第3話 目覚め

 ……。


 …………。


 ………………。


 小鳥だ。


 小鳥がさえずる声が聞こえる。


 知ってるか? 朝に小鳥がさえずってるのは縄張り争いをしてるんだぜ。


「ん? 朝だと?」


 俺は上半身を起こしあたりを見回した。窓から朝日が差し込み部屋中を満たしている。

 ……なんてことだ。女神を構築し異世界に転移した瞬間に寝てしまったのか。

 せっかくこれから面白いところだったのに退屈な現実に戻されてしまった。


「ま、良いところで寝てしまうのはエターナル・サンクチュアリ・ゾーンでは珍しくないしな」


 天蓋のついた豪華なベッドから抜け出し軽く伸びをする。暖炉の上にかけてあった剣を手に取り鞘から抜く。太陽の光を反射し美しく輝く刀身を見て俺は深くうなずいた。


「それにしても今日はずいぶんとにぎやかだな」

 

 剣を鞘に収めて腰に帯びると俺は窓へと向かった。

 上手く言えないがさっきから胸がざわついている。

 俺は恐る恐る窓の外を覗いてみた。


「なん……だと……」


 絶句。それ以外の言葉が見つからない。

 なぜならそこには信じられない光景が広がっていたからだ。


 大きな広場の真ん中に井戸がありその周りを美しいエルフが囲んで談笑している。往来の方へ目をやるとドワーフが馬車の荷台に土のついた野菜を積み込んでいる途中のようだ。そしてその手前でリザードマンの子供たちが楽しそうに追いかけっこをしていた。


「そんなバカな……」


 思わず後ずさる俺。ほおにひんやりと伝わるのは冷や汗だろうか。震える手で剣の鞘を強く握りしめる。


「俺の部屋は……二階のはずだぞ……!」


 なぜ一階になっているのか。これはもしかして大変なことが起きてるのではないだろうか。

 とにかく部屋の外に出て確認しなければと扉に手をかけようとした、まさにそのときだった。


「あらあら、マサオちゃん起きてたの?」


 扉が開き見目麗しいエルフの女性があらわれた。身長は俺と同じくらいだから百七十二センチほどだろうか。稲穂のような明るい色をした髪が目を引く。緑を基調とした民族衣装のようなものを身に着け手首には何か文字の刻まれた腕輪をつけている。


「誰だお前」


 反射的に言葉が出てしまった。言ってからしまったと思ったがもう遅い。

 ここは「なんで俺は一階にいるんですか? 二階はどこに?」と聞くべきだった。

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、エルフの女性はくりくりした目を大きく見開いてこう言った。


「お前だなんて……ママに向かってダメでしょ、マサオちゃん」


 マサコ、四十九歳。昼間は近所のスーパーで刺身にタンポポ(本当は食用菊って言うらしい)を載せるパートをし、夕方はジムでおばちゃん仲間と三十分ほどヨガをしたあとにファミレスで消費した分をはるかに上回るカロリーを摂取するのを至上の喜びとしている。


 それが俺の母さんのはずだ。


 ……百歩譲って俺の目の前の女性がそういう生活をしているとしよう。

 だが彼女にはマサコとは決定的な違いがあることに俺は気がついている。

 俺でなければ見逃してしまうのほどの非常に小さな点を指摘してやろう。


「俺の母さんは……エルフじゃない!」


 決まった。真実はいつもひとつなのだよ。


「何言ってるの? パパもママもエルフでしょ?」


 速報。俺の父さんもエルフだった。

 繰り返す。俺の父さんもエルフだった。


 落ち着け俺。頑張れ俺。話を一回整理してみよう。

 俺は毎晩寝る前にエターナル・サンクチュアリ・ゾーンと称する妄想を楽しんでいる。

 昨晩はそれで女神に異世界転移させてもらう妄想をしてそのまま寝てしまった。

 そして目が覚めたらファンタジーの世界になっていて両親がエルフだった。


「まさか、このパターンはアレか」


 ここで俺はある考えに思い至った。

 以前右腕に突然紋様が浮かび上がり闇の力に目覚める妄想をしながら寝たことがある。

 するとなんと闇の力を持った俺が神と戦いを繰り広げるという夢を見ることに成功したのだ。


 そう、非常にまれなケースだが寝る前の妄想がそのまま夢につながることがある訳だ。


「夢の中で異世界転移後の世界を楽しめる……!」


 俺は今勇者なんだ。

 俺は今抜群のコミュニケーション能力を持っているんだ。

 俺は今超絶可愛いヒーラーの子とキャッキャウフフする権利を持っているんだ。


「最高かよ」


 それは目が覚めるまでのひと時、うたかたの夢かもしれない。

 だがこの瞬間を俺は精一杯楽しんでみようと思う。


「二人ともエルフってことは俺もエルフなのか?」

「もちろんよ、あなたは私たちの自慢のエルフっ子なのよ」


 その返答に期待が高まる。そういえばさっきから自分がイケメンになった気がしていたんだ。

 俺はこのままイケメンエルフの勇者として旅立ち、魔王を倒すに違いない。


「鏡……鏡はないのか」

「それならママの手鏡があるわ、ほら」


 胸の鼓動が早くなっているのがわかる。

 大きく息を吸って、大きく息を吐く。


「ありがとう、少し借りるよ」


 イケメンになるとなんだか言動まで落ち着いてくる。

 ふふ、不思議なもんだな。


 俺は手鏡を受け取ると、髪の毛をかきあげながら自分の顔を映してみた。


――そこには毎朝洗面所で見飽きてる汚い俺の顔があった。

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