第72話 コランと難題

「落ち着いた?」

 俯いたリリーちゃんを撫でなら、私は声を掛けた。


「…うん」

 うずくまったまま、弱々しい声で答えるリリーちゃん。


 私は、唯ひたすらに彼女の頭を撫で続ける。

 空を見上げれば、もう、日は傾き始めていた。


 現在私たちは、隣村の見える森の中にいる。

 黒い少女から逃げきった私は、あれから力を押さえて、この場所まで走ってきたのだ。


 如何どうやら、力のあつかいが上手くなってきているらしい。

 それに、力の上限も増えているような気がする。


 私はそばに立て掛けて置いた薙刀を見た。

 母さんは、この子の話を、私が森で倒れた次の日に教えてくれた。


 今年と同じように、食べ物が無くなった村。

 その時に、冒険者だったお母さんが、たまたま村に立ち寄ったらしい。

 そこで、母さんは一肌脱ごうと、森に入って沢山の獣の肉を持ち帰ってきた。


 村人に感謝された母さんは、お父さんと、丁度住む場所を探していたこともあって、そのまま村に住むことになりましたとさ。

 めでたし、めでたし。


 その後、母さんはこの子を使う事は無かったと言う。


 しかし、冒険者時代。この子なしではくぐり抜けられなかった死線が、いくつもあった事を語ってくれた。

 その冒険譚ぼうけんたんに、私は心躍こころおどらせながら聞き入る。


 そして、話の最後に母から「私の相棒だったのよ…」と言うセリフを聞かされた時、私はこの子をなくしてきたことを酷く後悔したのだが…。

 それはまた別の話だ。


 兎にも角にも、この子は母さんの相棒なのである。

 そして、彼が最後に私にたくしてくれた子。

 この子がいれば何でもできる気がした。


 身体的には勿論、精神的にも強くなれる。

 この子がいればどんどん私は強くなっていける。


 私は薙刀を手に取った。

 もう、無理やり力を引き出される事は無い。


 薙刀を杖代わりに、私は腰を上げた。


「そろそろ行こっか。リリーちゃん」

 私は落ち着いてきた彼女に手を差し伸べる。


 リリーちゃんはその手に少し戸惑っていた。

 彷徨さまよう視線が時たま私をとらえる。

 私ははやる気持ちを抑え、辛抱しんぼう強く待った。


 不意に私を見上げる不安げな表情。

 私は優しい表情で受け止める。

 

 リリーは再度、私の掌を見つめると、その手を取ってくれた。

 しかし、まだその表情はすぐれない。


 私は彼女を引き上げると、勢いそのまま抱え上げる。

 お姫様抱っこと言うやつだ。


 その拍子ひょうしに、腕に引っ掛けていた薙刀が暴れて、私はあわてる。

 余裕ぶった大人の態度で、リリーを安心させてあげようかと思ったのだが…。


 リリーは疲れたようにこめかみを抑えると「もう」と、溜息を吐く。

 私は決まりが悪く、苦笑した。


 そんな私を見て、リリーがクスリと笑う。

 作戦は失敗してしまったが、結果オーライと言うやつだろう。


 …ただ、大人の余裕を見せつけられないのは、少ししゃくだ。


「私はこんなに貴方が好きだと言うのに!」

 そう、演技がかった声で叫ぶと、私は無防備なリリーのお腹の上で顔をぐりぐりする。


「ひゃっ!や、やめ!フフフッ。やめて!コランさん!アハハハハハッ!」

 くすぐったいのか、リリーは私の上で笑い転げた。


「やめてほしくば、私をお姉ちゃんと呼ぶのだ!…はい!コランお姉ちゃんって言ってみて!」


「わ、分かりました!クフフッ!コランお姉ちゃん!これでしょう?!」


 私は「良かろう」と言って、顔を離す。

 リリーちゃんは「はぁ、はぁ」と息を乱して、かなり色っぽい事になっていた。


 リリーちゃんは直ぐに息と、服を整えると「もう良いです!」と言って私の腕の中から飛び降りる。


「あっ…」

 私は怒らせてしまったのかと、不安になり、その肩を掴んだ。

 すると、リリーちゃんは悪戯っぽい笑みを返して振り向いたではないか。


 …大人っぽくするのって、難しい…。


 私はまたしても人生の難題にぶつかるのだった。

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