三上くんは教祖様

「あーあ、またこんなに散らかして」

「も、申し訳ござんせん……」


 三上は私の部屋の惨状を見て長く深く重いため息を吐いた。いや、分かるようん。私も毎日汚ねー!と思うもん。私の、部屋だけどね……。


「はい、これちゃんとハンガー掛けといて。そんでゴミ袋持ってきて」

「はい!」


 三上が脱いだスーツを受け取り、ハンガーを探す。が、見つからない。同時にゴミ袋を探す。が、見つからない。涙目で三上を見上げたらはーっとまたため息を吐かれた。


「そこのコンビニでゴミ袋買ってくるからお前はそれ持って待ってて。いいか、絶対に、下に置くんじゃねーぞ」

「死守します!」


 ビッと敬礼すると「返事だけはいいな」と呆れられた。部屋を出て行く三上を見送り、私は直立不動。そして果てしなく落ち込んだ。

 こんなんじゃ愛想尽かされるよね……。仕事終わり、「今日は私の家に来る?」なんて調子に乗って誘った私が馬鹿だった。浮かれて部屋が汚いのを忘れるなんて。馬鹿だ。こんな馬鹿は見たことない。嫌われたらどうしよう……。

 帰ってきた三上は私を見てギョッとした。えぐえぐ泣いていたからだ。


「な、なんだよ?!」

「ごべんね三上ぃ。仕事疲れてるのにこんなことさせて」

「これからは3日に1回掃除しに来る。そしたらここまで汚れねーだろ」


 な、なんて優しいんだ……。こんな私を責めもせず、その上掃除の頻度を上げるだと……。


「教祖様だ」

「はっ?!」

「私今なら三上の言うこと何でも聞ける。三上になら簡単に洗脳される」

「お前は誰にでも簡単に洗脳されそうで怖いわ」

「そんなことないもん!三上だけだもん」


 手際良くゴミを拾って分別していた三上の手がふと止まった。虫でもいたか?!と身構えたけれど、三上は何故かこっちを見た。その目に熱がこもっている気がする。私にも分かるくらい。


「お前、俺が男だってこと分かってる?」

「ふははは、それは私を馬鹿にしすぎだろう。喧嘩売ってるのか?」

「そういう意味じゃなくて」


 ゴミ袋が飛んだ。三上が放り投げた。ぐしゃぐしゃとゴミが潰れる。こっちに来る三上が踏んだ。私の体が傾く。三上が腕を引いた。

 トン、と頬が当たったのは硬い胸。肩に置かれた手が熱い。抱き締められていると気付いたのはすぐだった。ちゅ、と頭のてっぺんにキスされる。


「み、みか、」

「言うこと聞くとか言うな。頭の中がエロい妄想でいっぱいになっちゃうだろ」

「えっ」

「とにかくこれから俺以外の男には絶対に言うなよ。わかった?」

「だ、だから三上以外には言わないってば」

「……。はー、お前ってほんと……」


 少し離れた三上が顔を覗き込んでくる。真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて手で隠そうとしたらその手を握られた。そして顎を指で上げられる。そこでやっと気付いた。これは顔を覗き込んでいるのではない。キスをしようとしているのだ……!


「ど、どうしたら、目瞑ったらいい?」

「その反応ってことはキスしていいんだよな」

「ええっ、聞かれると戸惑うな……。あの、教祖様がしたいなら……」

「教祖様は今口を閉じてほしい」

「りょ、了解しまっ!」


 言い終わる前に唇が当たった。せめて口閉じるまで待ってよ。

 三上の唇って柔らかい。初キスはレモンの味とか嘘だな。無味無臭だ。いや、うん、でも、三上の匂いはするけど。三上の部屋と同じ匂い。それが私の部屋の匂いと混ざる。何これ。気持ちいい。


「……こんな汚部屋で初キスとかムードねぇ」

「三上」

「ん?」

「もう一回」


 坂井があんなクソビッチになった理由ちょっと分かっちゃったよ。気持ちいい。セックスはしたことないけど、キスだけでこんなに気持ちいい。

 三上は優しく微笑んで、またキスをくれた。さっきみたいに一瞬じゃなく、何度も唇をくっつける。繋いだ手から熱が伝わる。ずっとずっとこうして欲しいと思った。

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