第88話 祈り


 糞っ!


 糞っ!


 口には出さないが、その目は叫び睨む。



「ケホッ。」

 締められていた喉に左手を持って行く。

「ゴホッ。」

 残っていた肺の空気を入れ替えた。

 しかし、油断なく右手を後ろに回し握り手を掴む。


「いつの間に…。」

 銀の短剣の事を言っていた。


「あら、さっき貴方が手が届くようにしてくれたじゃない。」

 まだ、締められていた後遺症なのか苦しげな声で答える。


「あれは芝居!?」

 聞き取れない声を聞くために近付けた耳。

 自らの行為が白頭巾の仕掛けた罠。

 刺さっていた銀の短剣を取るための作戦。



「優しい私が一つ教えてあげるわ。」

 また、口元が笑う。



 銀の牙は、また嫌なものを見た。


「何ですかな?」

 痛みを堪えながらも平静を保つ。


「さっきの爆発の音で、耳やられてるわよ。」

 上げた顔は目も笑っていた。


「何を言うかと思えば聞こえてますよ。」

 実際に白頭巾の声も聞こえている。

 まだ、締め上げた後遺症が残っているのかとも考える。


「ペーターの足音。」


 言われ、気が付く。

(確かに、聞こえなかったが、戦いに集中していたからだろう。)


「何より…。」

 開けた間が、不安を煽る。

「貴方。話す声が大きくなってわよ。」


「そんな…。」

 確かめように両耳に手をやるのは自然の流れ。


「ねっ。鎖の音が聞こえ難いでしょ。」




 恐怖。


 銀の牙の背中を冷たい汗が流れる。


 白頭巾にでは無い。

 彼女の戦いの素質と資質に魅了された自分に恐怖した。



 焦り。


 苛立ち。


 思考。


 脳内で感情が渦を巻き、溶け合す。

(何か。何かないか。)



「そろそろ、観念しなさい。」

 回転弾倉拳銃を銀の牙に向かい構える。


(何か!)

 助けを求めた眼球が周囲の情報を集める。

(何か!)


(!?)

 渡りに船。

(神よ。私を見捨てなかったのですね。)

 神に対し、真逆の存在である人狼が祈った。

 人としての習慣は今だ残る。



 瞬前。


 銀の牙の目が捉えたのは、物陰から飛び出し立ち尽くすレイモンド神父。



(ちょうど良い所に…。)

 悟られない用心。

(先程とは違う奴だが、この娘なら!)

 確信し、伸ばした右手を左腕の鎖にかけた。


 左腕に巻かれた鎖を無造作に、

「フン!」

 引き千切り欠片を右手の中に隠した。



 警戒。


 緊張。


 引き金にかかる指が発砲のギリギリまで力を込める。



「これなら!」

 引き千切りる勢いを振りかぶる動きに変換。

 踏み出す左足は、狙いを付ける。


 振り被る。


 捻る。


 捻る。


 捻る。


 遠心力。


 左足が床を踏みして起点とする。


 脚を捻り、螺旋の力を伝える。


 伝えられた力を、腰の螺旋で増幅し次へと渡す。


 増幅し伝えられた捻りの力は胸に、そして右腕の遠心力に変換。


 投げる。


 右手に集められた力は解放され、隠し持った鎖の欠片を高速で投げ出させた。

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