第一章 大陸と海上 BGM #01 “auction & pirate”.《009》




 バーチャルなアバターだというのに、パビリオンの心臓がぎゅっと縮んだ。


 キリキリという鈍い痛みが走る。


 まるでギロチンの刃を落とすように、直上から大きな橋に沿って横一列に対艦ミサイルが迫る。


 落ちてくる。


「……ッッッ!!!!!!」


(敵の狙いは『#豪雨.err』の抹消? 回収なんて考えてもいないのか!?)


 海面が割れ、間欠泉のように膨大な水飛沫が上がった。その高さは豪華客船の展望台を超えている。


 一発でも当たれば船に致命的なダメージが入る。


 甲板に落ちれば爆風に呑まれたVIP達がまとめてフォールする可能性もある。


 紫のドレスの美女、パビリオン自身さえも。


 逆さにした大瀑布。恐るべき量の水のカーテンが、視界の全てを奪っていく。爆発による衝撃波の連打が誰も彼もの聴覚へ蓋をしていく。


 全てが消失し、世界から音が消えていく。


 ただし。


 ただし。


 ただし。


『大変失礼いたしました』


 パビリオンは、壇上に立つ。


 爆発は去り、逆さにした大瀑布もまた消えてなくなった。


 豪華客船は無事だった。


 傷一つない。隙間を縫った、結局一発も当たらなかった。


 真なる世界のVIP達は、驚きはしても逃げ惑う事はない。身を屈め、両手で頭を守る事さえも。原始的な恐怖は渾身の胆力で押さえ込む。今はそれどころではないと、もっと大切なものが見えていると、彼らの目は語っていた。


『持っている』のだ。


 理屈が勝たせるのではない。無理を通せば道理が引っ込む事を知っているのだ。


 だから死なない。フォールしない。


 これぞ強運。


 勝者の証。


 一発何億かかった対艦ミサイルかは知らないが、それでもただの強運が勝つ!!


 紫のドレスの美女自身、殺到しかけたPMCの護衛達を片手で制していた。


 


 そのパフォーマンスをもって、自分が『真の実力者達』と同じものを見ていると喧伝するために。捨て置く事のできない存在になったと証明するために。


 だから、パビリオンは笑う。


 逆境や襲撃さえも、己の未来のための糧として。


『それではオークションを再開したいと思います。今は二〇番の三〇一本です。待ちの時間は特別に、ここから計測し直しましょう。一二〇、一二〇秒で「#豪雨.err」はそちらの手に渡ります! 納得できない方は番号札を挙げてください! さあ!!』


 パビリオンは自らの呼び声で、世界が『戻る』のをはっきりと自覚した。空気を取り込み、運気を根こそぎ奪い、ささやかな賊の希望を完全に断つ。


 勝つ者は、勝つべくして勝つ。


 自分の精神がある種のゾーンに入った事をパビリオンは自覚する。それはVIP達の住む世界、欲しいものを欲しいままに獲得できる者だけが立つフィールド。


 故に、もう怖くない。


 この成功の道は何人にも邪魔できない。


 オークションを終えて『本当の実力者達』のリストを手に入れるまで、、パビリオンの歯車は絶対に止まらない。妨害すれば、妨害した方が噛み潰される。


 そう確信を得る。


 天啓。まさに神託。


 トロピカルレディ号は完全に橋の真下を潜り抜ける。対艦ミサイルをすべて失い、慌てたように真上でガォン!! というエンジン音がいくつも響いた。襲撃者も襲撃者で、破れかぶれの作戦に切り替えたようだ。おそらく橋の反対側の端からマシンごと大ジャンプして豪華客船の最上部、三段船室の屋根にでも飛び移るつもりだろう。


 だがゾーンに立つパビリオン達が今さら負ける道理はない。


 そんなものは大量に配備したAI制御のPMC達に任せてしまえば良い。


 


『五番が四〇〇本! 一気に突き放しました、四〇〇です!!』


 ミントグリーンのクーペやスカイブルーのコンバーチブルなどが次々と落下してくる。マシンを大破させずに船の屋根へ着地できただけでも褒められる技量だが、努力賞以外に与えてやるものは何もない。


 壇上のパビリオンはくすりと笑って、飾りのハンマーを掴む。


『他にはございませんか。四〇〇本で決定ですか。それでは―――』


 軽く持ち上げる。


 一〇〇〇人規模のPMCが一斉に頭上の侵入者へと銃口を向けていく。


 青さの残る美女は容赦なく、最後のアクションに移る。


『五番さんに落札です!! 皆さんどうか拍手を!!』


 タンタン!! とハンマーで壇上の丸いプレートを叩く。


 それは同時に、猟犬たるPMC達への殺しの合図となった。


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