幕間




 かつて、マネー(ゲーム)マスターには伝説的なディーラーが存在した。


 クリミナルAO。


 彼がフォール、つまり死亡した折、保有していた装備品のいくつかが流出した。


 この世界にはレベルアップ制度はなく、武器、防具、車両など、『強さ』に直結する要素は全て現金で売買できる。たとえ始めて一〇分のルーキーでも、クリミナルAOの装備を手に入れれば同じ『強さ』を振りかざせる。


 あまりにもカスタムを極め、いっそチートかと疑うほどの『強さ』を。現実的な犯罪都市を広げるマネー(ゲーム)マスター内においてここだけが例外、徹底的な改造の積み重ねの果てについにはあらかじめ世界観全体に設定されていた物理現象の上限さえ突き抜けた一品……そう、『終の魔法オーバートリック』などと囁かれる、圧倒的に理不尽な『強さ』を。


 今や、マネー(ゲーム)マスターにおけるゲーム通貨スノウの価値は、円やドル並に安定している。ゲームの中で一万スノウを稼げば、それは現実の電子マネー一万円分と変わらない。国や地域によっては通帳や口座に金を預ける代わりに、ゲーム内で家や宝石を買って貯蓄している人々さえ珍しくない。物好きな何人か、ではなく国民全員が頼りにする銀行や両替商さえ、である。


 ゲーム内の秩序は、そのまま世界経済の秩序へ直結する。




 だから、誰もがクリミナルAOの『遺産』に振り回された。




 あるいは、単純にマネー(ゲーム)マスターの頂点に立ちたい。あるいは、マネー(ゲーム)マスターの秩序を取り戻したい。あるいは、いつでも好きに秩序を乱せる側に立つ事で現実世界の企業や国家に揺さぶりをかけたい。あるいは、あるいは、あるいは、あるいは。


 まるでチートコードのように限界を超えた改造を施され、各々極悪なスペックを誇る、クリミナルAOの『遺産』達。


 馬鹿馬鹿しいと分かっていてもゲーム内通貨を仮想通貨とみなし、現実世界の金融市場から切り離せない今の人類にとって、ある意味それは核兵器と同レベルの価値を持つ絶対の兵器なのかもしれない。


 何故ならば。


 それは使い方次第で大陸間の国際経済に大嵐を呼び起こし、個人の意思で国家を支える貨幣を紙屑に変え、人々の生活にピリオドを打つほどの力を持つのだから……。




 これは、そんな『遺産』を巡る物語。

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