二年生編

第96話『春に来たる』1


「ん……むに……」


 僕は寝ぼけ眼をこすってうっすらと覚醒する。


 僕はアパートの私室のベッドに寝ていた。


 それはわかっている。


 ベッドにはもう一人いた。


 だいたいいつも通り。


 覚醒段階をもう少し引き上げる。


 もう一人を観測する。


 ブラックシルクのように艶やかな濡れ羽色の髪。


 白磁器も道を譲る白い肌。


 黒い瞳は深淵よりなお深い。


 唇は桜の花弁の如く。


 その唇が動いた。


「おはようございます兄さん」


「おはよう華黒」


 僕の妹が……そこにいた。


 名を華黒。


 百墨華黒。


 百墨真白という僕の妹で……そしてそれ以上の存在だ。


「くあ……」


 と欠伸。


 それから再度目をこする。


 片手で。


 ちなみにもう片方の手は腕ごと華黒に占有されている。


 華黒は完璧超人であるが故に出るとこが出て引っ込むべきところが引っ込んでいる。


 ムニュウと腕に押し付けられている感覚が何なのか……。


 止めよう。


 楽しからざる想像だ。


 掛布団をはぎ取る。


 そこで漸く僕と華黒の全体像が現れる。


 僕は寝巻を着ていて……………………華黒は寝巻を着ていなかった。


「くぁwせdrftgyふじこlp!」


 下着姿で僕の腕に抱きついている華黒に僕は動揺する他なかった。


 黒の下着だ。


 黒い乳バンドと黒いスキャンティ。


「あのね! 華黒!」


「何です? 兄さん」


「そういうことしたら嫌いになるって言ってるでしょ!」


「大丈夫です。兄さんは最終的に私を許してくれますから」


 ニッコリ笑う華黒はそれはそれは可愛かったけど、騙されないぞ。


「あ、そ。じゃあ酒奉寺先輩にアタックしてみようかな」


「駄目ですよぅ! 兄さんは私だけを愛すればいいんです!」


「僕との約束を守れない愚妹にどう接しろと?」


「だってそれは兄さんが悪いじゃありませんか……!」


「理論が飛躍してるよ」


「してません」


「あ、そ」


「とりあえず改めましておはようございます兄さん」


「……おはよう華黒」


「コーヒーですか? お茶ですか?」


「……コーヒー」


 ポツリと呟く僕だった。


 目覚めは最悪だ。


 華黒の半裸体は扇情的だったなぁ。


 無論、流される僕じゃないけど。


 でも処理はちゃんとしないとね。


 華黒は僕に下着姿を見せたことで納得したのか、寝間着姿に着替えてエプロンをかけ、コーヒーを淹れてくれる。


 ダイニングにて席に着いていた僕にコーヒーがふるまわれる。


 それから華黒は朝食を作りだすのだった。


「…………」


 僕はホットコーヒーを飲みながらフレンチトーストとサラダとオレンジジュースを準備する華黒を見つめていた。


 春も深まり暖かな気温を取り戻しつつある三月の末。


 今は春休みだ。


 瀬野第二高等学校の一年生を終えて二年生へと進級するまでの中休み。


 三月頭に酒奉寺昴先輩が卒業して瀬野二からいなくなった。


 とは言っても近場の大学の比較的暇を持て余す人文学部に入学したらしく本人曰く、


「会おうと思えばいつでも会えるよ子猫ちゃん?」


 ということだった。


 背筋が寒くなるね。


 もう一つ。


 従姉妹の百墨ルシールが来年度から瀬野二の一年生ということになるらしい。


 まぁぶきっちょではあるけど勉強はできるから瀬野二の入試も軽くパスしたことだろう。


 僕と華黒の実家同様ルシールの実家も瀬野二から離れている。


 故にアパートを借りると言っていたのだけど、さて……いったい何処だろね?


 コーヒーを飲む。


 苦みが口に広がる。


「兄さん」


「なぁに?」


「朝食……出来ましたよ?」


 そう言ってフレンチトーストとサラダとオレンジジュースがダイニングテーブルに置かれる。


「いただきます」


 と一拍して僕と華黒は朝食に取り掛かる。


「ところで華黒。さっきの僕が悪いってのはどういう意味だったの?」


「兄さん、もう半年もお付き合いしているのに私を抱いてくださらないではないですか」


 ちなみに諸事情があって僕と華黒は恋人同士だ。


 義兄妹だから問題ないんだけどね。


「それとあれとがどう繋がるのさ?」


「兄さんの性欲処理の一環として私の扇情的な姿を利用してもらおうかと。エロ本やエロ動画なんていう私じゃない女を利用されるのは気にくわないので」


 ……何をかいわんや。


「抱いてくださって構わないんですよ?」


「責任がとれる年齢になったらね」


 僕はそっけない……と思われるかもしれないけどこちとら健全な男子高校生で、いけないとわかっていても華黒の魅力に惹かれてしまうのはしょうがないことだった。


 それほど華黒は彫刻家でもこうは表現できないという美の集大成だ。


 揺れるなと言う方が無茶である。


「…………」


 まぁ真実には口を閉ざすんだけどさ。

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