おかしな友達

柊 撫子

Monday

7月9日


今日の天気は晴れで、風がちょっとだけ強かった。

強いって言っても、ぼくが飛ばされるくらいじゃない。

帽子は飛ばされたけどね。

お気に入りの帽子をなくすのはいやだから、家の中で遊んだ。

そしたら、ママがスコットと一緒にぼくの部屋に来た。

遊びに来たって言ったけど、スコットは苦手。

いつも変な事を言うんだ。

あと、今日はジンも来たんだよ。

ジンも変な奴だから、あんまり好きじゃない。

2人はずっとぼくの部屋にいたけど、夕飯食べ終わったときには帰ってた。

明日も来るのかな。



                      ―『ジャックの日記』より



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



 雲が疎らに浮かぶ晴れた日。

どこからか鳥の囀る声が聞こえる、とても気持ちのいい朝。

クリーム色の外壁と茶色の屋根の家から、元気よく少年が飛び出してきた。

郵便受けまでまっすぐ走り、背伸びして新聞を取るとまた走って帰っていった。

 しばらくするとまた出てきた。

今度は家の中に向かって「いってきまーす!」と言いながら。

ボールを抱えて、頭には野球帽を被っている。

しかし、少年が家を出てすぐに強い突風が吹いた。

少年は顔を防ぐように手で覆ったが、帽子は飛ばされてしまった。

「ぼくの帽子!」

そう言って帽子を追いかける。

とても大事な帽子なのか、新聞を取りに行く時よりも早く走っていた。

帽子を追いかけている時も風は止まず、木々が騒めく。

 少年がようやく帽子を掴んだ頃には、強風のせいで髪がぐちゃぐちゃになっていた。

少しムッとした顔のまま、少年は家に帰っていった。

また帽子が飛ばされるのは嫌なのだろう。

「ただいま」

「あら、もう遊んできたの?」

「ううん。風が強かったんだ」

「そうなの」

母親と二言ほど話すと、少年は2階の自室へと上っていった。

キッチンの香ばしい香りには見向きもしないらしい。

母親がビスケットを焼いているというのに。


 自分の部屋に入ってからは、小さなパトカーを床で走らせていた。

「ウゥーウゥー、パトカーが通りまーす」

積み木や鉛筆で作られた道を、小さなパトカーがすいすいと進んだ。

たまに違うミニカーを走らせるが、パトカーを走らせるのが一番好きらしい。

「道を開けてくださーい」

一直線に伸びているだけの道ではあるが、少年にとっては物語があるのだろう。

小一時間遊んだ所で、部屋に母親がやってきた。

焼きたてのビスケットとコップ一杯の牛乳を持って。

「さぁ、ビスケットよ」

そう言って、床で遊ぶ少年の横に置いた。

しかし、少年はあまり良い顔していなかった。

「ママ、ぼく……苦手なんだけど」

「ダメよ、ちゃんと食べなきゃ」

「でも……」

少年がそう言いかけると、母親は首を横に振って言う。

「まだ持ってくるから、ちゃんと食べるのよ」

そして扉は閉まった。


 部屋には少年しかいない。

だが、部屋では誰かと誰かが会話している。

「ほらな、ジャック。やっぱり怒られた」

「ちがうよ、ママは忙しかったんだ」

「忙しい?」

「うん。だからぼくの話をさいごまで聞かないで行っちゃった」

「そうかい?」

「そうだよ」

「でもさ、ママは最後になんて言った?」

「えっと……忘れた」

「"まだ持ってくる"って言ったんだよ」

「どういうこと?」

「だからな、お前が苦手って言う前に"別の奴"を準備してたわけ」

「うん」

「例えお前の話を聞いてたとしても、ママは持ってくるさ」

「……」

「だからさ、早くオレを殺してくれよ」

「……やだよ、友達だもん」

「でもママは言っただろ?オレを食えって」

「うん、でも――」

「でもじゃない。早く殺せ」

「次の奴が来る前にさ」

そして会話は終わった。

まるでチャンネル変えたかのように、少年は再びミニカーで遊び始める。

傍らのビスケットはすっかり冷めていた。


しばらくして、また母親が部屋に来た。

先程言っていたものを持ってきたのだが、少年はまだビスケットを食べていなかった。

「あら、まだ食べてなかったの?」

「だって……」

「好き嫌いしちゃダメでしょ?」

「わかってるけど……」

「それならちゃんと食べなきゃ、いい子だから」

そう言って、母親はビスケットのお皿にジンジャーブレッドマンを1つ置いた。

「本当は3枚あるんだけど、夕食前に食べ過ぎは良くないものね」

と、言って部屋を出た。

少年にとっては、あまり嬉しくない事だ。

また会話が始まる。

今度は3人になった。

「やぁ、お前が連れてこられるとはな」

「ははは、まだ殺されてなかったのか」

「そうだよ。ジャックが殺してくれないんだ」

「だって……ぼくたちは友達だよ。そんなことできるもんか」

「でもママは怒るぞ、きっとだ」

「それにパパもな」

「オレたちで遊んだ時も怒ったしなぁ、また怒られちまうぞ」

「そうかもしれないけど……」

「違う。かもしれないんじゃない」

「そうなんだよ、ジャック」

「ママもパパも間違ってないさ」

「そしてオレたちもだ」

「でもぼくは……」

そう言って、少年は膝を抱えた。

遊ぶ気分じゃなくなったのだろう。

小さなパトカーは床で横転したままだ。


 それから数時間が経ち、玄関から物音が聞こえる。

いつの間にか眠っていた少年は、パタパタと走った。

父親を出迎える為だ。

「パパ、おかえりなさい!」

「ただいま、いい子にしてたかな?」

「えへへ、今日はパトカーをたくさん走らせたよ!」

「それはスゴイな」

そして父親は頭を優しく撫でた。

嬉しそうに笑う少年。

「おかえりなさい、夕食が出来てるわよ」

「ただいま。今日は何かな」

「そうね、ジャックの好きなものよ」

「ほんと?やったー!」

目をキラキラと輝かせ、飛び跳ねる。


そして月曜日は終わった。

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