王国の絡繰技師 2
「エンシ?!」
予測していない事態にあたしの胸は早鐘をつくように高鳴る。これまで何度も二人きりになったことはあったが、こんなことは初めてだ。拒むこともできず、ただただあたしは立ち尽くす。
「――お前、国に帰る気はないか?」
耳元でそっと囁かれる言葉。自信過剰とばかりに堂々とした物言いをする彼にしては珍しく、わずかに声が震えている。
「あなた、何を言って――」
「アスターに帰りたいなら俺は協力を惜しまない。お前にそっくりな人形を用意したんだ。町に置いてある。人質なら俺が代わってやる。帝国側としてもその方が利益があるはずだ」
予想外の発言に、あたしはエンシの腕を解いて向き合う。
「なによ、それ。あたし、そんなこと頼んだ覚えないわよ!? 大体、あなたにはあなたの夢があるでしょ? やりたいことがあるんでしょ? 何が帝国に残る、よ。エンシはこんなところにいちゃいけないわ!」
――絶対に、認められるもんですかっ!
彼には夢がある。絡操人形技術をより使いやすいものにし、傀儡師と言う特別な訓練をした人間だけが使用できるのではなく、一般の人々がもっと自由に使えるように普及させるという夢が。あたしはエンシを応援しているのだ。彼のその夢を奪ってまで国に戻る気はさらさらない。
「――それ、本気で言っているのか?」
落ち着いた、どこかひんやりとした声。
「そうに決まっているでしょ。あたしは覚悟を決めた上でここにいるの。今さらあたしに口出ししないでよ!」
「いい加減に気付け、阿呆。俺はお前の近くにいるために絡操技師になったんだぞっ!」
「……えっ?」
突然すぎる告白に、あたしの思考は停止する。その台詞の意図がわからない。
「――セト皇太子の婚約者が相次いで亡くなっていると聞いて俺はここにきた。お前が嫁に行ってしまうのを止めることは、さすがに平民の出の俺にできることじゃない。だがな、お前の身に危険が迫っていると聞いてただ黙ってじっとしてはいられなかった」
この国に入ってからも耳にした噂――それはセトの婚約者が相次いで死亡しているとの話だ。どんな原因で亡くなったのかは伝わっていないようだが、侵略した相手の国から妃に選ばれてロゼット帝国に入った娘のその全員が命を落としているのは事実だ。
「お前がいなくなるくらいなら、俺の夢なんてどうでもいい。国がどうとか関係ない。そう思ったからお前を迎えに来たんだ。――だのに、夢があるのだから帰れだと? ふざけたこと言うんじゃねぇっ!」
彼が本気で言っているのは痛いほどよくわかる。あたしを守るために国を抜けて駆けつけてくれたことは嬉しかったし、人形のことしか頭にないと思っていたエンシがこうしてあたしと向き合ってくれることもとても嬉しい。
――その台詞、もっと早く聞きたかったよ。でも、あたしは……。
エンシの顔が滲む。頬に熱い液体がこぼれ落ちる。
「……お願い、エンシ。あたしを想うなら、協力して……」
あたしはエンシの胸に、涙でぐしゃぐしゃになった顔を押し付けたのだった。
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