第94話『夜にて統べる星』3


 そして授業が始まる。


(へー。ふーん。ほー)


 六連は高校の授業に興味深げに耳を傾けていた。


 これはいつも通りなので気にしない。


 考えてみれば六連は前からそうだったのだ。


 俺が教師の呪文のような言葉をサラサラとノートにメモって理解しようと努力している横で、


「…………」


 真白が欠伸をした。


 苦笑してやる。


「お疲れのようだな」


「まぁね」


 実際疲れた様子で真白は言う。


「寝てないのか?」


「ちゃんと寝たよ。疲れが取れなかっただけで……」


 俺は予想を述べた。


「ああ、そうだろうな。華黒ちゃんと添い寝なんかしてりゃあ」


 そんな俺の言葉に、


「っ!」


 真白は驚愕して俺の口を押えた。


 慌てて周りを見渡す真白。


 誰かに聞かれなかっただろうか……そんな意図が見て取れた。


 俺は言ってやる。


「聞こえてねぇよ。心配性だな」


「勘弁してよ統夜。ただでさえ華黒の腰ぎんちゃくなんて悪評が出回ってるのに、これ以上のことが男子に聞かれたら……」


 真白の目は真剣だった。


「ていうか何で統夜がその事実を知ってるのさ? まさかとは思うけど盗撮?」


「趣味じゃないから安心しろ。状況から推理した単なる憶測だよ。ただまぁ自分以外の目を持ってるのは事実だけどな」


「うむ?」


 わからないと真白。


 説明してやる気はない。


「例えば、だ。日曜日は小さな女の子に振り回されて御楽しみでしたね、とか」


「……だからなんで知ってるの」


「あの日は姉貴のデートのスケジュール管理で俺も駅の近くにいたのよ。そしたらお前が楽しそうなことに巻き込まれてるっぽかったから知り合いに頼んで一部始終を」


 ……無論、その知り合いとは六連のことだが。


「でもそれってプライベートの侵害だよね?」


「あるかそんなもん。俺のプライベートだって姉貴に潰されたんだ。他人の不幸でも糧にしないとやってられなかったんだよ」


 当然の理屈。


「ちなみに先の情報は華黒ちゃんのファンがよく食いついてくれるエサだと思うんだがどうよ?」


 俺が苦笑すると、


「勘弁してください」


 真白はそう言った。


「問題は親兄派と反兄派のどっちに流すかなんだが……」


「人の話を聞いて!? そしてその親日、反日みたいな派閥は何!?」


「華黒ちゃんのファンクラブの間でな、兄である真白を味方につけるか反目するかで今論争が起きてるんだ」


「…………」


「なんだかんだいってお前さ、自分じゃ自覚してないかもしれんけど十分シスコンなんだよ。お前が一番華黒ちゃんの近くにいるんだよ。するとお前に取り入って華黒ちゃんに近づこうと思う奴やお前が華黒ちゃん攻略の最大の砦だと思う奴も出てくるわけ」


「……そんなことになってたの?」


「今のところ後者の方が多いんだがな」


「敵多数!?」


「だって真白、お前は華黒ちゃんが告白されるたびにそれを妨害してるんだろ? そりゃ邪魔だと思う奴のほうが多いわな」


「いやいや、それ誤解だから」


「知ってるよ。本当は華黒ちゃんの意思なんだろ? でもそんなことを察せるのは事情を知ってる俺くらいなもんで他の奴にはそうは見えんってことだ」


「……まぁね」


 認めたくないけど。


 そう顔に書いてある。


 まぁ……他人の目には華黒ちゃんが真白にまとわりつく理由なんて見つけきれるものじゃない。


「ま、当の華黒ちゃん自身はその辺のことどう思っているのやら……」


 そんな俺の言葉に、


「……しゅ……よ……」


 ボソリと真白が何かを呟いた。


「ん? なんか言ったか?」


「特に何も」


 そうそっけなく返して真白は少し離れた席にいる当の華黒ちゃんを覗き見る。


 華黒ちゃんは優等生らしく真面目に勉強しているのだろうかと当たりをつけた……のだけど、


「なんだか難しい顔してるな」


「統夜もそう思う?」


 勉強なぞどこ吹く風で、必死に一枚の紙を凝視していた。


 だいたいノートくらいの……正確に言うなら美濃判を二つ折りにした程度の大きさの紙を、彼女はなんともいえない表情で見つめていた。


 授業も聞かずに。


 六連……。


(はいはい?)


 華黒ちゃんの手紙の内容を教えろ。


(はいはい)


 そう言って俺以外に見えていない六連は華黒ちゃんの読んでいる手紙を盗み見た。


(ラブレターだね)


 あっさりと六連は断言する。


「ラブレターだな」


 俺は断定する。


「なんでわかるのさ?」


 不可思議と言う真白に、


「俺の第三の目がそう言ってる」


 俺は曖昧に答える。


「見えてる、の間違いじゃない?」


 間違いじゃない。


 実際に第三の目である六連は言葉を紡いでいるのである。


「いや、“言う”であってる。とにかくあれはラブレターだな。俺の情報収集能力を信じろ」


「まぁ何でもいいんだけどさ……」


「とか言いつつ妹のことが気がかりで目を離せない真白であった」


「うるさい」


 軽く俺はこづかれて、真白はそのまま憂いげな華黒の横顔を見続ける。


 そんなこんなで授業が終わる。


 ま、後は当人の問題だろう。

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