第52話『楠木南木改め白坂白花』 2


「おおう……」


 思わず呻く。


 車窓から見えるのは巨大な観覧車とジェットコースターのコース。


 リムジンの次に止まった先は、なんと隣街の遊園地だった。


 有名な某ランドに比べれば規模は劣るが、それでも中々に立派な施設だ。


 入園ゲートに人の列ができているくらいだから繁盛しているのだろう。


「遊園地か」


「遊園地だ」


 白花ちゃんは嬉しそうに顔をほころばせた。


 リムジンをおりて、駐車場を横断、長蛇の列に並ぶこと三十分、やっとの思いで入園ゲートを通る。


 入って最初に目がついたのはインフォメーションセンターやグッズショップ。


 実際の遊覧施設へはもうちょっと歩く必要があるようだ。


「ところで何で遊園地?」


 入ってから聞く質問でもないだろうけど。


「あれ? シロちゃん遊園地嫌い?」


「いいや? そんなことはないけど」


「ならいいじゃん」


「そうだね」


 言いながら歩く。


 入園ゲートでもらった園内地図を広げながら、同じく園内地図を広げる白花ちゃんに問う。


「白花ちゃんはどこに行きたい?」


「うーん、どこでもいいかな。でも身長が足りないからいわゆる絶叫系は無理かも」


「あ、そうか」


 それは盲点だった。


「じゃあひとまずゴーカートにでも行こうか」


 僕ながら無難な選択だ。


「うん!」


 頷いて、僕の手を握る白花ちゃん。


「手、つなぐの?」


「つなぐの」


 僕の手を引いて白花ちゃんが走り出す。


「早くいこ、シロちゃん」


「はいはい」


 白花ちゃんに引っ張られながらゴーカートへと足を運ぶ。


 結果としてゴーカートは足の引っ張り合いになった。


 僕も白花ちゃんも互いに車体をぶつけることに熱中するあまり、競争という前提条件を忘れて……まぁ歪んだ形ではあるが楽しんだ。


 その後はパターゴルフ、回転ブランコ、回転木馬(メリーゴーラウンド)といった小さなお子様とでも遊べるアトラクションを楽しむ。


 ほどなく昼となり僕らは軽食コーナーに足を運んだ。


 ホットドッグにポテトにジュース。


 てきとうにそれらを選んで注文し、商品を受け取ると手ごろなベンチを選んで座る。


「んー、おいしい」


 ホットドッグにかぶりつきながら白花ちゃん。


「ちょっと意外かな」


「何が?」


「こういう軽食の類を白花ちゃんが好むこと」


「うーん、実は本当においしいとは思ってないよ?」


「あ、そうなの?」


「そうなの」


 一つ頷く白花ちゃん。


「でもさ、なんかこういうところでこういうものを食べるとおいしく感じちゃうんだよね。海の家のへたっぴ焼きそばみたいな?」


「ああ、あんな感じね」


 納得。


「それにシロちゃんもいるし。それだけでもご飯三杯はいけるよ」


「ああ、そう」


 なんといっていいかわからず僕は淡白に返した。


 僕もホットドッグにかぶりつく。


「ねえ、昼食が終わったらフリーフォールに行こう?」


「フリーフォールねえ……。絶叫系はダメなんじゃないの?」


「フリーフォールの身長制限はちゃんと満たしてるから大丈夫!」


「そうなの?」


「そうなの」


「ふーん」


 ポテトを一口。


「しかしこんな遊園地が隣街にあるなんて……初めて知ったよ」


「そうだったんだ……。じゃあ来たことないの?」


「今日が初めて」


「私とが初めて?」


「まぁ、そういうことになるかな」


「うふふ……ふふ……」


「なにさ、その気味の悪い笑顔は」


「ううん。ちょっと嬉しいだけだよ」


「それは光栄です」


 ポテトを一口。


「駅もあるみたいだし今度華黒と来ようかな……」


 白花ちゃんに耳を引っ張られた。


「痛い痛い痛い」


「デート中に他の女の子の話しないの」


「え、デートだったの? これ」


「男女二人で遊園地に来てるんだからデートだよ」


「あ、そう……」


 ってことは今現在僕は浮気中なのか?




 昼食を食べ終わって、フリーフォールまで歩く。


 身長制限をなんとかクリアした白花ちゃんとアトラクションに乗る。


 ベルトをしめて安全バーをして、それからガコンとアトラクションが動き出す。


 そろそろと高度があがっていき風景が俯瞰になっていく。


「ねえ、シロちゃん……」


「何」


「手……握って」


「……? いいけど」


 僕は隣に座っている白花ちゃんの手を握る。


「どうしたの?」


「私、絶叫系って苦手で……」


 …………。


 ……………………はい?


「な、何で乗ったのさ……」


「だって絶叫系は吊り橋効果が期待できるって雑誌で……」


「なんという残念な発想だ……」


 そこまでして僕の気を引きたいのか?


 そこまでするほどのことか?


 アトラクションの方はというと、もう既に最高度へ。


 3、2、1……落下。


「きゃあああああああああああああああああああ!」


 白花ちゃんの悲鳴が空に溶けた。




 ぐったりとした白花ちゃんをお姫様抱っこして僕はため息をついた。


「無茶しなさって」


「だってぇ……」


「あんまり無理しなさんな」


「うぎゅう……」


 白花ちゃんが情けなく呻く。


「どうする? どこかで休憩しようか……」


 キョロキョロと見回してベンチを探す。


 白花ちゃんが僕の服の襟を引っ張った。


「休憩するなら観覧車に連れていって……」


「大丈夫?」


「だいじょうブイ」


「ならいいけど……」


 僕は白花ちゃんをお姫様抱っこしたまま観覧車へと歩く。


 途中で白花ちゃんは「自分で歩く」と言いだし、言われるまま僕は白花ちゃんをおろす。


「ここの観覧車は一押しなんだよ」


「そうなの?」


「そうなの」


 たしかに通常のそれより大きいような……そうでないような。


「夜にはライトアップされてね」


「へ~え」


 それはさぞ綺麗な光景だろう。


 観覧車のコーナーに着いてみると、人気なのか長蛇の列ができていた。


「待てる?」


 聞く僕に、


「待てるよ」


 頷く白花ちゃん。


 三十分ほど待って僕らは観覧車に乗る。


「ふぉ~……」


「へぇ」


 前者が白花ちゃんの、後者が僕の感嘆だ。


 俯瞰の風景は絶景の一言だった。


 遊園地が、周りのビルや山までが小さく見える。いわんや人など蟻同然だ。


「単純だけどいい景色だね」


「うん……! うん……!」


 僕の感想に二度うなずく白花ちゃん。


「シロちゃん、今日の遊園地どうだった?」


「ん? ん~、面白かったよ」


「本当!?」


「本当に本当」


「本当に本当に本当!?」


「本当だってば」


「私のこと好きになった!?」


「ライクって意味でなら」


 我ながら都合のいい答えを返した。


「ていうかさ、何で僕なんかに構うのさ?」


「前にも言ったじゃん。一目惚れしたからだよ」


「…………」


 ジュースを飲んでなくてよかった。口に含んでいたら噴き出していたところだ。


「言っておくけど半端な気持ちじゃないよ?」


「ああ……そう……」


 最近もてるなぁ僕。


「半端な気持ちじゃないよ?」


「なんで二回言うのさ」


「大事なことだからだよ。それに本気で私に向き合ってないでしょ、シロちゃん」


 ギク。


 図星だ。


「まぁ今はそれでいいよ。あんまり無茶も言えないし」


 そう言って白花ちゃんは風景を見るのに徹しだした。


「…………」


 僕はというと返す言葉も見つからず、視線を風景に戻すだけだ。


 そのまま観覧車は一周した。


 観覧車から降りる僕と白花ちゃん。


 白花ちゃんは僕の手を握ると入園ゲートまで歩く。そのままゲートを抜けて、外に出てしまった。


「まだ遊べたのに……。もういいの?」


「もう十分。それでさシロちゃん」


「なぁに?」


「もう一箇所、つきあってもらいたい場所があるんだけど……」


「うん、いいよ」


 大して悩まず首肯する僕。


 白花ちゃんの表情に一瞬葛藤が浮かんだけど、その意味まではさすがにわからなかった。

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