第3話 決意をした

 なんで、こんな辺鄙な森にドラゴンが。

 早く、Aランクパーティを呼ばなきゃ。でも、逃げ切れるの?このまま食い殺されるんじゃ。


 色んな考えが、頭の中を駆け巡る。しかし、足が一向に動かない、震えが、止まらない。

 ドラゴンは、徹夜をしたかのような血走った目で、私たちを見つめている。巨大な口からは涎が垂れ出しており、ふぅ、ふぅ、と、息を荒げている。


 ドラゴンってだけでも最悪なのに、この状態は……かなり飢えている。食べられてしまうのは、時間の問題かもしれない。


『ら、ラズカ……』

『背を向けないで、ゆっくり立ち上がって、静かに、静かに後退して……! 』


 私は、文献で見たことのあるドラゴンに万が一遭遇した時の逃げ方をミラに頭の中で伝える。

 刺激さえ与えなければ、もしかしたら助かるかもしれない。ゆっくり、慎重に行かないと。

 ミラは私の指示に従い、じりじり、と、ドラゴンから距離を置いていく。よし、これならなんとか凌げるかも……。


 その淡い期待は、次の瞬間打ち砕かれる事となった。


『グゥルァァァァァァッッッッ!!!!!!」


 ドラゴンは突如、大地を震わせるほど大きく咆哮し、その巨大な腕を振り上げた。

 まずいっ--!! そう思った瞬間、体が自然と動いていた。


『ミラごめんっ!! 」

『きゃ、きゃあっ!!! 」


 私は思いっきりミラに向かって突進し、その場から強制的に退ける。

 ドラゴンの腕は、凄まじい音を轟かせながら、先程までミラが立っていた場所に打ち付けられた。腕が叩きつけられた場所には、まるで隕石でも降ってきたかのような巨大な窪みが出来ている。

 ゾッ--と、全身から血の気が引いていくのを感じた。あれがもし肉体に当たったりしたら--!


「大丈夫ミラッ!? 」

「う、うん、ありがとう」

「急いで逃げよう、走るよ!! 」


 私はミラの手を掴んで、全速力でその場から駆け出した。


 しかし、すぐにある事に気づく。

 ここは森だ。故に、大きな木や棘のある草など、障害には事欠かない要素がこれでもかというほど詰め込まれている。

 それに対してドラゴンは、そんなことを気にする必要はない。現に今も、木々を薙ぎ倒し、草木を踏みつけながら、血に飢えた眼で私たちを追いかけてきている。


「はぁっ! はぁっ……! はぁっ………」

「頑張ってミラ、もうすぐ森から……きゃっ!? 」


 その時、私は自分の足に蹴躓いて、勢いよく転んでしまった。

 顔からダイブしてしまったため、かなり痛い。一部擦りむけてしまっているだろう。


 だが、そんな事まるで気にならないような災厄は、すぐ後ろに迫っていた。

 木々をゆっくり、ゆっくり薙ぎ倒す音が聴こえてくる。死神の足音が、すぐそこまで迫っていた。


「くっ……立ってラズカ! 早く逃げ………」



「逃げて、ミラ」


 その時私は、ある決意をした。


「はっ……!? 何言って……」

「私が囮になるから、その間に街に行って、この事を知らせて欲しいんだ」


 それは、命を捨てる覚悟だった。

 よく考えれば、私たち二人で街に逃げたところで、ドラゴンが街中まで追いかけてくることだろう。そうなれば、大多数の被害が出ることは想像に難くない。

 だが、私が囮になってしまえば、少しの間時間は稼げる。ミラは逃がせるし、街の人も避難できる。万々歳だ。


「そ、そんな……アンタ、自分が何言ってるかわかって……」

「分かってるよ、だから言ってるの」

「そんなっ……そんな事、許すわけ……」


 生まれて来なきゃ良かった、なんて昨日思ってしまったけど、それは間違いだった。

 ここで私が犠牲になれば、多くの命を救う事ができる。

 それに、ミラを守れる。この子は、凄まじい才能を持っている。今は魔法を使えなくても、いずれ自分なりに戦い方を見つけ、その才覚を花開かせ、世界に多大な貢献をすることだろう。

 ならば、何の役にも立たなかったこの命にも、少しだけなら価値を見出せるかもしれない。これはきっと、神さまがくれた最期のチャンスだ。最期くらい、人の役に立ってみろ、と。


「ミラ……一つだけ聞いて 」


 でも、最後に一つだけ。

 間も無く散る定めでも、一つだけ言わせて欲しい事があった。


「こんな私をパーティに誘ってくれて、ありがとう」


 この子が居なければ、今私はこうやって生きる意味を見つけ出すことが出来なかったかもしれない。それだけは、感謝しておきたかった。


「……アンタ、そんな事考えて……」


 ミラが拳を握りしめ、ギリギリと震わせている。そんな怒るような事言ったっけ?

 ……ああそういえば、今は《共鳴レゾナンス》使ってるから心の中筒抜けなんだっけ。じゃあ今までの全部聞かれてたのか。


「……そう、分かった、逃げるわ」


 ミラは握っていた拳を開き、白状したように告げる。

 そして、倒れ込んでいた私の手を掴み…………はい?


「あんたと一緒にねっ!!! 」

「ちょっ……何を!? 」


 私が疑問を口にするその前に、ミラは私の手首を掴み、強制的に引っ張り上げて、全速力でその場を後にした。

 息も絶え絶え、骨も弱いはずなのに、もう生きる気力を無くした私をどこまでも引っ張って連れて行ってくれている。



「ちょっ、まっ、話っ、聞いてた!? 」

「聞いてたわよっ! あんたが言ったことだけじゃ無くて、心の中で言ってた陰気なことも全部ねっ!!」

「だったら……」

「だからこそ!!!」


 ミラは声を振り絞り、私をさらに強い力で引っ張っていく。


「放っておけるわけ、ないじゃないっ! アンタが生きてる意味なんて、今から探せばいいのよッ!!」

「でも……」

「あたしが、連れてってあげるわ!! 世界中の楽しいところ! 作ってあげるわ、信じられないくらい美味しいもの! 他にも、色々、その他全部っ!! もう二度と、「生まれてこなきゃよかった」なんて思えないぐらいにっ、アンタを幸せにしてあげるからッ!!」

「な、なんで……………」


 なんで、そこまで。昨日あったばかりで、今日パーティを結成したばかりの私の事を。


「あたしたち、仲間でしょうッ!? パーティは一連托生、貴女が死ぬ時はあたしも一緒に死んであげるからっ!!」

「み、ミラ……」


 もう、やめて。これ以上、心を揺さぶられたら私は……。


「でも、あたしはまだ死にたく無いっ!!  だからアンタも………生きろッ!! 全力でッッ!!! 」

「っ………!!」


 死にたくないって、思ってしまう。


「くっ……ぁぁっ!! 」

「きゃあっ!! 」


 しかし、そこで限界がきた。

 再び転んでしまった。今度は、二人同時に。


「フシュゥゥゥ………」


 そして絶望的なことに、ドラゴンはすぐ真後ろに迫って来ていた。

 舌を舐め済り回し、どちらから食べるか吟味するように、私たち二人を交互に見ている。


 ミラは私の手を握りしめ、ニッコリと笑ってみせる。


「大丈夫、大丈夫だから……! 私がついてるから……!」


『怖い、怖い、怖い、怖い、怖い………!』


 ミラの恐怖が、《共鳴レゾナンス》を通して伝わってくる。

 こんなになってまで、私の事を想ってくれているなんて。


 私はその時、再び強く思った。

 この子だけは、死なせたくない。絶対に、生きて帰るんだ。


 でも、どうすれば。もう二人とも走る体力は愚か、立ち上がる気力さえ残っていない。

 残っているのは、なけなしの魔力と、残りわずかで尽きる《共鳴レゾナンス》の効果だけ----。



 刹那、ある閃きが、頭の中を走った。

 机上の空論、前例はない、だけどもし成功したら……この場を確実に、乗り切ることが出来る方法を。



『……ミラ、私が合図したら《衝撃反転インパクトリフレクター》って言って』

 

 私はミラに、脳内でそれを語りかける。


『えッ!? なにそれ魔法!? あたし、そんな魔法使えな……! 』

『いいから! わかったね!? 』

『うっ……わ、わかった』


 半ば強引に同意させてから、私は準備を始める。

 脳内で、魔法を構成する式を作り出す。それらの全ては完全に記憶しているため、なるべく早く放てるよう簡略化する術を最大限に用い、全ての術式を組み終える。

 あとは、待つだけだ。


 そしてドラゴンは、しばらく吟味した末に、ミラの方を向いて、さっきのように剛腕を振り上げる。

 そして、それが今、この瞬間、振り下ろされる--!


『今だよッ!! ミラッ!!』


 「いっ……《衝撃反転インパクトリフレクタ》ァアァアァァッッッッ!!!」


 ミラは軽く息を吸い、喉が枯れんばかりの大声で、それを叫んだ。


 刹那、竜の鉤爪は容赦なく振り落とされ、無慈悲にミラへと叩きつけられる。

 そして、肉が裂け、骨が砕ける音が、辺りに大きく響いた。


「グゥ、オオォォオォァァアァァッッッッ!?」


 --その音は、ドラゴンから発せられたものだった。


 数倍になって跳ね返ったダメージが、強靭な皮膚を裂き、その痛みに悶え苦しんでいる。

 これが、《衝撃反転インパクトリフレクター》。あらゆる物理的衝撃を、数倍にして跳ね返す魔法。

 その倍率は適正に依存するが、おそらくミラの適正なら……500倍ぐらいには、なったんじゃないだろうか。


「……………へっ? あたし、魔法を、使え…………? 」


 自身の手を見ながら、魔法を放った本人であるミラがぽかん、と口を開けている。


 思惑は、成功した。


 《共鳴レゾナンス》により意識、もとい考えている事を共有している状態なら、私が記憶しているあらゆる魔法の術式を、直接ミラの脳内に送り込むことができる。

 そうすれば、あとは簡単だ。ミラの持つ莫大な魔力を以ってして、私が組み上げた魔法を力の限り放つだけ。

 失敗すれば二人ともお陀仏だったけど、これが上手くいったからには--。


「ミラ……私たち、勝てるよ」


 恐らく、ドラゴンだって容易く屠れる。

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