第120話『真金拘束』1


 春も末、花散りゆきて、葉菜はなの咲く。


 いやぁ自分でも何の詩だかわかんにゃい。


 今は五月の上旬。


 ゴールデンウィークだ。


 黄金週間だ。


 ちなみに去年と違って今年の父は仕事に忙殺されている。


 あるいは謀殺されている。


 故にいきなりキャンプだと言われる心配はない。


 ……多分だけど。


 いつもより多めに宿題は出たけど華黒の教えに従って順調に消化中。


 今日は予定もないので昼まで寝ていた始末だ。


 起きたら昼食が準備されていた。


 さすが華黒。


 気が利く。


 あるいはあざとい。


 ともあれ華黒と犠牲に感謝しつつ昼食をとった。


「御馳走様」


 と言って食事を終えると眠気眼をこすりつつ僕はキッチンに向かった。


 歯磨きをするためだ。


 クシュクシュと歯ブラシで歯をみがいているとピンポーンとドアベルが鳴った。


「あいあい」


 ダイニングにいる華黒よりキッチン兼玄関にいる僕の方がドアへの距離は近い。


 そんなわけで躊躇わず応対する。


 歯をみがきながらで失礼だけど。


 鍵を解放して客を迎えた。


 視線が真っ直ぐから下方向に傾斜する。


 そうしないと客を捉えられなかったからだ。


「嘆きつつ、ひとり寝る夜の、明くる間は」


「いかに久しき、ものとかは知る」


 小学生。


 そして瞬時に和歌の下の句を返す手腕。


 白坂白花つづらざかはくかちゃんがそこにいた。


「こんにちは。お兄様」


「おはよう白花ちゃん」


 ほんわかした空気が流れる。


「兄さん」


 後方から華黒の声。


「誰で……す……か……」


 そして誰何の言葉も散り散りに、華黒は白花ちゃんを認識した。


 アクションは紙一重で白花ちゃんが早かった。


 パチンと指を鳴らし、


「状況開始」


 と命を下す。


 玄関の扉の陰から現れたのは三人の黒スーツの男性。


 おそらく白坂の使用人なのだろう。


 内一人は知り合いだった。


「おや……獅子堂さん」


「失礼します真白様」


 謝罪の言葉を述べると、獅子堂さんは歯磨き中の僕を肩に担いで持ちだそうとした。


 無論、見逃す華黒じゃない。


 が状況は既に決定していた。


 獅子堂さんは僕を担いでアパートの前に止められているリムジンへ。


 それに続く白花ちゃん。


「待ちなさい……!」


 華黒が追おうとするけれど、


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


 残り二人の使用人がソレを阻止した。


 ちなみにカバディって連呼するのは攻撃側じゃないっけ?


 ともあれ十数秒後には僕は車上の人となった。


 パジャマ姿で歯磨きをしながら状況を認識する。


 真っ先に思い当った言葉は、


「前にもこんなことがあったなぁ」


 という感想だ。


 クシュクシュと歯磨き。


「それで? 何の用?」


「お兄様とデートしたくて。いけませんか?」


「華黒に悪いなぁ……」


「それも承知しております」


「ま、たまにはお灸をすえるのもいいか。いいよ。何処に連れてってくれるの?」


「ゲームセンターなどどうでしょう?」


「まぁいいけどさ」


 クシュクシュと歯磨き。


「リムジンならミネラルウォーターとかコップとか無い? いい加減歯磨きするのも疲れたんだけど……」


「獅子堂」


「はっ」


 ミネラルウォーターとコップを差し出してくる獅子堂さん。


 ……苦労してるなこの人も。


 僕は歯ブラシを口内から解放するとミネラルウォーターで口をゆすいで、汚れた水をコップに吐き出す。


 それから歯ブラシをそのコップに突っ込んで、


「綺麗にしといて」


 と獅子堂さんに頼んだ。


「承りました真白様」


 様……は要らないと言いたかったけど僕の存在が白坂にとってどういう位置取りかは十二分に把握している。


 こっちが折れるしかあるまい。


 と、わめき散らすスマホを白花ちゃんが取り出す。


 無論のこと番号は華黒からだった。


 音声最大にして受信する白花ちゃん。


「兄さんを返しなさい!」


 第一声がそれか……妹よ。


「クロちゃんは毎日お兄様を独占してるじゃない。たまには貸してくれてもいいじゃん」


「なりません! 今すぐ兄さんを返しなさい! 兄さんとデートしていいのはこの世に百墨華黒だけです!」


 初耳だ。


 そうやってゴチャゴチャと僕と華黒と白花ちゃんとでリムジンの中……一人違うけど……百墨真白の所有権をめぐって論争するのだった。


 何だかなぁ……。

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