第20話 試合
「落ち着かれよ、客人方。危害は加えぬ」
「殺して! 殺して! お兄さま!」
老婆の影が喚き散らす。竜人達に動揺がさざ波のように伝わる。
「皆の者、我が妹は知っての通り人間界で気が狂い人に災いをもたらす獣となっていた。しかし、それでも、妹は我が一族である。今から妹の訴えが正当かどうか確認する」
竜王様は玉座へと歩かれた。ルビーを玉座の脇にある箱に納める。玉座の左、壁に掛けられた布が引かれた。白い壁一面に絵が現れた。
これって、何?
絵が動いている。中に湖が見える。
あれは、イシュリーズ湖!
絵は次々に変わって行く。まるで、実際に見ているようだ。
「ここに映し出された映像は、我が妹ファニが見ていた映像だ。このルビーは私がファニに授けた物。ファニの見た景色を総て記録するようになっている」
真っ暗な闇に燃え上がる街が見えた。あれは、恐らく、ファニが滅ぼした軍隊。ファニの恐ろしいまでの破壊力がまざまざと再現される。
竜王様は私の方を見た。
「そなた、歌姫と言ったな」
竜王様が手をふると、絵の中に私が現れた。
嘘、何、これ? 私が、私が、絵の中にいる!
え? え?
「風よ届けて」を歌ってる!
え? これ、もしかして、私の声?
ウソー!
きゃあー、いやあ、こんな声だったの。恥ずかしい!
私は、恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を両手で覆って下を向いた。
しかし、他の人は……。私がそっと顔を上げると、その場の全員(全竜かもしれない)が、私の歌に聞き入っている。歌が終わると割れんばかりの拍手が起こった。
「素晴らしい歌声だ。ファニがそなたを拉致したのも頷ける」
竜王様が褒めて下さった。
「ありがとうございます。陛下」
私は晴れがましかった。竜達に囲まれた危険の最中であっても。
竜王様はさらに私が写っている映像を次々に映した。灰色狼ヴォルに乗って逃げている私。ヴォルに向って放たれる炎。私は悲しくてレオンの腕にすがった。レオンが抱き寄せてくれる。とうとう、あの悲鳴を上げた場面が映し出された。私が悲鳴を上げ始めると、竜王様は手をふって音を切った。映像はファニが倒された後も映っている。ロジーナ様が私が喉を痛めた話をしているのが聞こえてきた。
「また、歌えるようになるといいのだけれど……、難しいかもしれない」
私は涙が出そうになった。レオンが慰めるように私を抱く手に力をこめる。
気球が流される所が映ると竜王様は映像を停めた。
「そなたらが我が妹ファニを殺したのだな。一人は甲高い悲鳴で鱗を砕き、一人は翼を引き裂き、一人は腕を切り落とし眼と心臓に剣をさした」
私は竜王様の声音に不穏な物を感じた。レオンと皇女様、二人の緊張が伝わって来る。
竜王様がゆっくりと私たちに近づいてくる。
「危害は加えぬ。安心せよ。
歌姫よ、そなたは我が妹の鱗を破壊した。偶然ではあったが。
しかし、そなたはすでに報いを受けておる。命より大事な声を失ったのだからな。
よって、そなたの罪を許そう。
王子、あなたはこれから私と試合をしていただく」
「試合?」
「さよう、剣には剣で。女人と剣を交えるわけには行かぬからな。そなたは、あなた自身と皇女の為に戦うのだ」
「望む所!」
竜王様がローブを脱ぎ広間の中央に立つ。レオンも竜王様の正面に立った。二人は型通りの礼をすると、剣を抜き互いに踏み込んだ。
キーン!
広間に刃と刃がぶつかる音が響き渡る。
大洞窟はスタジアムとなった。周りの竜人達が一斉に竜王にエールを送る。私と皇女様は固唾を飲んで見守った。
一合、二合、レオンと竜王様が切結ぶ。二人は睨み合い激しく火花を散らす。
「いけない」
皇女様がつぶやく。素人の私が見ても、レオンが押されているのがわかる。
ブルムランド一の剣士と謳われたレオン。
そのレオンが押されている。竜王様の剣は素早い。
「なんという剣さばきでしょう。あのような剣は見た事がありません」
皇女様が青い顔をして褒め称える。
お願い! やめて!
竜王様の剣がレオンの左腕をかする。レオンの表情が変わった。真っ青だ。私は飛び出そうとした。皇女様が私の腕を掴む。女性とは思えない強い力だ。
「いけません。今、行っても邪魔になるだけ! 竜王は試合を望んだのです、決して殺戮ではありません」
竜王様の剣がレオンの胸に!
いやあ!!!
レオンの上着が胸元で引き裂かれた。血が滲む。心臓の真上だ。
さらに二人は切結んだ。押されていてもレオンの闘気は衰えない。今度はレオンの剣が竜王様の太ももをかすった。しかし、そこまでだった。
カン!
レオンの剣が手から弾かれた!
床に転がる剣!
剣を無くし立ち尽くすレオン!
竜王様の剣がレオンの喉元に!
あたりがシーンとする。聞こえるのはレオンの荒い息づかいだけ。
竜王様が剣を引かれた。
「王子、なかなかの腕前。この腕なら我が妹がそなたに討ち滅ぼされたとて恥にはなるまい」
レオンと竜王様が、互いに礼をして試合は終わった。
「王子、傷の手当をさせよう」
竜王様が手で合図した。数人の従僕が、薬箱を持ってレオンに駆け寄る。私と皇女様もレオンに駆け寄った。レオンの傷は、まるで見切ったように皮一枚切られているだけだった。従僕が傷の手当をする。
竜王様は竜人達に向き直った。
「この者らによって、我が妹は討ち滅ぼされた。しかし、ルビーのもたらした過去の残像によって明らかなように、この者らは、我が妹によって同族を拉致され友を殺された。この者らには、我が妹を討ち滅ぼす正当な理由があった。よって、この者らへの報復は、今の試合を持って終りとする」
竜人達の間に、王の裁定を支持する拍手が沸く。
影となって現れていたファニが喚いた。
「手ぬるい! 殺せ! 殺して、お兄さま!」
「そなたは既に、影となっている。安らかに眠りにつくが良い。そなたの最愛の王の元へ逝くが良い……」
「いやじゃ」
ファニの影が巨大化するや、いきなり私達に飛びかかって来た。
「やめぬか!」
竜王様が影に向って手をかざした。
「グワァア」
老婆の恐ろしい形相。巨大化した影が瞬時に小さくなった。老婆の影が目を閉じる。影は見る見る薄くなり、とうとう消えて行った。同時にファニの皮も塵となって霧散した。後には真っ白な竜の頭蓋骨が一つ。
竜王バチスタは頭蓋骨を拾いあげた。
静まり返った大広間。竜王が宣言する。
「我が妹ファニはたった今、この世から約束の地へと旅立った。ファニの死を悼み、明日、葬儀を執り行なう」
ドラがもう一度鳴った。
竜人達が次々に洞窟から出て行く。洞窟からでた途端に、竜に変身する竜人達。竜の羽ばたきがあたりに響く。
「さて、そなたらはこちらだ。ガリタヤ、客人を案内せよ」
「はい、竜王様、おまかせ下さいませ。皆様、こちらへ」
私達は、ガリタヤについて行った。広間の奥の扉へと導かれる。背の高い扉が手前に向って開かれると、そこは壮麗な宮殿になっていた。華奢な白い柱が何本も立ち並び、奥へ奥へと続いている。柱の一本一本は大樹のようだ。枝と葉っぱの装飾が施されている。高い天井。大理石の床。ぼうっと光る壁。私は、あまりの美しさに息を飲んだ。
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