第8話 厨ニ力

気がついたら、明菜は座り込み、半泣き。

当然、血は出ていない。

雪華が返り血を浴びたりもしていないし、当然矛もない。


・・・


幻覚。


雪華がぷくっと膨れている。


「お兄様、よりによって、魔女を連れてくるなんて!」


「うう・・・魔女って何・・・」


涙目で明菜が言う。

これが・・・厨ニ・・・


「うう・・・凄まじい厨ニ力だよう・・・」


明菜が続ける。


「何それ?!」


思わず叫ぶ。


「現実を侵食する、偽りの幻想・・・自分自身を騙すだけでもかなりの力量なんだけど・・・周囲を巻き込んで集団幻覚に陥らせる厨ニ病患者もいる・・・そんな話を聞いたことが有るわ」


「・・・厨ニ力」


呻く。

怖いな。

俺はまだ矛の感触が残ってるし、明菜はまだ震えている。

そっと明菜の横に座り、抱き寄せる。


「それで、お兄様はその魔女を追い出して頂けますか?若しくは、魔女はお兄様から離れて貰えますか?」


「あのね、雪華ちゃん。私達、真剣に付き合ってるの」


「お兄様は私と結ばれる運命です。貴方は関わらないでください」


雪華の、周囲を凍てつかせるような声。


「あのね、雪華ちゃん──兄妹は結婚出来ないのよ?」


「お前が言うなああああああああ」


雪華が無数の氷の槍を出し、俺や明菜を貫き・・・熱いものが喉をこみ上げ・・・


・・・


うん、壊れた家や床、天井も元と変わらず。

当然、俺も明菜も無事だし、服に穴が開いたりもしていない。


ぜーはー・・・


雪華が肩で息をしている。


「今日は・・・帰った方が良さそうだね」


明菜がそう言って、立ち上がる。


「ああ、送るよ」


俺も家を出ようと・・・


「お兄様は行かなくて良いんですよ?!」


雪華が叫ぶ。

いや・・・そう言われても。


「やはり心配だしな・・・今夜は帰らないから、悪いけど御飯は要らない」


「何で外泊?!」


え?


「あの・・・龍生・・・」


ちょいちょい、と明菜が肩を叩く。


「どうした、明菜?」


「うん・・・寝間着とか、洗面具とか、必要なら持ってきてね」


「そうだな」


「何でそこの魔女は、あっさり泊まる事を受け入れてるんですか!」


何故か雪華が怒っていた・・・やっぱり、夕飯のドタキャンはまずかったか。


--


「龍生、何か買う物があったら入れてね」


明菜が、ショッピングカートを押しながら言ってくる。

2人分の食材は足りないので、近所のスーパーで買い出しをしている。


結構買うなあ。


「持つよ」


大袋2つの食材。

女の子に持たせるのは格好がつかない。


「あら、彼氏のフリも大変ね」


明菜がくすりと笑う。

食材をポケットにしまい。

店を出る。


「あそこのマンションが、私のマンションよ」


指差す先、このあたりのランドマーク的な、高級タワーマンションだ。


「・・・ひょっとして、明菜ってお金持ちか?」


「家は旧いみたいね」


つっと、視線を逸らす明菜。


「あら、白谷くん。それに・・・黒森さん?」


早川、元学級委員長が話しかけてくる。


「委員長、珍しいところで会うな」


挨拶する。

もう学級委員長では無いのだが、呼び方が癖になっている。

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