第26話『弱者の憂鬱』2
「ま、いいんですけど。で、何用です?」
「いや、そうだねえ……華黒くんと一緒にいない君に話しかけても何の得にもならないのだけれど……」
そこまで言うか。
「どうせだから聞いておこう。華黒くんに何をプレゼントすれば喜ばれると思うかね?」
「モノで釣る気ですか?」
「下衆の勘ぐりだね。ただの善意さ。好意ある女性に花の一つも送るのが甲斐性というものだとは思わないかね」
「欧米式ですね」
「愛に国境は関係ないよ」
「はぁ、まぁ……しかし華黒にプレゼントですか……」
過去の記憶を掘り起こしてみる。
…………。
「何をプレゼントしても喜んでいたような……」
「それは君がプレゼントしたからだろう」
「……盲点でした」
「何か彼女が喜ぶものなどに心当たりは?」
「強いて言うなら僕以外の他人に借りを作ることが嫌いですね」
「根本的に駄目じゃあないか」
むに、とほっぺたを引っぱられる僕。
「痛いです。昴先輩……」
「君のほっぺは柔らかいな。これなら華黒くんのほっぺをつまめる日が楽しみだ」
「小さな夢ですね」
「もちろんその時はあの形のいい胸も頂戴するつもりなのだけど……」
「前言撤回しときます」
「ついでに言えば……」
「言わなくていいです。このまま行くと放禁ワードが乱発しそうだ」
「昔の人は言ったよ……Hの後にI(愛)がくると……」
「ただの親父ギャグじゃないですか」
ちゃんちゃん。
「それで、なんで先輩は図書室なんかに?」
「うむ、実は恋人が勉強を教えてほしいと言い出してね。私としても子猫ちゃんが成績不振になるのは見ていられないし生徒会長としても生徒の悩みは見過ごせぬとあって、つまり先ほどまで勉強を教えていたのだよ」
「マンツーマンでですか?」
「いや、五人ほど」
「ですよねー」
この人、外国に生まれていたら本気で重婚してそうだ。
「愛のご褒美を用意してあげれば子猫ちゃんたちも真剣になるというものでね」
「愛のご褒美?」
「マウストゥーマウス♪」
ちゅ、と僕に投げキッスする昴先輩。
…………。
「……あの、もしかしてその愛のご褒美とやらを公衆の面前で?」
「もちろん。舌も入れた」
「……先輩、よく風紀の取り締まりにあいませんね」
「愛を取り締まる法など人類には必要ないのだよ。それに風紀委員にも二人ほど私の恋人がいるしね」
今、僕は癒着の現場を見た気がする。
「ところで前から聞きたかったんですけど先輩の恋人って何人くらいいるんです?」
「そうだねえ。多いときは三十人くらいだったかな……。今は十五人くらいだけど……」
「先輩でも別れたりするんですね……」
ちょっと意外だ。
「うん、たまにね……私のことを好きになりすぎて嫉妬したり独占したがる子が出てきてね……。そういう子には諦めてもらっている」
「……予想以上にドロドロですね」
「気持ちは嬉しいのだけどね。生憎と私は一人しかいない。誰か一人だけを愛するなんてできないのさ」
「それじゃ華黒はなびきませんよ。華黒は愛情が定量のもので、多くの人間に分けるほど一人当たりの愛情は少なくなると思っている奴ですから」
「それで、その全てを君だけに注いでいるわけか」
「…………」
それとは少し事情が違うのだけど。
「それでもいいのさ。意見の食い違いなんて、それが華黒くんを諦める理由にはならない」
「それでこそ昴先輩です」
よ、日本一。
「ところで当の華黒くんは?」
「今教室でクラスメイトに勉強を教えています。行きます?」
「止めておこう。今日はこの後他校の子とデートの予定だから」
そう言って昴先輩は僕に背を向けた。
おそらく帰るのだろう。
僕はペコリとおじぎした。
「それではお疲れ様でした」
「……真白くん」
「何でしょう?」
「私はね、時折君が女の子だったならと惜しむときがある」
「……人のコンプレックスに容易く踏み込みますね、あなたは」
「顔だけのことじゃないよ。……いや、余計なことを言った。忘れてくれたまえ」
「ええ、言われんでも」
「ではね。次は華黒くんと一緒にいたまえ」
「ええ、言われんでも」
そして僕と昴先輩は別れた。
*
帰り道。
「あんな奴と会っていたのですか?」
図書室でのことを話すと華黒は露骨に嫌な顔をした。
苦虫を噛み潰した顔とは今の華黒みたいな表情を言うのだろう。
「素直に呼ぼうよ」
「あんな奴に敬称はいりません」
「さいで」
何を言っても無駄ってものかもね。
はふん、と息をついて説得を諦める。
てくてくと帰路につく僕の右手には通学カバンが、左手には買い物袋が握られている。スーパーのロゴが入った買い物袋の中にはジャガイモとニンジンと牛肉が。多分カレーか肉じゃがの材料だろう。どっちになるかは……まぁ華黒しだい。
「何か変なことはされませんでした? 嫌なことは言われませんでした? まだ人間ですか?」
「変なことはされてないし、嫌なことはしょっちゅう言われてる気がするし、まだ人間だよ」
「だったらいいのですけど……」
心なしか安堵のような吐息をつく華黒。
「そもそも昴先輩の狙いは華黒だから僕をどうこうするはずもないんだけどね」
「それはそれで嫌な再認識なんですけど……」
「まぁ野良犬に噛まれたとでも思って積み木を崩し新しい未来をだね……」
「何ですかその言い草は。可愛い可愛い可愛い妹が変態の手に渡るかもしれないんですよ!?」
「最近の社会は同性愛にも寛容になりつつあるそうだからさ。兄妹で道を踏み外すより同性で道を踏み外してもらった方がまだ体裁がいいのかなぁとかお兄ちゃんは考えていたりする」
どっちにしろ偏愛に大差は無いんだけど。
「それは私を昴のアンチクショウに売るということですか……?」
「いや、そこまでは言ってないけど……。恐い目をしないでよ。ただ華黒の僕以外の恋愛対象をって考えるならそれも一つの候補かなってだけの話であって……」
「なんだか最近兄さんの私に対する態度が冷たくなってるような気がします……」
「ソンナコトナイヨ?」
「じゃあなんでカタコトになるんですか!? 完全に図星つかれた顔じゃないですか!」
「ままま、冗談だって。でもさぁ、いつまでもブラコンじゃいられないじゃない?」
「私のコレはブラコンじゃありませんよ。私は私をして兄さんを真摯に愛しています。兄妹などというものは私にとってしがらみにこそなれコンプレックスにはなりえません」
「あ、流れ星」
「人の話はちゃんと聞いてください」
耳を引っぱられた。
「いたたたた。でもさぁ、いつまでもこのままってわけにはいかないじゃない?」
「だから兄さんが私を受け入れてくれたら万事解決じゃないですか」
「…………」
……それは、ね。
ちょっとどうしようもないかな?
「兄さんは難しいことを考えすぎです。もっとシンプルにいきましょうよ」
「シンプル云々じゃなくてさ、僕らの関係は前提がまず間違ってるんだ。華黒を幻想の世界に引きとめるわけにはいかないよ」
「幻想じゃありません。私は確かに兄さんを愛しています」
「酒に酔ってる奴ほど酔ってないって言うからね。まぁいいや。ここで決着つける必要もないし、この話はもう止め。もうちょっと身のある話をしよう」
「例えば?」
「今日の晩御飯は、とか? 材料から見てカレーか肉じゃがと見たけど如何に?」
「残念、外れです。今日はポタージュスープと肉野菜炒めですよ」
「おっと、一本取られましたな」
どこからか取り出した扇子で頭をペシッと叩く。
そんな他愛のない話に軌道修正しながらアパートに戻る。
ま、いいんだけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます