近に迫る。
それを前にし、ダンディな口ひげをなぞりながら瞑目する水兵団長ジョン=ロンカドル。
団員たちはいつでも動けるように心を整えながら、
必ずや、この苦境を打破する策を下されるだろうと。
「よしっ、みんなで逃げよう!!」
『え゛っ!?』
*
予想外の判断にザワつく団員たちをよそに、ジョンはマルティニク王の前でひざまづく。
「申し上げます。敵の戦力は船舶五千、敵兵は二十万以上。ひるがえって我が勢に使える船舶は無く、要となる隊長・副隊長をことごとく失っております。かくなる上は、国民の命を守ることを最優先とし、撤退戦とする事を献策いたします」
『!!』
すなわち、戦いながら王国民を国外に逃がし、サン・カリブ島を捨てるという意味である。
マルティニク王は、納得の表情を見せながらも。
「やはり、国土の防衛は不可能なのか?」
「水兵団船さえ健在ならば、百倍の戦力差も海上戦で跳ね返して見せますが、今は丸裸も同然です。ひとたび帝国軍に上陸されれば、またたくまに物量で蹂躙されるのみでしょう」
マルティニク王はしばし瞳を閉じる。
先祖代々受け継がれたサン・カリブ島の大地、サン・カリブ王国の五百年の歴史、それを想って深く嘆息するが。
「……是非もなかろう。民こそが国の礎、それを守る事が我々の使命であるからな」
「
ジョンは王に敬礼し、団員たちの方を向くと、良く通る声で言い渡す。
「聞け、皆の者! 今から団を二つに
『
意気上がる団員達に、兵団長はさらに重ねて。
「避難をする部隊は
『……』
「だがっ! これはサン・カリブ王国の未来を繋ぐための戦い! お前達に国のために死ぬ覚悟はあるか!!」
『『『
港を取り囲む水兵団員たちは、誰一人欠ける事無く
「スワンさんは、西海洋の諸国に危急を伝えるとともに避難民の受け入れの要請。東の大陸の反帝国勢力には、軍備が手薄になっている今こそ帝国に攻め上がる好機だと伝えて下さい」
「くるっくー!」
ピュューイッ! とスワン副団長が口笛を吹くと、足首に金菅をつけた伝書鳩の部隊が、西と東に別れて飛んで行く。
第一部隊のトーマス副隊長とチャカは。
「おっしゃあっ! 帝国のクソ野郎どもに一発ブチかましてやるぜっ!」
「オレのチャカチャカ流剣法も、ガツンとおみまいしたりまっせえ!」
「ああ、お前たちは避難部隊の方の指揮を取ってくれ」
『何でですかっ!?』
迎撃部隊として残るつもりだった二人は、思わぬ指令にずっこける。
「トーマス、私が亡き後の水兵団長はお前だ」
「!!」
「お前は何としてでも生き残り、サン・カリブ王国の再興に力を尽くせ。これは私からの最後の命令だ」
「くるっくー、団長のサポートは
「……
万感の思いで涙を流しながら、トーマスは直立不動で敬礼する。
「団長、オレはオレは?」
「チャカはトーマスの言うことをよーく聞いて、おりこうさんにするんだぞ?」
「子供か!」
「冗談だ。剣が立つお前は王族の護衛を頼む。国王と姫もすぐに避難を」
だが、マルティニク王は首を振る。
「いや、ワシは島に残ろう」
「お父様!?」「国王様!?」
思わぬ発言に、驚愕するマルガリータと執事長のケイマン。
「ワシには戦の才は無いが、
「……」
確かにジョン兵団長は、王と共に籠城する作戦も考えてはいた。
だが、ロンカドル家はサン・カリブ王国の建国以前からグアドループ家に仕える譜代の臣。主を犠牲にするような策はとても言上できるものではない。
それを
「なあに、グアドループ王城は引きこもるには持ってこいの防衛拠点だ。ポテトチップスとコーラと三国志全60巻さえあれば、ワシは何日だってイケるぞ?」
「お父様!」
涙を浮かべて見つめるマルガリータに、マルティニクは父親の顔で優しく語りかける。
「マルガリータ……、まさかこのような別れ方になるとは思わなかったが、お前には無理ばかりさせて本当に申し訳ない」
「お父様……」
「チョップ君、マルガリータのことをよろしく頼むぞ」
「えっ……? 僕は……」
「死にゆく国と王の願いだ、聞き届けてはくれまいか?」
国王として父として、有無を言わせぬ真摯な言葉に、チョップは頷かない訳にはいかなかった。
「はい……。わかりました……」
「よし、後の行動は
『
帝国海賊連合艦隊の上陸まで、残り時間はわずか。
ジョン=ロンカドル水兵団長の矢継ぎ早の指示に従い、動き出す水兵団員たち。
ところが!
《竜魔法……、『
ドオオンッッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオーーーッ!!!
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