第18話 女王の日記
昼食を持ってセイラさんが私の部屋に入って来た。私に食事の給仕をしながら、レオンと皇女様の噂話の続きを言う。
「金髪の美姫に化けて来たって聞いた時、本当にびっくりしたわ。だって、わざと掴まるなんて。途中でファニにバレて、空から突き落とされたら、どうするつもりだったのかしらって思ったわ」
セイラさんが感心したように言った。
「竜の寝床に何かあるって言われた時もびっくりしたわ。私達、長くここで暮らしていて一度も、竜が抱え込んだ黄金の下をさぐってみようとはしなかったのですもの。まさか、この下に洞窟があったなんて……」
私は石盤に書いた。「どんな洞窟?」
「よくは知らないの。殿下と皇女様が降りて行かれて……」
「では、俺が寝物語に聞かせてやろう」
う! 今度はレオンだ。セイラさんが、にこにこと笑い、私に思わせぶりな視線を送ってよこした。私は頬が熱くなって、下をむいた。セイラさんは私が食べ終わった昼食の盆を持って早々に部屋から出て行く。レオンと二人きりだ。なんだか、なんだか、いたたまれない。
「この下に、黄金竜ファニが人間だった時に使っていた洞窟があったんだ」
私は急いで石盤に書いた。「ファニが人間?」
「ファニが人間だった話は、今夜、皆の前でロジーナ殿が話してくれる。
竜の寝床の下に、落とし蓋があってな……」
竜の討伐を命じられたレオンは、部下に竜の洞窟のある崖を調べさせたのだそうだ。部下は、詳細な地図を書き、更に、崖と湖の様子を詳しく描いてレオンに報告した。レオンは報告書に描かれた崖に、所々、穴が空いているのを不審に思った。その穴が、あたかも明かり取りの窓のようだと気が付いたレオンは、竜の洞窟の下にも洞窟があり、私がそこに掴まっていると思ったという。
ロジーナ姫の手紙から、レオンは自分の推測が間違いだとわかったが、レオンは竜を倒した後、寝床が気になって調べたのだ。
レオンは竜の寝床に敷かれていた黄金を頑丈な箱や樽、革袋に詰めさせ、片付けさせた。竜の寝床から黄金が無くなると、小さな落とし蓋があった。あけると、下に続く階段が現れた。レオンの推測は間違っていなかったのだ。竜の洞窟の下には、更に、洞窟が広がっていた。
レオンは、手近にあった松明に火を付けると中に踏み込んだ。ゆるい階段になっている。レオンと皇女様の二人は暗闇の中、松明の灯りをたよりに階段を降りていった。ロジーナ様や他の人達は二人に何かあった時の為、落とし蓋の側に残った。
レオンと皇女様が何十段か降りると、木で出来た扉があった。鍵はかかっておらず取手を回すと軽々と開いた。松明を上げて暗闇を透かして見る。暗闇の中、廊下が続いている。二人はさらに奥へと進んだ。廊下の片側にいくつかの扉が見えた。一つ、一つ扉をあけていく。松明をかざして中を見たが、空っぽの部屋だった。
だが、一番奥の部屋は、違った。かなり広い部屋で、窓があり外から陽の光が差し込んでいた。部屋の雰囲気から、女性が住んでいたとわかった。寝台や鏡台があり、鏡の前には櫛が並んでいた。壁には絵がかかっていた。凛々しい男性の肖像画である。男性は美しい金髪をしている。
机の上に本があった。表紙に古い言葉でタイトルが書かれている。中をめくると、手書きの文字がびっしりと書かれていた。それは日記だった。
レオンは日記を持って竜の洞窟に戻った。迎えたロジーナ姫は日記を見るとすぐに解読にかかった。
私が目を覚ました時、日記はかなり解読されていたのだそうだ。
その夜、夕食の後、私達は暖炉の前のテーブルに集まった。
ロジーナ姫は物凄く博識な人だった。古い言葉にも詳しかった。ロジーナ姫は日記に何が書かれているのか話してくれた。
「この日記はとても古い言葉で書かれています。ここは昔、湖の国、ラメイヤと呼ばれていたそうです。ファニという人に変身出来る竜がいて、人間の男と結婚。女王になったそうです」
「では、私たちが倒した竜は……!」
「ええ、恐らく、ラメイヤの女王だったのでしょう」
皆一様に驚きの声を上げた。
「この湖にも名前があります。イシュリーズというそうです。イシュルという小さな白い花が湖岸に一面に咲くのでそう呼ばれたらしいです。そう言えば、毎年、春になると白い花が咲いたわね。
この日記は女王の、つまり、ファニの日記のようです」
ロジーナ姫が日記からわかった事を話してくれた。
黄金竜ファニは若かった頃、戯れに人に変身、人の世界に遊びに行った。その時、一人の若者と恋に落ちた。若者は湖の国ラメイヤの王だった。ファニは王と結婚する。王は王妃をファニヒタと呼んで愛した。「私のファニ」と言う意味だ。
だが、竜は人間の子供を産めない。
そこで王は、仕方なく第二夫人を迎えた。ファニと第二夫人は、争う事なく同じ湖の王を愛する者同士として仲良く暮らした。そして、王が死んだ後、ファニは竜の姿に戻り湖の国の守り神になった。隣国が攻めて来た時、火を吹いて撃退した。湖の国の上空を火を吐きながら飛び回るファニの姿はそれだけで敵の脅威だった。
ファニは人よりもずっとずっと、長生きだった。愛する王が残した湖の国を守る。それがファニの生き甲斐になった。それから、百年。
ファニの守りの元、湖の国は栄えた。
ところが、湖の国の繁栄に嫉妬する者が隣国に現れた。そしてファニは隣国の奸計に引っ掛かり、人間の姿になった所を力の強い魔法使いによって捕らえられ、竜の姿に戻れなくなってしまった。
ファニの守りの無くなった湖の国は簡単に隣国に征服された。
魔法使いを倒し脱出したファニが故国に戻ってみると湖の国の財宝は奪われ、国民は皆殺しにされていた。ファニが愛した王の末裔達も、皆、死んでいた。
悲しんだファニは、黄金竜になると湖の国に駐留していた隣国の征服者達を総て炎で焼きつくした。財宝を奪い返し、湖に通じる道を岩で塞いでしまった。そして、湖を見下ろす洞窟に引き蘢ると、そこで湖の国の宝を守って暮らすようになった。
悲しみがファニを狂わせた。
昔の記憶は薄れ黄金や金髪に対する執着だけが残った。
ファニの最愛の王の見事な金髪。
第二夫人の煌めく金髪。
二人の子供達の、孫達のあでやかな金髪。
金色の髪だけが、ファニの心を揺さぶった。
幸せだった時を思い出させた。
「ファニが何故、金髪に執着したか……。愛した人の面影を金髪に見ていたのでしょう。日記には、ファニの狂って行く様が書かれています。『金色の髪を見せて、キラキラ光る』という言葉が何度も出て来ます」
私たちはシーンとして、ロジーナ姫の言葉を噛み締めた。
「この日記をもっと調べたら、まだまだ、いろいろな事実がわかりそうだけど、私が読み解けたのはここまでですわ」
「よくやってくれた、ロジーナ殿。礼を言う」
レオンは軽くロジーナ姫に会釈をした。
「さて、皆、喜んでくれ。救援隊がこの山の尾根に到着した。狼煙が尾根に上がったのだ。数日で割れ目に到着するだろう。食料は確保出来たと思ってくれ」
まわりから歓声があがる。とにかく、何もかもがいい方に回り始めていた。
ロジーナ姫の話が終わり、皆はそれぞれの部屋に戻った。私も部屋に引き上げようとすると、レオンが言った。
「ギル、俺達は先に湖まで降りるぞ」
私が、どうやって?という顔をしたのだろう。レオンが続けた。
「竜の皮で気球を作ったんだ。来い、見せてやろう」
レオンが嬉しそうに笑いながら、私の手を引いて上の空き地に向った。階段を登りながらレオンが言う。
「竜が死んだ後、いつのまにか、竜の死骸から中身がなくなっていたんだ。皮だけ残っていた。セイラが、面白い事を言い出してな。俺が剣で皮からルビーを外そうとしていたら、これに熱い空気をいれたら、膨らまないかって言うんだ。セイラの母親の故郷では、紙の袋に煙突から出る空気を入れて飛ばす遊びがあるそうだ」
私は不思議な感じがした。セイラさんがお母さんの話をするなんて滅多になかったし、ましてや、お母さんの故郷の話なんて聞いた事がなかった。
「竜は火を吹くから、皮は火に強いんじゃないか、皮だけだから膨らむんじゃなかってな。面白い話なので試してみた。俺が竜を倒す時に付けた、胸の傷。そこを大きくして、下から熱い空気をいれたんだ。やってみたら、膨らむんだ。幾つか開いた小さな穴や、腕、傷を付けた翼は膠(にかわ)で補修した。熱い空気を満杯にしたら、浮いたんだ!」
翼部分は舵になるのだそうだ。レオンは何度か翼にかけた縄を引っ張って、方向を変える練習をしたのだという。
「ほら、見ろ!」
私はぎょっとした。そこには竜の形をした大きな気球が地面においてあった。私は、思わず、レオンの腕を握りしめていた。いくら皮だけになっているからといっても、黄金竜の形そのままなのだ。私は怖かった。
「どうした? 怖いのか? 大丈夫だ。ファニは死んだ。俺がついている」
レオンは私を安心させるように言った。
「空気を抜くと、もう一度膨らませるのが大変なのでな。空気はいれたままにしてある。空気を抜く時はここを引っ張って、竜の口があくようにするんだ。
空気を抜くと浮力が少なくなって落ちて行くんだ。砂袋を落とすと軽くなって浮く。高度を調整しながら、ゆっくりと落ちていって湖に着水しようと思う。うまくいけば、湖岸に着地出来るが水に降りた方が失敗が少ないだろう。地面に激突したくないからな。ギル、君は泳げるか?」
私はこくこくとうなずいた。
「湖に小舟を浮かべるよう、鷹で文を送った」
湖のほとりには、すでに、バージル騎士団長率いる一個小隊が来ているのだそうだ。
ファニが湖へ続く道を塞ぐのに使った岩は、長い年月の間にひびが入っていた。数人の石工と兵士によって簡単に割れたという。岩の半分が道から取り除かれると、道は再び通れるようになった。通れるようになるとすぐに、バーゼル騎士団長は一個小隊を率いて湖の側に行き、野営地を設けた。
レオンとバーゼル騎士団長は鷹を使って連絡を取り合っているのだという。
崖から湖を見下ろすと、野営地の焚き火が見えた。
私は隣に立つレオンを見上げた。星明かりにレオンの黒髪が揺れる。
「殿下! こちらでしたか? 割れ目に渡すロープですが……」
ロジーナ姫の執事のエバンスさんだ。
「今、行く。さあ、明日は忙しいぞ。ゆっくり休め」
レオンが私の頭をくしゃりとする。私は頬が熱くなったので、こくりとうなずいて、部屋に戻った。
翌朝、上の空き地に行くと、竜の気球が空にふわりと浮いていた。
私達、レオンとミレーヌ様と私の三人が今回カゴに乗って降りる。私は、石盤を持ってカゴに乗った。湖に着水するだけとはいえ、何かあった時、言葉を伝える術がないと困る。
「まあぁ、あの竜がこんな形で役に立つなんてね!」
ロジーナ姫が相変わらず、毒舌をこぼす。
「ロジーナ殿、まもなく割れ目の山側から救援隊が到着する筈です。見張りを立てていて下さい。盗賊がやってくるとは思えませんが、赤獅子騎士団かどうか確認して下さい。隊長の名前は、バルタザール。騎士団は赤地に金色で獅子の絵が描いてある旗を掲げています」
「ええ、ええ、殿下、必ず確認しますとも。この度は、竜を退治していただき、ありがとうございました」
ロジーナ姫が、優雅にお辞儀をした。
私たちは、竜の洞窟の人々に手をふった。縄を切ると竜の気球は、ふわりと浮き上がった。レオンが翼にかけた縄を引っぱり、方向を調節する。気球は、ゆっくりと湖に向って漂い始めた。
私は、レオンの隣に立ち、湖を見下ろした。ふわふわと浮いた感じにどきどきする。
「きゃあー」
私達ははっとして振り返った。
崖の上、セイラさんが倒れているのが見えた。皆がセイラさんを助け起す。
「あの者はどうしたのでしょう?」
ミレーユ様が、疑問を口にした時だった。
気球がいきなり、山の方へと流れ始めたのだ。レオンが翼にかけた縄をひっぱり、向きを変えようとする。私とミレーヌ様も引っ張った。三人がかりで引っ張ったが、まったく動かない。気球はどんどん山へ山へと流れて行く。そして、下から吹き上げる風の流れに突っ込んだ。気球はあっという間に、はるかな高みへ飛ばされていた。
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