第3話 夜に


 もう辺りは暗く2月の風は 想像を絶するくらい冷たい。いくら何でも4歳児 岩井紘(ひろ)くんがひとりで出歩ける環境ではない。捜索隊は 署内総出でチームを編成したという。


 このチームは岩井家のリビングで 先にほどからメンバーが慌ただしく行き来し、 PCや諸々の機材を広げている。そこへ 上司がやってきた。皆の動きを見ていると あぁ 一話完結の刑事ドラマみたいだな、この光景は2度目だな、と思う。どこか 作り物のように感じてしまうのは この市が平和な故だろう。


 さっきから ヘッドフォンの調子を確かめる須田が正面にいる。この半年でかなり成長していた。去年の8月には おどおどするばかりで全く戦力になっていなかった彼が 率先して機材確認をしている。

 

 部長は ただの迷子ではなく 誘拐の可能性も考えているらしい。監視カメラがそこかしこにあり ネット追跡も精度のあがる現代に誘拐なんて効率の悪い犯罪があるのかと思ってしまうのは やっぱり平和ボケのせいだ。

 北川が4つのいすがあるダイニングテーブルのひとつに座った 向かいには紘くんのお父さん。お母さんは心労から2階の寝室で休んでいた。


 誘拐事件では 犯人が両親の関係者であることが多いため 話を聞く。気をつけなければいけないことは 両親を不安にしないこと かつ 不信感を与えないこと。


 父親は 本当にありふれた会社員。失礼だか 特出すべき点はない。 30代中盤で 係長とやっているというがあの大きな会社では 目立った立場ではないだろう。話す雰囲気からも 高圧的な態度はなく 心から息子と妻を心配する良き父・夫の印象だ。   母親についても 尋ねるが これまた特に 手がかりとなりそうな情報はない。


 上司と 目が合った。その目には 私へのメッセージが込められているように感じられる。

 お金がらみの誘拐ならば 最悪の結末は多くない。犯人の目的は お金だからだ。

 ただ その目的が 紘くん自身であるならば 一刻も早く救出しなければならない。しかし この焦りを 目の前にいる父親 そして母親に気付かれてはいけない。

 

 無理に口角を上げようとした瞬間に 玄関のチャイムが鳴った。

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