第10話 竜、ギルの歌を気に入る

 セイラさんはここに囚われている人みんなに、私を紹介してくれた。三人の姫君方はみな素晴らしい金髪だった。ただ、もう若くない。いつ掴まったのだろう。皆、一様に虚ろな目をして私を一瞥した。そして、口の中で何か言った。恐らく、ご苦労様とかそんな言葉だったように思う。そして、すぐに姫君方は刺繍や読書に戻った。

「姫様達は、竜に金髪を見せるだけなの。後は、読書をしたり、刺繍をしたり……、三人目の姫様は薬草に詳しいの。私も随分、教えていただいたわ」

「じゃあ、病気になっても心強いのね。本はどこにあったの」

「ファニが取ってきた箱の中にあったんだと思うわ……。本も私が物心ついた時からあったの。洞窟の角に積んであるのよ。読みたければ、自由に持って行って読んでいいわ。ただし、仕事の合間にね」

 セイラさんがふっと笑った。

「母様が仕えていた姫君は私に読み書きや算数を教えてくれたの。いい方だったわ。今いる姫君方は、みんな、気位が高くて……。お姫様って、みんなあんな感じなの?」

「さあ、私は……、お姫様は一人しか知らなくて……、でも、全然違う……」

 私はミレーヌ・ゾフィー様を思い出したが、ミレーヌ様はきっと例外なのだろうと思った。

 姫君方以外で金髪の人はいなかった。ほとんどが、女の人で、みんな虚ろな目をしている。絶望して、ただ生きているだけの人々。人生を諦めた人達。私もあんなふうになるのだろうか?

 セイラさんは洞窟や上の空き地を案内してくれた。空き地には小さいけれど、麦畑があった。羊やヤギもいた。竜が湖のそばに広がる野原から捕まえてきたのだという。羊は羊毛を取るために、ヤギはミルクを取るために飼っているのだと言う。私は、林から上へ続く峰々を見上げた。この山を登って尾根伝いに歩けば、どこかに麓まで降りる道があるのかもしれない。

「無駄よ、この山は登れないわ。途中に大きな割れ目や切り立った崖があるの。今までもいろんな人が登っていったわ。だけど、大抵、諦めてもどってきたの。無理なのよ」

 さらに、セイラさんは、竜の寝床を見せてくれた。竜の寝床には数えきれない程の金が敷き詰められていた。

「こんなに金があるのに、何の価値もないのよ」

 私は床に落ちているコインを両手で拾い上げた。両手からあふれ落ちる金貨。

 私はため息をついた。

 ここには、下界への道以外はなんでもあった。ここで暮らし続けたら、私もあんなふうに人生を諦めるてしまうのかしら。いいえ、私は諦めない。下界への道を探すのを諦めたりしない。必ず逃げ出してやる。

 そうこうしている内に竜が帰ってきた。私は、帰って来た竜の為に、バルコニーに座らされた。金髪を垂らす。こんな屈辱的な事に甘んじなければならないなんて! 悔しい!

 竜を見ていたセイラさんが言った。

「歌って、早く! ファニがいらだってる」

 私は立ち上がった。振り返ると竜がじっと私を見ている。私はぞっとした。なんて、冷たい目! 異形の目! 怖い! 私は、震える声を振り絞った! 掠れた声しか出ない。私はやり直した。息を吸って吐いて気持ちを落ち着ける。私はゆっくりとケルサ祭で歌った祝祭の歌を歌い始めた。歌いながら、竜を見た。怖いけど、目が離せない。

 竜の額に赤いルビーが見える。ハート型だ。竜の額に愛の象徴であるハート型のルビーがあるなんて、何かの冗談?

 竜は私が歌い始めると目を細めた。しかし、すぐに首を振る。セイラさんが言った。

「その歌じゃないの。あの、高い声の歌! あれが聞きたいって!」

「え! ええっと、はい、わかったわ」

 竜は「風よ届けて」が好きなのかしら? 

 私は歌い始めた。心をこめてという訳にはいかないが、私は丁寧に歌った。クライマックスの高音部にかかると、竜が目を細めて、口をわずかに開き、歌に合わせて首を振る。高音につぐ高音。竜の全身がピリピリと震えた。竜の鱗が、黄金の鱗が、ビーーーンと震え、金色の光がさざ波のように全身に走る。竜がまるで至福の一瞬のように目を閉じた。

 私が歌い終えると、竜は満足そうなうなり声を出した。

 私はほっとした。取り敢えず、竜は私の歌を気に入ってくれたみたい。

 私もまた、気持ちが落ち着いた。もう、竜が怖くなかった。歌はいつも私を元気にしてくれる。それに、私の歌声、麓まで届かないかしら。そしたら、レオンに生きてるって知らせられる。私を心配してくれている人達に私は無事だと伝えられる。

 その夜、私は夢を見た。奇妙な夢で、魔女様がチケットを送ってと言っている。なんの事かわからなかったが、囚われの人々の為に歌会を開いてみようと思った。少しでも私の歌が、みんなの慰めになったらいいと思った。

 それに、どこにいても歌の練習を休んだらいけない。練習を休んだら、劇場に戻った時、歌えない。

 私は、洞窟での生活の合間に歌の練習をした。

 竜の洞窟には小さな部屋がたくさんある。みんな、それぞれ自分の部屋を持って生活している。食堂はなく、竜の洞窟の奥、大きな暖炉の前で、長いテーブルを囲んで食事をする。実際、煮炊きが出来るのはその暖炉だけだ。

 竜の洞窟では何もかも自分達で調達しなければならない。それなのに、男手は少ない。おじいさんばかりだ。姫君方にお使えしていた人々なのだが、ここでの生活が長いせいか、既に齢六十を超えているように見える。竜は何故か姫君と従者や侍女を一緒に連れて来るのだという。セイラさんが説明してくれた。

「ファニはね、姫君が一人で生活出来ないのを知っているの。それで、従者や侍女を一緒に連れて来るのよ。姫君のお世話をさせる為に」

 確かに、姫君は一人では生活出来ない。ドレスも一人では着れない。姫君というのは、本を読み、刺繍をするのが仕事なのだろう。

「ファニは、さらってきた姫君にすぐに死なれては困るのだと思う。ファニはね、出来るだけ長く美しい金髪を愛でていたいらしいのよ。気に入った金髪は、かぎ爪で梳くのよ、それは愛しそうに」

 私はぞっとした。かぎ爪で髪を梳かれるなんて!

 竜は、一度捕まえた金色の髪は出来るだけ生かしておきたいのだ、長く楽しむ為に! なんて残酷なの。

「どうして、そんなに金髪が好きなの?」

「わからないわ……」

「聞いた事はないの?」

「私は、ファニの声は聞くけど、一方的に命令されるだけなの」

 姫君方は今は三人だが、以前はもっといたのだという。自殺したり、病で亡くなったのだという。そして、お付きの人々ばかりが残る結果になった。姫君は竜の存在になれていない異国の人が多いらしい。異国から、ブルムランドに旅をして来て、うっかりヴェールや帽子をしていなかったばっかりに竜に掴まったのだという。

 みんな一度は脱出しようとしたのだとセイラさんが教えてくれた。でも、結局失敗するのだという。長い縄を作って逃げようとしても、降りて行く途中で竜に掴まって戻されてしまうのだという。竜は金髪以外の人達には無関心なのだが、逃げた場合は別なのだそうだ。

 竜が出掛けた留守に、私は洞窟から外に向って歌った。歌が反響して大きな音になっているような気がする。どうか、この歌が私を心配してくれている人達に届きますように!

 ここでの暮らし方をセイラさんが教えてくれた。私は、竜の相手をしていない時は、セイラさんの手伝いをするようになった。

「ねえ、セイラさん、冬の食料は大丈夫なの?」

「冬でも竜が魚を持って帰ってくるからあまり心配はないの。でも、以前、竜が何日も帰らなかった日があって。それからは、竜がいなくても大丈夫なように竜が取ってきた魚を塩漬けにしたりして保存食にするようにしたの」

 私はセイラさんの話を聞きながら暖炉で火にかけた鍋を掻き回していた。暖炉は物凄く大きい。大きな木をまるまる一本焼いた跡がある。

「ねえ、この暖炉、大きいわね」

「ええ、冬になるとファニがここで木を燃やすの」

「え? 竜が? どうやっって?」

「ファニは火を吹くのよ。それで、木に火をつけるの。大抵、すぐに燃え上がるわ」

「えーーー!! 竜って火を吹くの?」

「そうよ、知らなかった?」

 だったらよけい脱出出来ないじゃない。私はますます暗い気持ちになった。

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