一方通行
なぜ、今日会ったばかりの少女の前で裸体を晒しているのか。
それも堂々と。
「髪ぐらい、私が洗ってあげるわよ……っ」
確かに少女は幼くも可愛らしい容姿だが――。
「……私が隠れている理由、ないよね。――うん。堂々としていればいいのよ。私だって!」
獣使いの少女は己に言い聞かせて、少しの勇気を消費した後、二人に歩み寄った。
「もう、綺麗になってるんじゃないかしら」
冷静に。
裂傷を負った少女は目鼻立ちこそ良いものの、顔つきに子供っぽい柔らかさが残り、胸は平べったく、泉で水浴びをしているところを見ても腰はくびれていなかった。
明確に年下の――ほとんど子供のような少女、いや幼女を相手に、取り乱すわけにはいかない。
「――いえ。暗くて見えにくいのかもしれませんが、直に触っていればわかります」
「なら、私が代わるから、あなたはもう大丈夫よ。無理をしたら精霊が呆れて傷が開く――って、言ったわよね?」
少年の後ろ髪を洗い流す少女は、一瞬自分の腕に目をやって、すぐに視線を戻した。
「――いえ。大丈夫そうです。あなたの精霊術のお陰です。感謝します」
今度は一度も視線を外さない。
「私は怪我一つしてないの。でもあなたは、まだ怪我人。常識的に考えれば私がやったほうが良いのは、わかるわよね? 汚れ、しつこいみたいだし」
「――いえ。常識的に考えれば、命を救って頂いたかたに少しでも恩を返そうとする行為は、正しいと思われます。あなたもどうか、静かに休んでいてください」
この子は……っ。
わざと言っているのか。
「――ところで、あなたは彼の恋人なのですか? だとすれば、身を弁えていないのは、私ということになります」
淡々と放たれた問いに、獣使いの少女は悔しげな様子で声を絞って答える。
「……………………恋人では、ない……わ」
だがここで食い下がっては負けを認めるようなものだ。
何故、突然現れた幼女に負けなければならないのか。
「でも――でも私は、彼のことを愛してます!」
少女は顔を赤くして、堂々と胸を張って言い切った。
「――そうですか。そこまで言い切れるのは、とても羨ましいことです」
「どっ、どう!? これが年上の恋愛事情よ!」
子供に、大人の事情を教えてやる――という風に無理して言い切ったが、幼女は表情一つ変えない。
その上、
「愛しているけれど、恋人にはなれない。…………悲恋話ですね」
一本調子の声で返されて、獣使いの少女は余計に顔を赤くした。
原因は恥ずかしさだけではないだろう。目には涙が溜まり始めている。
「――あなたは、どう考えているのでしょうか。見たところ彼女は……少々裏表がありそうですが、あなたに強い好意を抱き、それを隠そうともしない。決して悪い相手には見えませんが」
ついに話の矛先が向いて、少女に愛される少年は溜息を溢す。
それからゆっくりと、神妙な面持ちで答えた。
「ボクは、愛されるだけでいい」
想定外の回答だったのか、何度話しかけられても止まらなかった髪を洗う手が、初めて止まった。
「…………どう? これが悲恋話の一言で済む!? こんな男を好きになって、私はどうすればいいのよ!! なんの事情も知らないあんたみたいな子が割り込んでいい話じゃないの!!」
愛した男にこんな言葉を放たれて、他に何と言えようか。
愛されない少女は紅色の頬に涙を流して、どうにもならない感情を押し殺すように歯を食い縛ると、泉から小屋へと帰っていった。
「――髪、洗い終わりました。あとは一人でどうにかしてくださいね、酷い恩人さん」
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