第一章 大陸と海上 BGM #01 “auction & pirate”.《001》


◆◆◆


 サーバー名、シータイエロー。始点ロケーション、常夏市・半島金融街。


 ログイン認証完了しました。


 ようこそ蘇芳カナメ様、マネー(ゲーム)マスターへ。


◆◆◆


 鮫の歯と揶揄される尖った半島、常夏市の心臓部。


 南国のビーチと世界一のカジノと金融取引の中心地を足して三で割った、とにかく金という金がぎゅっと凝縮されたその街並み。


 風に揺れる椰子の木やハイビスカス、蒼い蝶に赤や緑の羽を持つ鳥。そうしたものとは正反対に、鏡のように磨かれた高層ビルがいくつも軒を連ねている。


 そんな一角。


 海水浴客が利用するための浜辺の駐車場に、ミントグリーンのクーペは停まっていた。カナメはスポーツカーの運転席のドアへ外から寄りかかり、瓶の炭酸飲料を口に含んでいる。


 照りつける太陽、ジリジリとした肌の痛み、大量の水滴を噴き出した冷たい瓶の手触り、重さ、喉を通る炭酸の弾ける感触まで、何もかもがリアルで埋め尽くされていた。いいや、現実世界では小銭で買える炭酸飲料がここまで美味しく感じられたものだろうか。


 マネー(ゲーム)マスターにも食事やスタミナの概念はあるが、ログアウト時に値がリセットされるため、数時間程度の滞在ならほぼ不要な項目だった。そして数日単位のぶっ通しログインは、リアル世界の方の栄養失調に繋がる。完全にのめり込んだ廃人達の『断食プレイ』でもない限り、普通はキリの良い所でログアウトする。


 ただし、味覚や満腹感は満たされるため、集中力持続や感情制御などで重宝される。また、何をどれだけ食べてもノンカロリーだから、ダイエットの役にも立つのだとか。


 一方、ツェリカは相変わらずボンネットで甲羅干しだった。またドライブレコーダーで自撮りでもしているのだろうが、この炎天下だとフライパンで焼かれているように見えなくもない。


「無理してない?」


「な……何を馬鹿な。優雅に佇む悪魔のベッドシーン以外の何に見えるというのかえ?」


 ミントグリーンのクーペの窓は開いていて、カーステレオの大音響が外までズンズンドコドコ鳴り響いている。マネー(ゲーム)マスターでの話なので、基本的には派手な洋楽か経済ニュースのどちらかが多い(つまり、動画職人のようにゲーム内で活躍する芸能人というのもいる訳だ)。たまにアニソンなんかが番組を埋め尽くすのは、まあ、『そういうスポンサー』が一時的に局の経営権を買収したからかもしれないが。


『ホワイトクイーン観光が経営者一族のオンライン会議を進め、航空、船舶、ホテルなどを完全一元化するとの発表がありました。流石は華麗なる財閥、株主総会なんて知った事じゃねえという話でしょうか。同社ではサーフライディングプロジェクトと呼称しているこちらのメリットは……』


『衛星ビジネスの続報です。現在、半島側の通信は海底ケーブルを軸としておりますが、こちらを順次無線ベースに切り替えるとの情報、一部ディーラー達による風説の可能性が出てきました。AIアナリストのブログなどでは……』


『武器弾薬取引額の公表に基づき、トキメ生命、総合ミストレス、タロットガールズ22など生命保険分野が好調なようです。先週から今週にかけて、追跡できる範囲ですら同取引額が飛躍的に伸びている事から、近く大規模な……』


「つまらんのう」


 ボンネットの上で生焼けにされながら、ツェリカは唇を尖らせていた。


 ホワイトクイーン観光や生命保険会社のロゴや株価の情報は、こうしている今も彼女のレースクイーンの衣装、ビキニトップスや膝上のブーツなどの上をなぞっては消えていっていた。


「つまらんつまらんつまらーん! こんなの流すなら美人アナウンサーの口から官能小説の垂れ流しくらいやってみせろい。てゆーかわらわをストリップバーか娼婦島にでも連れて行けー! 悪魔の女王は刺激と娯楽を求めておるぞー!!」


「どうしてお前は女性形なのに裸の女を見に行きたがるんだ」


「働く女性が美しく輝く瞬間をこの目に収めたいからです(キラッキラ)」


「言い訳もそこまで行くと逆に悪意的だな。褒め殺しみたい」


「おおっとう、職業差別はいかんぞ職業差別は。ダンサーだって娼婦だって立派なお仕事じゃ、哀れと思うのは逆差別じゃぞー!!」


 もう根っこが悪魔なので、モラルだの何だのは説き伏せるだけ無駄なのかもしれない、とカナメは適当に息を吐いた。小麦、株券、純金、兵器などマギステルスは一万分の一秒単位で機械的に金融取引を繰り返す自律投資プログラムを軸に、マシンの運転支援やナビゲート、戦闘補助、その他あらゆるサポート機能を束ねた統合AIのはずだが、ハイスペックな機能をとことん持て余している。


 そうこうしていると、待ち合わせの人物がやってきた。


 腰まで伸びたストレートの長い黒髪。前髪は完全なオールバックで、カチューシャでまとめてあった。ただでさえ意志の強そうな瞳に、さらに上から強調するようなメガネ。女性にしては背が高く、胸も大きい。服装については白いブラウスと黒のタイトスカートの組み合わせで、首回りにはネクタイがあった。全体的に、高級軍人が北風と太陽にしてやられて上着を一枚脱いだように見えなくもない。


 格好がラフなのは珍しくない。別にモラルの問題ではなく、とにかく暑いのだ。上着を脱いでいるくらいはまだまだ厚着な方で、水着で街を歩いているディーラーが大半である。この街はデジタルデータの集合体のはずなのに、こういうところは全く融通が利かない。まあ、真正面からでは絶対に勝てないAI制御のPMCを事前に弱体化させるなら真っ先に水とエアコンを潰せ、といった使える格言の出所にもなっている訳だが。


「予定通りの時間ね。あなたが蘇芳カナメ君で良いのかしら」


「そちらは―――」


「チーム『銀貨の狼Agウルブズ』の一員、リリィキスカ。そして今日からあなたと同じチームメイトで、少しばかり先輩になるのかしらね。とりあえずよろしく」


 握手を求められたので、カナメはミントグリーンのクーペから背を離して素直に応じた。


 が、おでことメガネのリリィキスカはカナメの対応そのものより、ミントグリーンのクーペの方が気になったようだ。厳密に言えば、カナメが背を離した途端、レースマシンのステッカーのように張り巡らされた大小無数の文字列が消失した事に。


 彼女はわずかに首を傾げて、


「さっきまで何をしていたの?」


「ああ、妹とちょっと話を。寝間着を買うつもりみたいだけど、パジャマかネグリジェかどっちにするべきか相談を受けてた。というかカメラ越しで着せ替え大会に付き合わされてた」


「過保護なのね」


「これくらいやらないと向こうが拗ねるんだよ。あいつはイライラすると気分転換とか言ってあちこち勝手に片づけ始めるから、自分の家なのにどこに何が置いてあるか分からなくなる」


 そして本題はそっちではない。


 リリィキスカはメガネのつるを軽く指先でなぞりながら、


「通過儀礼は終わったわ。蘇芳カナメ君、これで晴れてあなたは『銀貨の狼Agウルブズ』の一員として、共にクリミナルAOの『遺産』を回収する側に加入できた」


「一七億スノウも払っておいて、門前払いされたら戦争してた」


「あはは。まあ実力を測る上でも、今進めている計画の上でも、必要な額だったのよ。と、これ以上詳しい話は密室の中でやりたいんだけど、構わないかしら。ああいうのに睨まれながらの作戦会議っていうのも居心地が悪いし」


 彼女が言っているのは防犯カメラの事だろう。浜辺の防災スピーカーの柱に、無骨なレンズが取りつけられているのはここからでも良く分かる。


「別に良いよ。俺は車にこだわりがある方じゃない。乗る前に靴を脱げとかは言わないし」


 言いながら、ミントグリーンのクーペのドアに向かおうとするカナメ。


 だがリリィキスカは笑顔で勘違いを正した。


「ああ、そういう意味じゃないの。私の車にお招きするって言っているのよ」


「?」


 リリィキスカが自分の親指で肩越しに背後を指差した時だった。


 ハイブリッド仕様で電気側に切り替えているのか、ほとんど音を鳴らさない滑らかな動きで黒塗りの高級車がやってきた。カナメのクーペとはまるでタイプが違う。長い、とにかく長い。進化を間違えたダックスフントみたいにとにかく胴体が長過ぎる。


 流石にカナメも怪訝な顔になった。


「リムジンなんか乗り回しているのか? ガンアクションとカーチェイスの街で」


「あら、意外と使えるのよ? 車体が大きいって事はそれだけ分厚い防弾装備で固められるんだし、大きなエンジンも積み込めるんだし」


 くすりとリリィキスカは妖しく笑って、


「カーチェイスは速さと小回りだけじゃない、パワーでゴリゴリ押し潰すのもまた別の爽快感があるものよ。アクション映画とかで憧れなかったかしら、トレーラーとかタンクローリーで街中走り回るの」


 生真面目な委員長タイプかと思いきや、中身はがっつりドSらしい。


 ちなみに運転席から降りてきたのはツェリカと同じくAI制御のマギステルスのようだった。耳が長い金髪の少女。おそらくはエルフか何かがモデルだろう。着ているのはカジノの女性ディーラーのような黒系のベストとタイトスカート。とはいえ、レースクイーンのように企業ロゴが流れているので異質ではあるが。彼女が後部座席用の分厚いドアを開けてくれる。


 リリィキスカは身振りで後部ドアの方に誘いながら、こんな風に言ってくる。


「他に何か質問は?」


「ああ、まあ」


 と、カナメは一度わずかに身を引いた。まるで目の前の全景を改めて確認するような素振り。キョトンとするおでことメガネの『先輩』を観察し、やがて聞かれた事を聞かれた通りに答える。


「ええと、それは水着で良いのかな。それとも下着?」


「?」


「どちらにしても、わざと見せる類の装備なんだとは思うけど。……何にしても、赤って派手だよね」


 そこまで言われても、リリィキスカはさらに数秒の思考時間が必要だった。


 真っ白なブラウスの内側から原色のブラが透けている。


「えっ……わわっ、わひゃあ!?」


 爆発したように顔全体を真っ赤にさせ、慌てたように両手で自分の肩を抱き締めるリリィキスカだったが……さらに奇怪な音が響いた。


 ぷちん、あるいは、ぷつん?


 とにかく細い糸が千切れるような音と共に、急激な動きに耐えきれず、ブラウスの胸元のボタンが弾け飛んだのだ。それも一つだけでなく、立て続けに、連鎖的に。


「~~~ッッッ!!!???」


 言語化不可能な超音波を撒き散らし、ついにその場で屈み込んでしまったリリィキスカ。その仕草に、何となくカナメは海水浴で妹の水着が波に流された時の事を思い出す。ボンネット上のツェリカがけらけらと笑っていた。


 そしてリリィキスカはリリィキスカで、身を縮めたまま涙目で、何やらスカートのポケットから裁縫セットを取り出している。


 根本的な事を尋ねた。


「どうして、まず最初にサイズを変えようとしないんだ」


「ワンサイズ大きくなるとだぼっとして、体型に合わないのよ。私、スナイパー方面に伸ばしているからそういう小さなイライラが継続的に来るのはダメだし」


 ちくちくと内職作業が終わるまで、ちょっとした待ちの時間が発生した。


 リリィキスカは全ての作業を終えて胸元を閉じると、ゆっくりと立ち上がり、寝起きのように体を伸ばし、背を反らして、衣服の強度の確認などをしていた。……おかげでカナメの目の前で大きな胸を誇示する格好になっているのには気が回っていないようだが。


 人は、大きな刺激の前では小さな刺激を忘れてしまう生き物だ。


 ……相変わらずブラなんだか水着なんだかハッキリしない赤い何かが透けっ放しなのだが、もう言及はしないのが得策らしい。


「と、ともあれ、作戦会議はこっちで始めましょう。(……ああもう、どうして初対面の時に限っていつもいつも自己紹介みたいにボタンが弾けるのかしら)」


 何だか呪いのような事を言っている気がしないでもないが、ひとまずは流しておくのが優しさなのかもしれない。


 そちらに案内されながら、カナメはボンネットで寝そべるツェリカに向けてこんな風に話しかけた。


「ツェリカ、この場で待機」


「せっかくのボディラインも見せる人がいないとつまらんのう。その辺ドライブして来ても構わんかえ?」


「別に良いけど道端に停めるなよ。こちらのルールじゃ駐車場やガレージに停めてある車に手出しはできない。一見紳士的なルールだけど、逆に言えば違法駐車は好きに盗んで爆破しろって意味なんだから」


「了解」


「あとストリップバーと娼婦島は禁止」


「のォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! そこ省いた自由時間って何なんじゃーああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「趣味の話じゃない。今は仕事の前だから悪目立ちは禁止だ。どうせマギステルス単体じゃ俺の所持品しか扱えないから、隠れ家に置いてあるもの以外は自販機のジュースだって手に入れられないはずだけど」


「……あ、でも道端で娼婦に声を掛けるなら、そうアイテムではなくディーラーと接触するなら禁止ルールの隙間を縫」


「ツェリカ」


 釘を刺してから、いったん別れる。


 メガネのつるを指先でいじくりながら、リリィキスカが話しかけてくる。


「仲が良いのね」


「マギステルスってみんなあんな感じじゃないのか」


「ケースバイケースよ。それにしたって羨ましいわ、あの白い肌。日々SPF三〇〇のクリームを無駄遣いしている側からすると特に。本当、何でこういうところシステムで融通してくれないのかしら。リアル『過ぎる』のも考え物よね」


 リムジンに乗り込む。程良く冷房の効いた車内はどうしても縦長になるが、サイズはシティホテルのシングルルームより大きいかもしれない。外周に沿う形でソファが並べられ、中央にはガラステーブル。車内にはテレビや小型の冷蔵庫まであった。


 そして車内には、すでに『銀貨の狼Agウルブズ』のメンバーらしき男女が一〇人近く集まっていた。


 どうやらこのリムジンは殺人トレーラーであると同時に、チームの移動拠点としても使われているようだった。


 最後に乗り込んできたリリィキスカが、ガラステーブル上のインターコムを指で押して運転席へ話しかける。


「ソフィア。大きな通りを適当に転がして、安全運転でね」


『あいさー、キスカ様』


 乗り物が動き出すというより、そういうリラックス効果といった感で、緩やかな慣性の力がかかる。長大なリムジンが浜辺の駐車場から道路へ合流していくと、リリィキスカが早々に本題を切り出してきた。


「こちらが蘇芳カナメ君。彼の参入ともたらされた軍資金によって、私達は計画を実行に移す機会を手に入れたわ」


 ガラステーブルの上にいくつものウィンドウが開く。各々のメンバーが一七億スノウを支払って、『何か』を購入した旨が記載されていた。つまりこの場にいる全員がカナメと同等の腕を持ち、同じ目的のために同じ分だけ自分の腹を切った訳だ。


「言うまでもないけど、『銀貨の狼Agウルブズ』はクリミナルAOの『遺産』の拡散を未然に防ぎ、マネー(ゲーム)マスターの秩序を回復する事で、もってリアル世界の国際経済を守り抜く事を目的に掲げているの。カナメ君、スイス恐慌の件は覚えているかしら?」


「……、一応は」


 蘇芳カナメはゆっくりと息を吐いてから、


「マネー(ゲーム)マスター発の、リアル世界に伝播する世界恐慌。毎度お馴染み一部のディーラーがモラルハザードを引き起こして、近視眼的に金儲けに走った結果の凶行だって話だったかな」


「ま、あれは結局ギリギリ土壇場で未然に食い止められたんだけどね。でも最強装備の『遺産』があれば、いつでもあれと同じ事が起こせるはず。もっと手軽にね。そうなったら何千万人が職を失って、街どころか国が財政破綻で倒れる危険だってありえるの。計画的にやられるのもヤバいけど、一番怖いのが右も左も分からないルーキーがいきなり『遺産』を持つケースね。被害の規模が全く予想できなくなるわ」


「それで」


「今回、私達が狙うのはこいつ」


 ガラステーブルの上に表示されたのは、一丁のショットガンだ。


 いいや、そう呼んでも良いものか。


 銃と砲の区別は口径の大きさにより、各国の軍が個別にラインを引いている。が、ここまで大きければあらゆる国家のあらゆる軍人が判断するだろう。これはもうショットガンではなくもはや砲だ、と。


 全体としては、リボルビング式のグレネードランチャーにも近いシルエット。


「名称は『#豪雨.err』。一発引き金を引けば左右計六〇度、距離五〇〇に二〇〇〇発の鉛弾をばら撒く散弾兵器ね」


「そりゃデフォ値だろ」


 角刈りの大男が横から口を挟む。


「実際にゃあ砲身下部にあるガイドライトの光を浴びた箇所に、合計二〇〇〇発の鉛の雨を着弾させる兵器だ。レーザーポインターの広角版だと思うだろ? だが違う。光は歪曲もすれば反射もする、レンズを使えば集束だってできちまう。つまり、ミラーボール一つで空間全体が埋め尽くされる。遮蔽物の陰にいたってスポンジにされちまうのさ」


 マネー(ゲーム)マスターは基本的には現代の金融都市、あるいは犯罪都市をモデルにした世界観だが、いくつか物理現象を超えたモノが介在している。


 例えばマシンと共にあるマギステルス。


 そして『終の魔法オーバートリック』と呼ばれるまでに突き抜けた、クリミナルAOの『遺産』。


 カスタムを極め尽くした結果、あらかじめ設定されていた物理現象の上限さえも飛び越えてしまった、『正規手順でチート並みのシステム崩壊に辿り着いた一品』。


「確認するけど、それって持ち主も光を浴びないか? 壁に当たった光を眺めているのは、ようは反射光を目にしているからだろう」


 カナメが質問すると、猫背にリュックの男がオドオドと答える。


「光量で有効設定が決まるようです。大体、三五〇から四〇〇ルクス……蛍光灯くらいの光ですね。だから壁に当たって跳ね返る光程度ならそのままぶち抜き、でも鏡やガラス、水面などは反射設定が優先される。よって、屋内戦で誤って鏡を照らした場合までは保障しかねますけど」


 ともあれ、とリリィキスカが引き継いだ。


「高台やヘリから撃ち下ろせば、文字通りの死の雨が降り注ぐ事になるでしょう。『#豪雨.err』は一発だけでも見渡す限りの全てを殺戮するっていうのに、これをセミオートで好きなだけ乱射できるって訳。……まったく、チートかと疑いたくなる極悪仕様よね」


 同乗していた角刈りの男が、自分の頭をジョリジョリ撫でながら言う。


「いやはや、パンパン狙って撃つのが馬鹿らしくなってくらあな。これじゃほとんどスペースオペラの超兵器だぜ」


「こんなものが流出したら間違いなくゲームバランスは粉々に吹っ飛ぶ。……にも拘らず、目先の金欲しさに『#豪雨.err』をオークションにかけようとした馬鹿が出てきた」


 リリィキスカがガラステーブルを目線で操作すると、紫色のドレスを纏う美女が表示された。厚化粧に露出の多い服装だが、どこか背伸びしているというか、危なっかしい、青さの残る印象を見る者に与えてくる美女だ。


 角刈りの男がうんざりした顔で自分の頭頂部をポンポン叩いていた。ひょっとしたら見た目は度外視で、あの感触が楽しくて髪型を決定しているのかもしれない。『本人』は女性の可能性もありえる。


「ディーラー名はパビリオン。まあこの女だけなら小者なんだけどよ、問題なのはオークション会場の方だわな」


「そうね」


 続けて隣に表示されたのは、高層ビルやドーム球場などの建物ではない。


 洋上に浮かぶ豪華客船だった。


「クルーズ船トロピカルレディ号。AI企業ホワイトクイーン観光所有、定員二〇〇〇名、最大排水量九万トン、動力はディーゼルエンジン四基……まあスペックはどうでも良いわ。ようは、海の上に浮かんでいるから陸地を走る私達には手出しできないって事」


「お、おまけにですね」


 広い車内で身を縮ませながら、リュックの男が滑り込ませるように言ってきた。


「件のトロピカルレディ号はAI制御のPMC部隊によって警護されている状態なんですよ、ええもう。仮にヘリや潜水艇などを購入して乗り込んだとしても、まず蜂の巣です。あれと正面切って撃ち合ってもろくな事になりませんよ」


「つーか、近づく前に吹っ飛ばされるわな」


 角刈りがそんな風にまとめた。


「ホワイトクイーン観光はAI財閥だ。生身の人間なんざ受け入れるはずもねえんだが……例のパビリオンっつー女は社外取締役として例外的に食い込んでるようなんだよな。トロピカルレディ号もそのツテで振り回しているヤツのオモチャさ」


 財閥は一般企業と違って要職を全て自らの血族で固めた大企業、と考えれば分かりやすいか。元からプログラムのAI連中に適応するとややこしくなるが、ようは『株主総会など通常手続きを踏まずに少数のNPCが経営の舵取りを行っている』とすれば良い。


 言うまでもないが、普通であればAI制御の企業には人間のプレイヤーが入社する事はできない。それでは大会社に就職した人間だけがのし上がる、つまらない仕様になるからだ。


 つまり、それくらいの例外扱いなのだ。


 リリィキスカはそっと息を吐いて、


「パビリオンはAI経営陣だけでは対処できない柔軟な思考を買われた猟犬のようなもの。つまりAI財閥付きのディーラーと見るべきね。たった一度のヘマで首を切られる程度のインスタントな重役だけど、結果を示し続ける限り強大な権限をキープしているはずよ」


 一回のミスでクビ、というのは何ともハイリスクだが、この辺りはゲーム上の都合でも働いているのか。椅子取りゲームは頻繁に人が移り変わった方が盛り上がるのは間違いない。


「ホワイトクイーン観光はシンプルに派手な取引をした順にディーラーをリストアップして上からスカウトの声をかけているらしいですからね。ひ、一人一七億。パビリオンさえ居座っていなければ、今頃我々『銀貨の狼Agウルブズ』にお呼びがかかっていたかもしれません」


 なるほど確かに厄介な相手だ。もちろんAI財閥の私有地に限るが、本来AI制御で侵入者を平等に殺戮するはずのPMCどもへ自由に指示を出せるというのは非常に強い。


 カナメはほんのわずかに首をひねってから、


「だから、をみんなで購入したと?」


「ええ。馬鹿正直に立ち向かう事はできなくても、搦め手ならPMCを排除できる。行き止まりの壁はぶつかるためじゃなくて、回り込むために存在する。それがディーラーの考え方ってものでしょう?」


「……、」


「私達が各々拠出した一七億スノウは絶対無駄にはならない。もっと価値のあるステップを踏むために必要な投資でしかないんだから」


 リリィキスカはくすりと笑ってから、ガラステーブルを目線で操作する。


 敢えてそこには触れずに、


「唯一、私達が洋上の豪華客船と接触できるであろうポイントはここしかないわ。ハードエンゲージブリッジ。例の船が外洋から半島内湾の商業港へ戻る際に必ず差し掛かる巨大な橋ね。だけど当然、向こうだって橋の上から狙われる事くらいは想定しているはず。さらにもう一手が必要になってくるの」


 その方法についても説明があった。


 というより、これは認識の齟齬を埋めるための確認作業に近い。


 そして説明を終えると、リリィキスカは補足としての情報を開示した。


「なお、未確認だけど本件にはクリミナルAOの身内と思しきディーラーが関わっている事が確認されているわ」


「……、」


 カナメが沈黙していると、リリィキスカは先を話す。


 ガラステーブル一面に、遠方から撮影したらしき写真画像が表示される。


「ディーラー名はミドリ。『#豪雨.err』を手に入れて何をしようとしているのか、そもそもの実力も未知数。だけどクリミナルAOの関係者という時点で思想・腕前は共にヤバい相手と見るべきね。というか、私達が躍起になって調べてもこの程度しかデータが出てこない、って時点でレベルマックスで警戒すべきなのよ」


 見た目だけなら可愛らしい、小柄な少女に見える。長い黒髪は前髪を切り揃え、ツインテールにした色白の女の子。服装は薄い胸元の起伏を覆う黒系のフリルビキニとミニスカートを組み合わせ、手首まで覆う短めの手袋、ニーソックス、青い薔薇をあしらったヘッドドレス、それらに白いレースの縁取りをする事で、どこかゴスロリっぽい空気を出していた。


 ただし、


「というか、クリミナルAOの身内って事は、誰よりも『遺産』に詳しい可能性もあるんだろ。こいつなら、『#豪雨.err』のセールスポイントも熟知してる。最悪、パビリオンを裏で操っているのがミドリって線も五分五分以上にある訳だ」


 紅葉柄の赤い大型バイクにまたがる女は、最大のジョーカー。


 煉瓦の壁の路地裏で撮影されたその一枚は、彼女の棲む世界を暗示するかのように重たい陰が差している。


「現地で遭遇したら敵性とみなす。それが背中を撃たれない唯一の方法でしょうね」


 方針は決まった。


 カナメはリムジンの中に居並ぶ面々をぐるりと見回し、一つだけ質問する。


「決行は?」


「すぐにでも」




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