第29話『船頭一人にして船山に登る』3
で、どうなったかというと――
僕は昴先輩に引っぱられ、都会特有の何やらオシャレな服飾店に連れていかれた。雰囲気から察するに多分ブランド店だ。妙に香水くさい店員がいて、その店員さんは昴先輩と仲が良く、僕は先輩の「じゃ、今日はこの子を任せるよ」の一言によって試着室に放り込まれた。言葉から察するにこれが初めてではないらしい。どうせ可愛い娘を連れてきては自分好みの服装を買い与えているのだろう。金にあかせた豪勢な遊びである。それに巻き込まれた僕自身もどうかと思うけど……。
で、何やかやとトラブルはあったもののそこは中略。
結果ブランドの服を着せられて試着室を出た僕を、昴先輩は不敵な笑顔で迎えた。
「うん、秀でて素晴らしいよ! この私の眼力も中々のものだろう?」
「…………」
黙して語らず。
「いやいやそれにもまして君の才能には平伏するね。よくも私の装飾に、こうも見事応えてくれた!」
「……あの」
「これほどまでとは真白くん。さすがにこの酒奉寺昴の義兄となる人間だ」
「…………あの、先輩」
「さぁデートの再開だ。君のような子を連れて歩けるとは、私を羨む他人の視線が今から待ち遠しいな」
「だから“あの”って! 僕の話を聞いてくださいよ!?」
もう何度目かの僕の言葉に、
「む、何だね」
ようやく反応する先輩。
僕はこめかみを指でおさえながら言葉を選んだ。
「えーと、色々言いたいことがありすぎて困っているんですけど、とりあえず一つ」
僕はつっこみどころのオンパレードなこの状況において、最も大きいものを抽出して質問した。
「何で女装なんですか?」
……。
…………。
……………………。
「…………」
「…………」
少しの沈黙の後、先輩はとぼけたようにこう言った。
「はぁ? どういうことかね? 質問の意図は明確にしてくれたまえ」
「これ以上もなく明確なんですけど!? 僕を女装させることの意味を明るくしてくださいと、そう言っているんです」
「はっは、愚問だ。この私が男とデートなどするわけないじゃないか。それでも君と逢引くというのだから女性の恰好にしたまでだろう?」
だろうって……。
当然のことのように言われても……。
ちなみに今の僕の服装は、一言で言うならゴシックアンドロリータだ。フリッフリの純黒ドレスに同色のヘッドドレス。
……我ながら死にたくなる。
「まぁ例え女装とはいえ男と並んで歩くなど私の本意ではないのだけれど、それでも君ならばと思ってね。うすうす考えてはいたんだ。君は男の恰好をするより女の恰好をした方が似合うのではないか、と」
「それはまた僕のジェンダー的なプライドをロードローラーで踏みにじってくれまして……」
言葉もない。
「そういう意味では想像以上だったよ。よく応えてくれた。今の君はどこからどう見ても可憐な美少女。これならば私とて君を連れて歩けようというものだ」
「きっぱりと嬉しくないです」
そんな僕の言葉は届かない。
「ではとりあえず駅の周りをつれだって歩こうか。君を世間に自慢せねばな」
「衆目に晒すつもりですか!?」
「当たり前だ。でなければ何のために君を飾ったと思うのかね? 着飾った娘を連れて歩き堂々と自慢することこそ私の喜びなれば」
そう言って女装した僕を駅前まで引っぱっていく昴先輩。
「やーめーてー」
そんな僕の悲鳴は、当然聞き入れてもらえなかった。
*
針のむしろ、という言葉がある。
一時も心の休まらない辛い状況の例えのことだが……今の僕の心境がまさにそんな感じだ。
都会の駅。
流れる人波。
そして、僕たちに突き刺さる好奇の視線。
「(こ、殺せぇぇぇ! いっそ殺せぇぇぇ!)」
僕は口内で絶叫を放っていた。
昴先輩が不思議そうにこちらを見てくる。
「何をブツブツと呟いているのだ真白くん。不審者に思われるぞ」
「もう十分に思われてます」
全く人目を気にしないこの人が憎らしくてしょうがない。
平日の昼間の駅にゴスロリの恰好をした美少女(もちろん皮肉である)がうろうろしていたら人目を惹くに決まっている。僕に突き刺さる視線たるや雨のように槍が降るがごとしだ。特に男どもが僕を見てにやけていたり頬を染めていたりするのがまた腹が立つ。男に欲情してどうしようというのだ。
さらに言えばゴスロリ美少女(重ね重ね皮肉である)の隣にいる女性もまた目見麗しいと言って言いすぎることのない美人だ。ツンツンにはねたクセっ毛と自信に満ち溢れた双眸。ジャノメチョウの模様をあしらった濃茶のティーシャツと古ぼけたビンテージジーンズの合わせ技はシンプルであるが故に彼女の豊満なボディラインを見事に強調している。つまるところ酒奉寺昴もまた人目を惹く外見の持ち主ということである。ちなみにシャツとジーパンの上下合わせて約二百万円だそうである。
眩暈。
で、そんな二人が腕を組んで歩いているのだ。
注目するなというほうに無理がある。
そんなわけで他人の視線を独占したまま僕らは駅をねりあるく。
昴先輩は満足げだ。
「いや、羨みの視線が実に心地いい。美人を連れて歩く最大の醍醐味だねこれは」
「男ですけど」
「些事は気にするものじゃないよ。そうだ。ソフトクリームを奢ってあげよう」
言うが早いか先輩は手近なアイスクリーム屋に飛び込んで注文した。
こっちの意向、まるで無視。
会計を済ませて戻ってきた先輩の手には十三色に輝くソフトクリームが。
「チョコバニラミントストロベリーラズベリーソーダバナナメロンクッキーミルクグレープマンゴー抹茶味だ」
「結局何味!?」
ていうかよくかまずに言い切れたものだ。
片手に持ったその十三色ソフトクリームを「さあ食べたまえ」と僕に差し出してくる先輩。受け取ろうと手を伸ばすと、さらっとその手を避けられた。ムッとする。
「意地悪ですか?」
「違う違う。受け取るんじゃなくて私が食べさせてあげるからそのまま食べたまえ」
「…………」
思わず沈黙。
それは……つまり……、
「あーん、をしろと?」
「そのとおり」
爽やかに言い切られた。
「…………」
再度沈黙。
「ほれ早く」
せかす先輩。
「さあさあ」
さらにせかされる。
口元までソフトクリームを突きつけられて僕は観念した。
「あ、あーん」
ためらいがちに口を開けてソフトを舐める、と同時に、
「んっ」
昴先輩もソフトクリームを反対側からペロリと舐めた。
「っ!?」
さすがに動揺する僕。
こ、これは……!
恋人同士がするという伝説の《ソフトクリーム二正面攻略作戦》ではないですか!?
しかも他人から見れば女同士でやっているように見えないことも……。
「…………」
チラリと周りを見渡すと、先ほどに倍する好奇の視線がガッツンガッツンと突き刺さっていた。
冷や汗がダラダラと流れる。
あぁやばいなぁ、などと僕が社会的立場を案じた瞬間、
「おや、口元にお弁当が」
そう言って昴先輩が僕の唇ぎりぎり左端をなんのてらいもなくペロと舐めた。
「「「キャー!」」」
周りから黄色い声が聞こえた。
「ギャーッ!」
僕が吼えた。
「ななな何をするんでしゅか!?」
この際かんでもしょうがないと思う。
「いや、真白くんの口元にクリームがついていたのでとってあげたのだが」
「普通にとってください!」
「それではデートにならないではないか」
「あーたデートしてる娘といつもこんなことしてるんですか!?」
「子猫ちゃんたちは喜んでくれるが?」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
「まぁともあれこういうソフトクリームを通した愛の語らいもいいものだろう? さて続きを……」
「結構です」
僕は迷わず即答した。
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