ならく  (お題:実験・真理・奈落)

 

 ある日突然、私の目の前に小さな奈落ならくが現れた。


 どうやら、皆には見えていないみたい。

 それどころか、奈落の上を通っても、全く落ちる気配けはいがないのである。


 どこまで歩いても、後ろを振り返ればそこにある小さな奈落。

 もしかしたら、私の目がおかしくて、そこに奈落など無いのかもしれない。

 そう思った。


 気にしないようにはしているのだが、ふと、振り返ればそこにある奈落。

 それを見ると、どんな楽しい事をしていても、たちまち、我に返ってしまい、つまらなくなってしまう。


 私はどうにかしてその穴を埋めたいと考えた。


 初めに物を落として埋めてしまおう。と試みる。

 しかし、物は奈落の上に留まるばかりで、一向に落ちる気配がない。

 実験は失敗だった。


 ある日、欲しいと思っていたバッグが安く売っていた。

 しかし給料日前だ。あまり自由に使えるお金は無い。


 これを買ってしまえば、明日からの私の食生活がモヤシ一色になってしまうだろう。

 それは嫌だ。…でも、欲しい。私の心が揺れ動く。


 すると、私の背後で何かがうごめいた気がした。

 …奈落だ。


 私はなんとなくそのバッグを手に取って、奈落に投げ込んだ。

 すると、あら不思議、奈落がバッグを飲み込んでしまったのだ。


 私は驚き、逃げるように店を出る。

 奈落が吸いこんだ物のお金を払うなんて、今の私にはそんな余裕はなかった。


「あれ?」

 家に帰れば、化粧棚の前に先程のバッグがあった。


 私は不思議に思い、首を傾げるが、仕事の疲れから頭が回らず、そのまま布団の中に沈んでいった。


 朝、目を覚ますと、やはりバッグはそこにある。

 …これは使えるかもしれない。私はそう思った。


 その日も仕事帰りに、気になっていた商品を奈落の底へと投げ込んだ。

 やはり、家に帰ってきてみれば、その商品は家の中に転がっている。


 私はほくそ笑む。

 それと共鳴するように奈落が蠢いた気がした。


 朝起きれば奈落が一回り大きくなっていた。

 もっと大きなものまで入れられるようになったぞ。と、私は喜ぶ。


 その内に、私は仕事もやめ、奈落を利用して生活をするようになっていた。


 そんなある日、昔の友人たちから、同窓会に参加しないか。と、メールが来た。


 私は奈落のおかげで充実した暮らしをしている。

 服だってとても良い物を持っていた。


 これらを見せびらかすのには丁度、良い機会か。

 と、私はメールで参加のむねを伝える。


 そして、とうとう待ちに待ったその日がやってきた。

 私は良い物を集め、着飾り、同窓会に向かう。


 普通の服装をしていた友人たちは驚いていた。

 皆は私の事を見て「変わったね」と苦笑していた。


 私は少し浮いてしまい。悲しくなる。

 こんな事なら普通服装にして来ればよかった。


 そんな私の悲しみをむさぼるように、奈落はまた大きくなった。

 それでも同窓会は楽しかった。学生の頃の戻れた気分だった。

 あの子とあの子がくっついて、あの子はもうお母さんで、あの子はバリバリのキャリアウーマン。予想もしていなかった変化をさかなに、皆はしゃぎまくる。


 とても楽しかった。この時間がずっと続けば良いのにと思った。

 しかし、時間とは無情なもので、すぐに終わりが来てしまう。とても残念だった。


「ねぇ」

 振り返れば、昔付き合っていた彼がいた。

 結局、遠距離になってしまい、別れる事になってしまったが、私は今でも彼が好きだった。


「僕さ…今、真理と付き合ってるんだ」


 え?…。

 私は言葉が出なかった。


 彼に声を掛けられた時、私は少し期待してしまっていた。


 でも、そうか…。親友の真理の事は私が一番分かっている。

 優しくて、気配りができて、少しどんくさい所もあるけど、とても良い子だ。


 私は彼に「お幸せに」と告げると、すぐにきびすを返す。

 泣き顔など見られたくなかったから。


 ストン。

 私は嫌な予感がして振り返る。

 そこには奈落があるばかりで、彼の姿は無かった。


 私は急いで家に帰る。確認せずにはいられなかったのだ。


「お疲れ様」

 鍵を開けると、彼が出迎えてくれる。


 こんなのはおかしい。それにこれは真理に対する裏切りだ。

 それでも私は彼をこばめなかった。

 そして朝を迎える。


 その日から、たまに彼が家に顔を出すようになった。

 私はどんな時間よりも充実したその瞬間を手放せなかった。


 ピーンポーン。

 いつも通り、玄関のチャイムなる。


 彼だ。

 私は「はぁ~い!」と声を上げると、軽い足取りで玄関に向かう。


「真理…」

 扉を開けた先にいたのは真理だった。


 私は酷く責められた。何も言い返せなかった。

 最後には「絶交よ!」と言われて家を出ていかれてしまう。

 私の手はもう彼女には届かなかった。


 そして、またしばらくすると、今度は警察の人が来た。

 なんでも私が万引きの常習犯だという。


 私には良く分からなかったが、もう終わりだと思った。


 私の絶望を食らって、また奈落が大きくなる。


 あぁ、そうか。君はずっとこれが食べたかったんだね。


 奈落が喜ぶように蠢き、私の足元まで擦り寄ってくる。


 無邪気で、可愛い奴だよ。君は。

 

 私は奈落の底に身を投げた。




==========

※おっさん。の小話


 寝起きの頭で何も考えずに書いたらこうなりました。


 奈落の正体は何なのか、考察してみるのも面白いですね。


 今回は真理しんりをあえて真理まりと言う登場人物にしてみました!


 この作品に唯一残る遊び心ですね。


 真理まりは社会に対する真理しんり


 では、奈落が現れた彼女の真理しんりは何なのでしょう…。


 その答えは無邪気な彼女の影だけが知っているのかもしれませんね。


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