第10話 人食い廃墟-6 異変と陣地

 樹は振り返り、前方(まえ)を照らす。


 右を照らし、左を照らす。


 そして再び前方を照らした。


「なんだ……これ」


 懐中電灯を握る手に力が入る。

 光自体がおびえるようにゆらめいた。


「……ここ、一本道でしたよね?」


「ええ、一本道だったわ」


「あの分かれ道からまっすぐここまで来たんだから一本道だよ」


 樹が疑問を投げかけ、未來とユリが応える。


 夢中で走っていたからか、暗すぎて見逃したのか。

 さきほどまで通ってきた道を視界に入れていたユリと未來でさえも、注視するまではその“変化”に気がつかなかった。


 樹は再び明かりを向ける。

 目の前の“変化”に向き合った。


「それがなんで“三本道”になってるんだ……!?」


 洋館はそもそも異様な雰囲気をまとっていた。

 しかしこれは異様どころの話ではない。


 まっすぐだったはずの廊下。

 それが分岐しているのだ。


 さきほどまで一本道だったはずの廊下が、“三叉路”と化している。


 これはどう考えても現実ではありえない。

 起きているのに夢を見ているような感覚。

 “狐につままれる・化かされる”とは、まさにこのような状況のことだろう。


「……怪異だ」


 ユリがつぶやく。


「オカルトだよ、オカルト! 樹ぃ! 未ら――」


「ユリちょっとだまって」


「むぐぅ」


 目の前で起こる不可思議に対して感嘆の声をあげるユリ。

 それを未來が口をふさいで制した。


「未來先輩、これってもしかして……」


「ええ。もしかしなくても、ね」


 樹と未來。

 両者の頭のなかには共通の“それ”が思い浮かぶ。


「おそらくこれは“陣地”。今回の怪異は、ちょっと厄介なやつかもしれないわ」


 “陣地”――


 霊力でもって創り出される領域霊術。

 儀式・定型動作(ルーティーン)によって使い手に沿った力を生み出され、対象および空間に特殊な効果をもたらす。


 “追い女”のときにも使われた霊術である。

 動きをその地に留めた“静の陣地”は、未來の陣地。

 未來が張った陣地をユリが呪符を使って増幅することで、対象を地に繋ぎ留めた。


 “陣地”とは霊力の顕在化なのである。


「その“陣地”を誰かが発動している?」


「“誰か”かもしれないし“なにか”かもしれない」


「“なにか”……」


「霊か、それ以外の怪異のたぐいによるものかもしれないわね」


「……“陣地”は霊力を練ったうえで技術を必要とする高等術式だと聞きました。それを霊が使えるんですか?」


「強い霊なら使える……と聞いたことがあるわ。私も師匠(センセイ)に話を聞いた限りなのだけれど、“追い女”のような低級怪異なら周囲に霊障を引き起こすことしかできない。でも等級の高い霊は“素で”陣地を使う、とね」


「“素で”……それって“訓練しなくても”ってことですか」


「ええ。師匠(センセイ)は、霊のもつ“本能”って言っていたわ」


「本能……」


「“生前恨んだ人間を殺したい”、“果たされなかった未練を成し遂げたい”……生前の強い意志のもと、誰に教わったわけでも頼まれたわけでもないのに、意志は遺志となって“悪霊の本能”と化す……そう聞いたわ」


「“追い女”――及川さんとは違うタイプですね」


「霊力の強い人間が亡くなった場合、地縛霊になるケースが多いわね。けれど“ただ亡くなった場合”と“他人を恨み、怨み抜いて亡くなる場合”では霊になった際のカタチが変わってくる」


「死んでも遂げたい強い怨み……それが“本能”……それが“陣地”になるってわけですか」


「そういうことね。これの意図は見当つかないけれど、とりあえず真ん中の道を戻りましょう」

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