第29話 ミランと童心

 少年と出会ってから今日で四日目。

 ついに約束の日をむかえた。


 夫たちが帰ってくるまでの三日間。食料に困っていた村人たちは比較的簡単に説得することができた。

 同じく黒髪であるカーネちゃん達が村にいる事も抵抗を減らせた要因のだろう。


 食料と交換できるものも各家から集め終え、帰ってきた夫たちには決定事項としてこれからの話をした。


 ちなみに夫たちの収穫はと言うと、やはり足元を見られろくに食料を確保できていなかった。


 得体えたいのしれない子どもとの取引に最後まで反対していた住人も、背に腹は代えられないと、今は口をつぐんでいる。


 準備は万端だ。

 後は少年の到着を待つだけ…。


 皆が村の中央でじっと待つ中、道の向こうから荷車型にぐるまがた走車そうしゃのようなものが近づいてくる。


 この時村人の反応は二つに分かれた。

 警戒する者と不思議そうに首をかしげるものである。


 走車は通常、地を駆ける者が引く事で動いているのだが、今回の走車にはそれが無いのである。

 それは箱がひとりでに動くのと同じ事で、あり得ない。


 私も首を傾げつつ、警戒する人達の神経を逆なでしない為にも、今回の件の代表として前に出た。


 次第に大きくなる走車に、こちらに向けて手を振る仮面の少年を見止めると、こちらも手を振り返した。

 その友好的な態度に、幾分いくぶんか村人たちの警戒心がやわらいだのだろう。

 一様に安堵あんどの息をこぼし、反発的な態度は見られなかった。


 通常の走車の倍ほどはあるであろう速度。

 それはみるみる内に遅くなっていき、丁度、私の数十歩前ほどの位置で停止した。


 その車体を見るにやはりどこにも原動力になるようなものは見えず、どもまでも荷車型の走車だった。


「こんにちは。今日はよろしくお願いしますね」


 走車から降りた少年は私に手を伸ばしてくる。


「こちらこそ今日は宜しくお願い致します」


 私は少年の手を両手でしっかりと握ると軽く頭を下げた。

 本当はしっかりとお礼がしたいのだが、皆の手前、対等である事を示さなければならない。

 後で娘もつれてお礼に行こう。


「皆さんも今日はお願いします!新鮮な肉から保存食までいろいろと集めて来たのでどうぞ見て行ってください!」


 少年は大きく声を張り上げ、荷車のおおいを引っ張るようにはずす。


 そこに見えたのはあふれんばかりの肉。

 通常、村ではほとんど肉を食べられない。


 特に今年は森にすら入れなかった為に、小動物の小さな肉すら殆ど口にしていないのである。

 そんなものを見れば皆が目の色を変えるのは無理がなかった。


 少年は荷車の横を開くと、先ほどはがした覆いを地面に置き、店を広げ始める。


 食料は勿論、獣の骨や角を使った道具から綺麗なうつわ珍妙ちんみょうな形をした得体の知れない物まである。

 どんどんと並んでいく品々に村人達は興味津々のようだった。


「さぁどうぞ」


 準備をし終えた少年がそう声を上げると、皆の視線が私に刺さった。

 そのせかすような視線に先程までの警戒心は微塵みじんも感じられないが、名目めいもくたもつ理性だけは持ち合われていたようである。


 彼らの意地を張るような態度に、今にも吹き出しそうになる。

 私は必死に笑いをこらえると、広げられた品の元まで向かっていった。


「では、失礼させてもらって…」


 私はその場にしゃがみ込むと面白そうな道具を物色ぶっしょくし始める。


「これは何ですか?」


 木でできた様な筒状つつじょうの何か。

 私はそれを手に取って少年にうた。


「これは笛です。少し貸してください」


 少年に言われた通り筒を手渡すと、彼は筒を横向きにくわえ、空いている穴のいくつかに指の先を置いた。そして…


「ピュロロロ~♪ピュロロロロロ~♪」


 とても耳触みみざわりの良い音が鳴り響いた。

 少年が息を吹き込み、指を動かす毎につむがれる音。

 一同その音色にしばし心をうばわれてしまった。


「と、こうやって音をかなでるものですね。皆さんも口や指を使って音を鳴らすでしょう?その幅を増やすための道具です」


 今まで見たことも聞いたこともない道具だった。

 皆も同じようで一様に興味深そうな眼をしている。


「ではこれは…」


 次に私が手に取ったのはみぞられた木の板だった。


「それは洗濯板ですね。服を洗う時にそこにこすり付けるとよく落ちます」


「ではこれは…」


「それはけん玉と言って…まぁ玩具オモチャですね。こうやって…」


 次々と出てくる新しい物達。

 私はそれらに完全に魅了みりょうされ、村の代表であるという事を完全に忘れてしまった。


 まるで子どものころに戻ったような。冒険の日々に戻ったような高揚感はとても心地が良く、気が付いた時には皆の視線が体中に刺っていた。


 私はしかられた子供のような気分になり、頬をしゅうに染めた。

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