第74話 リリーと阿呆

「私はここで待っています」

 森を抜ける直前。私はそう言った。


「…?…なんで?もう、日が落ちるよ?」

 コランさんが心底、不思議そうに首をかしげる。


「はぁ…」

 その反応に、私は今日、何度目になるか分からない、溜息をいた。


「私の髪は何色ですか?」

 そう聞いた私に、コランさんはあきれ顔で「黒に決まってるじゃん」と答える。


 呆れたいのは私の方だ。

 こんなにも、あからさまな言い回しをして気づかないとは…。

 頭が痛くなってくる。


「そう。私の髪は黒なんです。そんな私が村に行ったらややこしくなるでしょう?」

 コランさんは私の答えに首を傾げる。


「村じゃ、皆あんまり気にしてなかったよ?」

 私は頭の血管が切れそうになった。

 そういう問題ではない。


「いろいろな場所を見て回ってきた私が言います。あの村はおかしいので、全く参考にはなりません」

 コランさんは「ヒドッ!」と、オーバーなリアクションをとる。

 それでも、私の発言を受けて、考え直したのか「そんなものなのかな…」と、言葉を続けた。


 やっと分かってくれたと、私は安堵あんどの溜息を吐く。

 いや、心労からくる溜息か…。


「でも、もう暗くなるし、そうじゃなくても森は危ないよ」

 そんな事は私も分かっている。


 それでも、私が村に行くことはできない。

 私の為にも、コランさんの為にも。


「大丈夫!大丈夫!私に任せておきなさい!なんたってお姉ちゃんなんだからね!」

 コランさんは私の表情を読み取ってか、軽快けいかいな声でそう言った。

 本当に他人の感情に鋭い人だ。

 …阿保あほだけど。


「それでも私は行きませんからね。なんせ”私が”怖いんですから」

“私が”の部分を強調してコランさんに念を押す。


「えぇ~。大丈夫だよ。何かあったらお姉ちゃんが守ってあげるし…ね?」

 やたらとお姉ちゃんとい単語を使いたがるコランさん。

 お姉ちゃんになりたい理由でもあるのだろか。

 …いや、理由の有無など関係ない。


「そもそも私はコランさんをお姉ちゃんだと認めてませんからね!」

 阿保で、おっちょこちょいで、こんなに抜けているお姉ちゃんなど、まっぴらごめんだ。


 私がそっぽを向くと「そんなこと言わないでよ~」と言って、両手を広げたコランさんが近づいてくる。


 満面の笑みだ。

 悪い事を考えている笑みだ。

 きっと私を捕まえて実力行使じつりょくこうしに出る気だろう。


「来ないで!」

 私は逃げ出す。


「待てぇ~!」

 コランさんが両手をあげながら追ってくる。

 しかし、その速度ではとてもではないが、私には追いつけなかった。


 本気で走れば追いつくのに。と思いつつ、私は前を見る。

 気付けば、私が走っている方向には村があった。


「はぁ…」

 私は両手を上げ降参のポーズをとる。

 今回は私の負けだ。


「捕まえた!」

 コランさんが私に飛びつく。


「えぇ?!なんで?!私を村に誘導するつもりじゃなかったんですか?!」

 私は驚きのあまり叫ぶ。


 するとコランさんは首を傾げ…。

 少し間を開けてから成程なるほど、と言う様に手を打った。


「はぁ…」

 もしかしたら阿呆は私なのかもしれない。


「まぁ、それはさておき…」

 そんな事を言いながら、私に跨ったコランさんが両手をワキワキさせる。


「え?…じょ、冗談ですよね?」

 私の顔色は一気に悪くなる。


 フフフフフ。と不気味に笑うコランさん。

 その時、丁度太陽が沈み切った。

 辺りは真っ暗である。


 コランさんは暗闇の中で、ニヤリと笑う。


「ひゃ、ひゃめぇてええええええ!」


 私の叫び声は虫の声と共に、秋夜しゅうやの空に響き渡った。

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