1-3事件概要

 学生ラウンジは部室棟から歩いて一分ほどの場所に建つ西三号館の一階にある。

 学桜館大学は土地の使い方が下手くそで、高級住宅街と言われる豊島区目白に約二十万平方メートルの土地を持っているにもかかわらず、部室棟や授業の行われる建物などは密集して建てられているため、隣の建物までは歩いて一分程度で移動できるようになっている。ではその他の土地はどうなっているかというと、自然の姿をなるべく残してある。そのため敷地の外から見ると都会のど真ん中に雑木林が広がっているように見える。その甲斐かいあってというのか、豊島区の緑地面積の約三分の一がこの大学の敷地内に存在しているらしい。土地の使い方が下手くそだとは言ったが、ある意味では上手いと言えるのかもしれないな。



 学生ラウンジに移動してきた俺たちは、二人で座るのにちょうどいい席が都合よく空いていたのでそこに陣取った。テーブルに荷物を置き、俺は気づいた。

 あっ! 本返すの、忘れた……。

 まあ、帰るときに返しにいけばいいか。あいつも急いで返して欲しがってるってわけじゃないしな。

「さて、じゃあ事件のあらましを話すわね」

 香子は手帳を取り出し、早速本題に入った。

「事件の始まりは年末年始休業が明けた次の日の一月十日。自転車競技部から、部室内が荒らされていて整備用の道具などが盗まれた、と学生課に通報があったらしいの。でも学生課自体には捜査能力はないから、警察に被害届を提出するようにとアドバイスをしたのね」

 まあ普通の対応だな。学生課じゃどうにもできねぇもんな。何よりこういうのは初動捜査が大切って聞くし。

「それで自転車競技部はすぐに警察に被害届を提出して、部室棟に鑑識を入れて指紋などの一通ひととおりの証拠採取をしたり、盗まれた物のリストを作ったり、事情聴取で盗みに入られた時間帯の割り出しが行われたりしたの」

 そんな大事おおごとになってたのか。部にもサークルにも所属してない俺には部室棟に立ち寄る機会はなかったからな。そんなことになってたなんて全く知らなかったぜ。見城も何も言ってなかったしな。

「そして、事件はそれだけでは終わらなかったの。その一件以来、十四日に男子ラクロス部、十五日に囲碁部、十七日に女子ラクロス部とゴルフ部、十九日にフットサル部と音楽部、二十日に社交ダンス研究会と自転車競技部、二十一日にダイビング部と児童文学研究会が盗みに入られたわ。まあ盗みに入られたと言っても、音楽部や児童文学研究会は部室を荒らされただけで、盗まれたものはなかったようだけどね」

 すごいペースだな。しかも自転車競技部なんて二回も入られてるし。

「そんだけやりたい放題でよく捕まらねぇな」

「警察の調べではピッキングの痕跡も見られなかったらしいから、普通に鍵を開け閉めして侵入してる可能性が高いそうなの。だから不審者情報すら一切無いらしいのよ」

 なるほど。その部の人間じゃなければ、部室に誰かが出入りしても、鍵を使っていれば部外者とは思わないだろうな。それにこの時期だ。帽子や手袋、マスクなんかをしてても普通だから、たとえ姿を見られたとしても顔の印象は残らないか。

「大学は、部室棟は学生の自治を重んじる、とか主張してるから部室棟には防犯カメラすら無くてね。証拠は指紋だけなのよ」

「え、指紋が残ってるのか?」

「えぇ、そうらしいわ。手袋をつけて侵入したみたいだけど、中に入ったら油断したか、手袋をつけたままだと盗りづらかったか、何が理由かはわからないけど手袋を外してしまったようね」

 なんか、詰めが甘い犯人だな。しかし俺にはもう一つ気になる点があった。

「香子はなんでそんなに詳しいんだ?」

「地道な聞き込みと楓の協力よ。楓は被害者の一人だから、警察から経過報告という形でいろいろ情報がもらえてね」

 なるほどな。警察の情報まで持ってるなんて不思議だったが、そういうことか。

「まあ、事件の概要はわかったよ」

 俺は腕を組み背もたれに体重を預け、天井を見上げる。

 どうしたもんかねぇ……。

「で、どう動いてみるのか、思いついたかしら?」

 香子は組んだ腕の肘をテーブルにつき、身を乗り出すようにして俺に尋ねたのが視界の下端に見えた。俺は前を向き直す。

「いや、さっぱりだ。正直素人になんかできるのかって感じだな」

「何よ、それじゃ最初に逆戻りじゃないの」

 香子は口を尖らせる。おそらく不満の意を表している。

 長々と喋らせた挙句、何も思いつきませんでした、なんて言われたんじゃ誰でもこうなるわな……。

 何か案を出してやらなくては……。

 俺はうつむいて拳を顎に当て、右肘を左のももに乗せる、ロダンの『考える人』スタイルで考えた。

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