「えっ?! 飲み放題のオフィスですか!?」 コワーキングスペース

・一話完結スタイルです。

・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。

・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。


今年の春から社会人になる 舞浜みつき は、ビール好きの教育係 常陸野まなか から、日本には大手メーカーが作る以外にもいろいろなビールがある事や、その場で作られたビールをすぐに飲めるお店が身近にある事を教えられる。

そんなみつきが、ふんわり楽しくお気軽に、先輩や同僚たちといろいろなお店でいろいろなビールを飲むうちに、いつのまにか知識がついたりつかなかったりする物語。


 § § §


「その案件、私、担当したいです!」


 いつもは控えめかつ口下手で、人見知りの気もある常陸野 まなか。そのまなかが上げた積極的な声を、新入社員の舞浜 みつきは背中越しに耳にし、珍しいなあと感じていた。みつきの教育係であるまなかの担当案件に、みつきが同伴するのは必然だった。


 §


 そして、数日後の案件当日、現場に向かう道すがら、みつきはまなかに尋ねていた。


「そういえばまなかさん、今日の案件の内容、現場に向かいながら教えていただけるってことでしたけど──」

「……うん。今日は社内の人へのインタビュー。最近、うちの技術企画部門が、コワーキングスペースに入ったの、知ってる?」

「はい、シェアオフィスともいうんでしたっけ? 同期の子がちょうどその部門で。みんなとオフィスが違うって寂しがってて──。でも、どんなとこなのかはよく知らないです」

「そうなの。社内のみんなもだいたい同じ感じ。だから、社内のみんなにオフィスの様子や、実際にそこで働いている人たちの声を、私たちが社内報の形で届けるの。それが今回のお仕事」


 (なるほど、やりがいのある案件だなぁ──)と、みつきは思いながら、ふと数日前のまなかの様子を思い出した。


「そういえば、今回のお仕事、まなかさんすっごく積極的じゃなかったですか?」


 すると、まなかは恥ずかしそうに少しうつむきながら答えた。


「……えっと、今日行くところ、ビールが飲み放題みたいなの……お昼から……」

「えっ!? 飲み放題のオフィスなんてあるんですか?!」


 驚くみつきに、まなかは軽く握った両手を胸元で上下させながら、社会人としての意識は忘れてないよ! とでもいいたげな表情で重ねる。


「も、もちろん……うちは社則で業務中の飲酒は禁止されてるから、業務後じゃないと……ね! だけど、会社や国によっては、ランチビールを飲んでいいところもあるの。だから、いくつもの企業が同居して、コミニュケーションとか、コラボレーションを産むためのきっかけの1つとして採用されたみたい……」

「なるほど、進んでるんだー。そういう理由なんですね!」


 いやー、照れてるまなかさんちょっと可愛いなあ、などとみつきは思いながらも、今日の仕事に意識を向けた。


 §


 インタビューの段取りや注意事項などについて話を重ねるうち、2人はコワーキングスペースのエントランスに到着した。目の前に広がるフリースペースでは、落ち着いた、しかしさまざまな色や形のソファーやテーブルが配置されている。それらは雑然としているように見えて、でもどこか明確なルールのもとに配置されているような印象を受ける。まなかはてきぱきとカバンからケータイを出すと、先方に到着したことを伝えた。


「「よろしくお願いしますー(ッス!)」」


 程なくして取材相手となる2人がやってきた。そのうちの1人を見て、みつきとその相手は驚きの声を上げた。


「あれ!? 瑠璃ちゃん!!」

「あれ!? ミツキチじゃないっスか!!」


 同時に、まなかも子首をかしげていた。(……誰かに似ているような……)

 取材相手としてやってきたのは、みつきの同期である川越 瑠璃と、その教育係の中堅社員だった。


 §


「それでは、原稿案ができ次第、ご連絡します。本日はありがとうございました──」

「こちらこそ、ありがとうございました! 原稿楽しみにしてます。みつきさん、ぜひビール、飲んでいってくださいね(笑)。あ、瑠璃ちゃん。ちょっと早いけど、今日はもうお仕事おしまいで大丈夫。そのかわりにごめんなんだけど、ビールサーバーの場所とか使い方、教えてあげて。私はちょっと別件が入っちゃったので、お先に失礼します!」


 インタビューが終わると、瑠璃を残して取材相手の中堅社員は颯爽と去っていった。


「あはは、まなかさん、これは飲ませていただかないとですね」


 みつきが振ると、新人たちの前だからか、まなかは少し赤面した。


「そうですよ、まなかさん、遠慮なさらず!」


 瑠璃が追い討ちを掛けると、すぐに2人ビールサーバーの元へと案内する。


「さささ、どうぞこちらへ! ……ジャーン! ここでは2種類つながってるっス。セルフサービスなので、そこからグラスを取って、自由に注いでくださいっス」

「わぁ!! 注ぎ口、金ぴかだあ」


 みつきは驚きながら、グラスを手に取りに向かった。


「このタップはスタンダードなのっスけど、モノによって色や仕組み、注(つ)ぎ方もいろいろみたいっスね。うちにも1つあるんスけど、全然違うっス」

「──っ!!!」


 1つのタップで満面の笑みを浮かべながら早速ビールを注いでいたまなかだったが、家にサーバーがあるという言葉を耳にした瞬間、瑠璃を見つめて羨望に震えた。が、もう一方のタップを操作していたみつきは、そんなまなかに気がつかず、無邪気にビールを注いでいた。


「わー、たーっのしー! 私、はじめてビール注ぎました。ねぇねぇ瑠璃ちゃん、あそこのソファー席って使っていいかなあ? みんなで乾杯しようよ!」


 同期と会えた喜びからか、若干テンションが上がっているみつきがソファー席一番乗りをし、いつのまにか自分の分を注いだ瑠璃が、自家用ビールサーバーの衝撃にまだ打ち震えているまなかが座った。


「それじゃあ、お仕事お疲れさまでしたっス! せーのっ……」

「「「かんぱーい!!」」」


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「あっ! まなかさん、まなかさん! こっちは前に教えてもらった白ビールっぽいです!」

「……違うビールなんだね、凄い……。こっちはエール──って、まだ説明してなかったね。たくさん流通している大手さんのよりも、香りが豊かな感じ……のだよ。それにしても、すごいね。クラフトビール、飲み放題だなんて……」


 そんな2人のやり取りを嬉しそうな顔で眺めていた瑠璃が口を開いた。


「いやー、でもまさか今日、ミツキチに会えるとは思わなかったっス。あと、先輩に向かって恐縮なんスけど、まなかさんって、ビール、ほんっとにお好きなんすねえ」


 ようやく落ち着きを取り戻したまなかは、答えつつも、どうしても聞きたかった話を瑠璃に尋ねた。


「……うん、大好き……。ちなみに瑠璃ちゃん、さっきおうちにビールサーバーがあるって言ってたけど……」

「あー、はい! うちの姉ちゃんのビールサーバーなんっス。姉ちゃん、ビールが好きすぎてビールのお店で働いてるんスけど、なんかいろいろなつながりとか縁で、作ってもらったっていってたっス。まなかさんと姉ちゃん、話合いそうっスね!」

「……ええっと、瑠璃ちゃん……もしかしてというか、多分合ってると思うのだけど……お姉さんの名前って、毬花さん?」

「そっす! マリちゃんっす! あ、もしかしてまなかさんってもしかして、ビール大好き・まなニャンっすか?」


 まなかは再び赤面し、答えた。


「……ええと……たぶん、それ私……」

「えっ、ええーっ?!」


 ニコニコと白ビールを飲んでいたみつきだったが、一拍置いてようやく状況を理解し、驚きの声を上げた。


「ミツキチ、反応遅(笑)。いやでも、世間って狭いっスねえ! あ、まなニャンさん、もうなくなりそうじゃないっスか。もう1タップも飲むっスよね? 持ってきまーす」


 そこまで驚いた風でもない瑠璃は、そう言うとサーバーのもとへ向かっていった。

 うって変わって、まだ驚きを隠せないみつきが口を開く。


「私、全然気がつきませんでした。まなかさん、いつ気が付かれたんですか?」

「……会った時に、顔立ち、特に目元が特に似てるかな……って。前、今度社会人になる妹さんがいるって、マリ姉から聞いてたし……ね。お姉さんがビールのお店で働いてるって聞いたら、これはもう、かなって」


 そんな話をしていると、瑠璃がニコニコしながらビールグラスを持って戻ってきた。


「お待ちどうさまっすー!」

「ありがとう……瑠璃ちゃんは、ビール、好き?」

「はいっス! マリちゃん程じゃないっスけど……あ、姉ちゃんのことっスよ? 土日は大概マリちゃんと家飲みすることが多いっスねー」


 その答えを聞くと、まなかは気合を入れた。


「……瑠璃ちゃん、みつきちゃん。私この後、ここの近くのビールのお店に行こうと思ってるのど……もしだけど、興味あったら、どう、かな?」

「あ、前に言っていただいた、まなかさんの楽しい飲み方講座ですね! ぜひぜひ!!」

「この辺にあるっスか? 興味あるっス!」


 2人の乗り気な返答を得ると、まなかはホッとした顔で切り出した。


「じゃあ、飲み終わったら行こっか」

「「はーい(っス)!」」


 こうして、まなかのビール欲も満たした、いろいろな意味で美味しいお仕事は幕を閉じるのでした。

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