第21話 雷撃の剣vs最強奥義

「がっ!!」


 首筋を狙った強烈な一撃!

 チョップはとっさに後ろ手を回して防御は間に合ったものの、脳を揺らされた衝撃で意識が持っていかれた。

 受け身を全く取らないままに甲板に叩きつけられたチョップは、バウンドして海上に放り出される。


「ついでに、あんたの命も貰っとこうか!」


 さらにナヴァザは大将首を狙って、マルティニク王に刀を向けようとする。

 泳げないチョップとサン・カリブ王国、共に絶体絶命のピンチ!


「チョップくんっ! 目を覚ましてーっ!!」

「……はっ!」


 絶叫するマルガリータ。鈴を転がすような彼女の声がチョップの内耳にだまし、彼の意識を呼び戻す。

 海に飛び込むかという瞬間、チョップはロープを投げて船縁の柵に絡み付ける。

 自身を船内に引き戻すと反動を利用して、空中のナヴァザに向かって挑みかかる!


「うおおおおおーっ!」

「何だとっ!?」


 ガキイッ!


 チョップが手刀を叩き込むとナヴァザも応戦し、宙空で競り合いが展開される。ミシミシと軋むような音が鳴る。


「おおおおおっ!」

「ぐおおおおおっ!」

「チョップくん! 負けないでっ!」

「! だあああああーーーーーっ!!」


 マルガリータの声援を受け、チョップは全力を出した状態から、さらに力を込めて手刀を振り抜いた。


「おわーっと!?」


 弾き落とされたナヴァザは甲板に激突する前に身体をひねって体勢を立て直し、遅れてチョップもスタッと地に降り立つ。


「マジかよ……、あれを切り返すのか?」


 わずかな潮風が西に向かって吹きはじめる。


 少年水兵は、驚愕の色をあらわにする黒い剣士に向かってダメージの残る足取りでフラフラと歩みながらも。


「確かにあなたが言うとおり、僕は生き急いでいるのかもしれません。ですが……」


 チョップはナヴァザに向け、乾いた血がこびりついた手刀を突き付ける構えを見せて。


「だけど、ここは僕の死に場所じゃないし、あなたに負ける気もありません。僕はあなたを倒してサン・カリブ王国を守る。僕が死ぬのはその後だ」

「チョップくん……」


 死を覚悟する少年の言葉に、マルガリータは悲痛な面持ちで彼を見つめる。


「ほーう、愛の力ってやつだな。いいね、君……いや、君たちと言った方がいいのか? この闘いをまだまだ楽しませてくれるなんて、嬉しいぜ」


 暗黒剣士ナヴァザは褐色の顔に、肉食獣のような笑みを浮かべながら、青眼の構えでにうずむらまさの切っ先を向ける。

 水兵チョップはその刃の一点だけを見据え、胸の裂傷から血を流しながら、半身で手刀を構えた。


「……にしても君たち、目の前でイチャイチャしてくれるなあ。これはもうアレだな、実質セ○クス」

「そんな事はしてません」



 *



 シャリン! ティキン! ガツンッ!


 白いこうぼうと黒い影が船内を飛び交い、鳴り響く金属音。水兵チョップと剣士ナヴァザの間で繰り広げられる激しい空中戦。


 ピキン! ガキッ! ジャリン!


「なんてえスピードだ、目が追いつかねえ……」


 それを仰ぎ見る、サン・カリブ王国の面々。

 赤髪のトーマス副隊長はどうにかチョップの助けに入れないものか、必死で目を凝らすも戦いに関わることが出来ない。

 すると。


 グロロロロロロロロロロ……!


 突如、轟く野獣のような咆哮。のようなチョップの腹の音。


「まずい……!」

「もらった!」


 空腹のため、ガクッと動きが落ちたチョップの隙を見逃さないナヴァザ。

 チョップはとっさにロープをマストに放ち、手繰りよせる事で攻撃を回避する。そして、すかさず。


「マルガリータ!」

「えっ? はいっ!」


 チョップを心配しながら見守っていたマルガリータは、彼の急な呼び掛けに応えると。


「おなか空いたーっ!」

「分かった、待ってて!」


 急いで船尾の船室に飛び込み、キッチンからこんがり香ばしく焼かれた七面鳥の手羽先とモモ肉を持って再び現れた。


「チョップくん、行くよー!」


 マルガリータは、ぐるんと背中を向けるトルネード投法。

 黄金の国の伝説のピッチャー、野茂英雄ばりの豪快なフォームで手羽先を投げるが、それはあらぬ方向へ飛んで行く。


「姫様、何を!?」

「大丈夫、見てて!」


 水兵団員たちの驚きをよそに、自信まんまんのマルガリータ。

 すると、ブーメラン状の手羽先が美しい放物線を描きながらUターンし、見事に空中にいる少年水兵の手元に届いた。


「ナイスコントロール!」

「えっへん!」


 鼻高々のおてんば姫。受け取りざまにパリパリと手羽先を食べ始めるチョップ。


「はあ? いきなり何ってんだ!?」


 驚きつつも斬擊を放つナヴァザから、ロープを帆桁に絡み付かせてチョップは真上に逃げる。

 その動きを読んで、さらに追撃をかける黒剣士。

 だが、立て続けにもう一本のロープを使い、チョップは直角の動きでそれをかわす。

 そして。


「マルガリータ、おかわり!」

「はいっ!」


 白いウェディングドレスのスカートをひらめかせ、マルガリータは脚を高々とかかげる、村田兆治のマサカリ投法でモモ肉を投擲する。


「やらせるかよ!」


 チョップとマルガリータの射線上に入ったナヴァザは、飛来する鳥肉を撃ち落とそうとするが。


 カクン!


「何だとっ!?」


 村田兆治ばりのフォークボールで軌道が変わり、ナヴァザの刀は見事に空振る。

 チョップは、フリスビー犬のようにモモ肉を口でキャッチして着地すると、甲板を走りながらモシャモシャとそれをいただいた。


「ありがとう、マルガリータ!」

「どういたしまして!」


 お姫様らしからぬ、男前なサムズアップをするマルガリータ。幼なじみの二人が息の合った所を見せる。

 腹の虫が収まったチョップは白いマントを靡かせながらマストを駆け上がり、三角飛びで縄梯子にしがみついているナヴァザに向かって飛びかかる。


「やけになったか? そんな直線的な攻撃は通用しないぜ!」


 無謀にも突っ込んで来るチョップを横裂きにする黒剣士。

 だが、真っ二つに斬り捨てたはずの少年水兵の身体が陽炎のように揺らめき消える。


「それは残像です」


 そう言いながら、ナヴァザの周囲に現れるのは十数人のチョップ。


「何ぃっ!」

『たあーっ!』


 黒剣士のお株を奪う、いや、それをはるかに上回る分身の術。

 ナヴァザは一斉に襲い来るチョップを、刀を振るって斬り払おうとするが。


「それは全部残像、本物はこっちです!」


 マストの上のチョップがロープを投げつけ、ナヴァザの身体を絡めとると。


「よいしょお!」

「おわーっ!?」


 ロープをグウンッと引っ張り、ハンマー投げのように振り回す。

 ナヴァザは慌てて絡み付いたロープを切り離したが、遠心力をつけられた勢いは止まらず、剣士は砲丸のように放たれて海の彼方へと消えて行った。


『やったか!?』


 かいさいを上げるサン・カリブ王国勢。だが、地に降りたチョップは油断なく、ナヴァザが飛んで行った先を見据えていると。


 うおおおおお……。


 遠くから聞こえる海鳴りのような雄叫び。


「うおおおおおーっ! 『てん疾走ドライブ』ーッ!」


 なんと、水平線から海の上を走ってくる黒い剣士の姿が!

 ドババババッと、水しぶきを上げながら迫るナヴァザ。

 すぐさま、チョップは船縁の手すりに飛び乗り、右腕を大きく振りかぶると。


「『くうざん』!」


 空飛ぶ斬擊がナヴァザの足元の水面を迎撃し、間欠泉のように爆発させた。


「マジかよーっ!」


 嘆きの声を上げながら、吹き飛ぶ暗黒剣士。あわれ海の中へと叩き込まれる。

 今度こそ、やったのか……?

 色めき立つサン・カリブ王国勢。

 しかし。


「『水の手アクアアガラル』」


 魔導海賊の呪文が海上に反響する。

 すると、海の中から出現した巨大な手が、沈没したナヴァザを高々とすくい上げる。

 さらに、地獄の亡者を思わせる無数の水の手が海面上に列をなし、運動会の大玉おくりのようにナヴァザを次々に運んで黒帆の船まで連れてきた。


「まったく、われの手を煩わせないで欲しいわね」

「どーもどーも、すんませんね」


 ケツアゴのくせに呆れたように鼻を鳴らす、魔導海賊バルバドス=トゥルトゥーガ。

 だが、ナヴァザは悪びれた様子を見せず、再びチョップと相対した。


「悪いね、闘いに人の助けは借りたくなかったけど、リングアウトで決着ってのもな。君もお姫様から肉をもらってたし、ここはすっとこどっこいということで」

「どっこいどっこいですね」

「しかし、本当に君はとんでもないタフネスだな。肉食ってからさらに動きが良くなったし、傷も塞がってるんじゃないか?」


 チョップの驚異の回復力と、あれだけの立ち回りをしながら息すら切らせていない様子を見て、長期戦になるほど不利と判断したのだろう。

 ナヴァザは刀を高々と上段に構えると。


「『こんごうりき』!」


 ドムンッ! とナヴァザは両腕を筋肉で膨張させながら、妖刀『渦村正』に黒いオーラを纏わせ、バスタードソードをゆうに超える極大の暗黒剣を形作る。


「だから、そろそろ決着ケリをつけさせてもらうぜ、俺が持つ最強の技でな!」

「そろそろか……」


 対するチョップも右腕を青白く帯電させると、必殺剣の構えを取る。


「行くぜっ! 『てん疾走ドライブ』ッ!」


 ゴウッ! とナヴァザは風を唸らせる猛烈なダッシュから、暗黒の剣を一閃する。


「うおおおおおーーーーーっ! 殺魔次元流、最強奥義! 『ごくごくらくげんざん』!!」

「『雷撃の剣カラドボルグ』……、『かたな割り』っ!!」


 ドガアッ! 


 莫大なエネルギー刀に稲妻の手刀を叩きつけるチョップ。

 火花が散り、ゴガガガッ! ガガガガガーッ! と、白鷹と黒豹が咆哮する音が轟き。


 ピシッ……!


 何かにヒビが走る音。

 一瞬、自らの刀に傷が入ったと感じたナヴァザ。

 しかし、次の瞬間。チョップが大きく飛び退き、右腕を押さえてうずくまった。


「うあああああーーーーーっ!」

「チョップくん!」

『チョップ!』


 命を刈り取る死神のように、黒服に身を包んだナヴァザは刀を肩に担ぎながらゆらりだらりと歩み寄る。


「どうやら、先に君の腕が限界を迎えたらしいな」

「くっ……」

「楽しい闘いだった。君のような使い手を消すのは忍びないが、悪く思うな!」


 ナヴァザは一直線にチョップに向かうと、死神の刃を振り下ろす。

 しかし!

 スクッとチョップは立ち上がり、右手で刀を軽く払うと。


 パキィン!


 頑強さを誇った渦村正が、破砕音と共に二つに折れ飛び、白刃が甲板に突き立つ。


「なっ!?」


 ザシュッ!


 飛び散る、赤い液体。

 一瞬のスキをついたチョップは、手刀でナヴァザの脇腹を掻き斬った。

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