§9 使える知識は残っているかな

「私が聞いていた他の世界とは違う世界」

 メルがそう呟く。


「他の世界は色々あるから、また違う場所なんだろう」

 アルはメルにそう言って、俺達に説明。

「メルの祖父も他の世界から来た人なんだ。前に色々話を聞いた事がある。向こうは魔法が発達した世界だったらしい」


「なるほど、色々な世界から落ちてきている訳か」

 レマノも珍しいことではないという感じだったしな。


「それで他には?ガラス製法以外にも何か譲渡したんだろ。ここに直接来るなんて」


 良くわかるな。

 そう思ったらラインマインが説明してくれた。

「アルの家系は代々地方統治官県知事なの。だからその辺は詳しいんだよ」

 なるほど。


「あとは蒸気機関と内燃機関の原理かな。どっちも原始的な構造と動作の原理だけで、実際の制作方法までは知識に入っていないけれどさ」

「ちょっと待ってくれ。その蒸気機関とか内燃機関とかは何なんだ」


 そうか、そういうもの自体がこの世界というかこの国に存在していないものな。

 蒸気機関と内燃機関に相当する単語はレマノに知識譲渡した際に作った単語だし。


「燃料があれば人や動物の力を借りないで色々な力を生み出す装置だ。例えばこれを使えば馬より速くて楽な乗り物とか、色々なものを大量生産するとかが出来る」

「凄いなそれは」


「でもあくまで原理だから、細かい部分の工夫とかは実際に色々試す必要があるけれどさ。機械の工作精度も必要だし」

「でもそれが一般化すると一気に社会構造が変わるだろ」


 さすが長命種の知識偏重、想像力は確かなようだ。


「元の世界はこの発明で産業革命が起こった。工場による大量生産という概念が出来てさ」

「それは理解できる」


 アルはウンウンと大きく頷いている。


「アル、少しは落ち着いて食べたら。そんなんだから発育不良になるんだよ」

「これは長命種の通常の成長だ」


 レマノの知識でもそれは本当らしい。

 長命種は寿命が二百年近くある代わり成長が遅い。


「それで他に何か知識は譲渡したのか」

「すぐ使えそうなのがそれだけだったしさ」


「そうか。でもそれだけで充分余りあるな。下手すれば社会が変わりかねない」

「工作精度や細かい部分の工夫とかが必要だからさ。そう簡単に実用化できるとは思わないけれどさ」

「そうだろうけれどな」


 アルは一度息をついて、また口を開く。


「それにしても随分と有用な知識を持ってきたな。普通は便利な世界から落ちてくる人間はあまり役に立つ知識を持っていないんだ。落ちてきた人間の知識は大抵は使えないって、よく親父が言っていたけれどな」


「別世界から落ちてきた人は首長対応だからね」

 これはラインマイン。

 それで俺の場合も市長補佐のレマノが出てきた訳か。

 なるほど納得。


「うちの親父も今まで五~六人面談したけれど全然役に立つ知識は無かったらしい。この世界は遅れている、あれも無いこれも無いとか言う癖にさ。そのあれとはどういう構造でどうやって動いているかを説明できる奴は少ないんだ。そのくせ気位だけは高くて上から目線で見ていたりしてさ。魔法で経験等を確認しても役に立つものが何も出ないから職能学校送りとかそんなのばかりだと。

 流石にこの学校に来るような他世界人は違うな」


「たまたま知っていただけさ。もう使える知識が残っているかもわからないし」


 あと使えるのは何だろうな。

 発電機も原理や構造はわかるけれどここでは直流化出来ないし。

 真空管の構造までは憶えてこなかったからなあ。


「でもそのうちまた、色々使える知識に気づかれると思いますわ」

 これはヘラだ。

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