第7話 人食い廃墟-3 分岐路
ぎしりぎしりと床がきしむ。
古い家特有の不気味な音は、まるで家自体が鳴いているようだ。
一歩一歩踏み出すたび埃が舞い上がる。
埃とともに、ぬるりと嫌な空気が周囲にただよっている。
外の心地良い涼しさとは一変。
廃墟のなかは淀んだ空気で満ちていた。
一枚壁を隔てるだけでここまで違う世界が広がっているものか。
そこはあたかも“異世界”のように、現実から隔絶された異様な空間――
「ぐぇっふぉ! げっふぉ! ぐぶっくしゅん!」
……そのおどろおどろしい空気を、ユリの豪快なクシャミがぶち壊した。
「ユリ先輩、女の子が出しちゃいけない声出てますよ」
「し、仕方ねえだろうがよ〜……ぶえっくしゅん! こんなホコリっぽい場所なんだからさぁ〜……げほぉっ!」
「たしかにヒドイ空気ですわね。この埃にカビ臭さ……以前|師匠(センセイ)と入った廃墟よりもキツいですわ」
樹、ユリ、未來は廃墟の巨大さ不気味さにおののきながらも、そのなかへと踏み込んでいた。
それぞれが手にする懐中電灯の光と窓から差し込むわずかな月明かりを頼りに内部を探索している。
「結構な荒れ様ですね……」
樹は歩きつつ辺りを見回した。
そしてふと思い出したかのように言葉を投げかける。
「そういえば……未來先輩」
「なにかしら?」
「先輩が今回の立ち入り許可を取ってくださったんですよね。所有者の方と連絡を?」
「ええそうよ。不動産管理会社づてに、電話でお話ししましたわ。“大学の研究で古い家屋の調査をしたい”と申し出ましたら、快く許可してくださいましたの」
「その方はこの家について、なにか教えてくださいませんでしたか? ここがどういう家なのか、誰が住んでいたかとか。話してなかったかと気になりまして」
「……ここに最後に住んでいたのは年配女性だったそうよ」
未來は所有者から聞いた“この洋館について”を語り始める。
「所有者の方は男性だったのだけれど、ここの最後の家主は彼の母親だったそう。親御さんが亡くなったあと、別の場所に住んでた息子さん――今の所有者さんが相続されたんだとか」
「今の所有者さんは相続しても、この家に住まなかったんですね」
「その理由(ワケ)までは聞いてないけれど、管理が大変だからじゃない? こんな町はずれで辺鄙な場所だし、広すぎるし大きすぎるしさ」
「だったらいっそ売っちゃえばいいのに〜」
ずびと鼻をすすりつつ、ユリが会話に割って入る。
「ユリ先輩……でもたしかにこれだけ大きな土地と建物だと固定資産税もバカにならないでしょうし、いくら親の遺産とはいえ住みもせず放置というのは大変かも」
「それに関してはべつに珍しいことではないわよ。住まないけれど実家は残しておきたい。遺族の方がそう思うのはごく自然なことだと思うわ。それに……ほら、あれ」
未來は懐中電灯の光で廊下の隅を指し示した。
「あれは……レトルト食品と、飲料水の箱? なんか周囲のものと比べると、比較的新しい箱ですね」
「おそらく警備の人を定期的に雇ってるんじゃないかしら。ほら箱に“警備員用、飲食ご自由に”って書かれてる。まさにそれ用でしょうね」
「最低限の管理はなされてる、ってことなのでしょうか」
「清掃はともかく、許可ない侵入は防げてるってことじゃない?」
だったら家自体も――と言いかけて、樹はそこで言葉を飲み込んだ。
きしむ床、汚れきった館内。
樹は他人事をとやかく言うことじゃないとはわかっていた。
しかしこの家に違和感を感じる。
この家はまるで“ただそこに建っているだけ”の様相を呈している。
遺族に対し、この家に対し、“亡くなった方に配慮している”とは到底思えなかった。
「まぁ肝試しに来てる俺らがまさに“不謹慎”だけどさ……」
「ここまで来といてそういうこと言わないの、樹くん。……さて、ここらで始めますか。みんな、各自カメラ持ってきた?」
「もちろん!」
「俺はスマホで」
肝試しの“キモ”。
カメラでもって“なにか”を撮影するため、三人は各自別行動を取ることになった。
「私と樹くんはスマホ、ユリはデジカメね。じゃあ一旦ここで別行動、しばらくしたらまたここに集まりましょう」
「わかりました」
「了解!」
「あ、ユリは私といっしょに行動だからね」
「なんでぇ!」
「あたりまえでしょ。万が一“なにか”が本当にいたならあなた一人じゃ不安だもの」
「いやだい、いやだい! 私は一人でもだいじょぶだもん〜!」
「はいはい。……じゃ、樹くん。またあとでね」
「はは……気をつけてくださいね」
未來はユリを引きずりながら、左側の通路に向かって姿を消した。
樹はそれを見送りつつ右を向き、彼女らとは別の方向へと歩き始めた。
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