5話「妹たちと温泉旅行」3日目 前編

朝起きると茜が俺の上に乗っかっていた。

 なんてことは日常茶飯事で大したことではないのだが……

 今朝の目覚めは今までに感じたことのない重量感で目が覚めた。

 朝起きると、茜と智咲と菜摘が俺の上で重なって寝ていた。

 謎の巨人に踏み潰された俺は最後の力を振り絞って起き上がろうとするだが、力が入らず起き上がれない。

 そんな悪夢で目が覚めた。

 その悪夢の原因はこの3人だったわけで。

 ベッドから起き上がり3人の寝顔を見ると、あまりにも幸せな寝顔をしているものだからそのまま寝かしておくことにした。

 部屋に掛けてある時計を見るとまだ朝の5時でまだ起きるには早かった。

 といっても寝汗をかいてしまって目が冴えてしまったので俺は外に出て少し散歩をすることにした。


 夏とはいえ朝は涼しく、汗もかくこともなく過ごしやすい。

 昼間の蒸し暑さが嘘みたいだ。


 旅館から海辺へと移動し俺は波の音を聞きながら目を閉じた。

 落ち着く。 波の音を聞いていると人間が発している生活音、日々の中で聞こえてくる雑音とは無縁な世界に存在していられる。

 そういえば、どこだったか、いつだったかはあまり覚えてないのだが、父さんと母さんと智咲と茜と家族みんなで夏に海へと出かけたことがあった。

 夏嫌いの俺だったが、小さい頃から夏嫌いだったわけではなく、小さい頃はそれなりに夏を楽しんでいた。

 家族みんなで行った海。

 凄く楽しかった記憶がある。

 まだ妹たちは幼く、今もそう変わらないけどまるで親鶏の後をついていく雛鶏のように後をついてきたっけ。

 そんな妹たちを当時から可愛がっていた。

 俺も妹たちも、今も昔も変わらず、お互いが大好きなのだ。

 嗚呼、素晴らしきかな兄妹愛。


 妹たち、そして菜摘がこの旅行を楽しんでくれているようで本当によかった。


「……帰りたくねえな」


 最終日の今日、俺たちは家に帰らなければいけない……

 楽しみにしていたものが終わる時の切なさにはどうにも慣れそうにない。

 始まった時に終わりは目に見えて始まっているのだ。

 それは時間という尺度で測れることもできるし、恋だったら気持ちの変化だろう。

 楽しい時はあっという間に過ぎていく。

 だからこそ時は儚い。

 …………色々言ってきたが、とにかくこのまま帰るのは名残惜しいし、まだまだあいつらと旅行していたいのだ。

 そんな名残惜しさを紛らわすためにも、一人海に来たものの、余計に寂しくなってきた……帰ろう……


 …………ってあれ? ここはどこだ?

 ……色々と考え事をしながら海辺をうろちょろしていたらいつの間にかどこから来たのかわからなくなってしまった。

 とりあえず海辺からは離れたものの、全く知らない通りについてしまった。

 ……どうしよう。

 そうだ、今時携帯があればどこへだって行ける…………ない。 携帯がない。

 ……あー、多分充電器にさしたままだ……

 少し散歩するだけのつもりだったから携帯持ってきてなかったんだっけ……

 ……完全に詰んだ。

 近くに交番もないし、人通りも少ないし……

 俺、死ぬのか……?


「陽兄、しゃがみこんで何してるの?」


 全く知らない道端で絶望し、しばらくしゃがみこんでいると、背後から誰かに声をかけられた。


「あ……あ、あ、茜……」


 振り返るとそこには我が愛する妹、茜が立っていた。

 起きてそのまま来たのか、うさぎのイラストつきのパジャマを着ている。


「おーよしよし陽兄〜。 迷子になってたんだねぇ〜」


 そう言って俺の頭を撫でる茜。

 いつもと立場が逆になる。

 こういうピンチの時だからなのか、しゃがんで茜を見上げてるからなのか、茜がいつもより頼もしく思える。


「ああ……俺めっちゃ不安で……ってなんで迷子になってたの知ってるんだ?」

「ニヒヒ〜、実は陽兄の後をつけてたのでした〜。 海を見て黄昏る陽兄、可笑しかった〜。 ……帰りたくねえな。 だって〜」


 茜はそう言って腹を抱えて笑う。


「お前なあ!」


 ムカついたので俺は立ち上がり茜の頬をつねる。

 ぷにぷにしていてめちゃくちゃ柔らかい。

 ずっと触っていたいこの感触……


「ふあ! ひょうにいいはい!(陽兄痛い!)」

「兄さんをバカにしたお仕置きだ」

「だからって陽兄触りすぎ〜、ニヒヒ、嬉しいけど〜」


 頬をつねられながらも笑顔になる茜。

 か、可愛い……

 茜の笑顔は殺人的な可愛さがあるな……

 飴ちゃんをあげたくなる。


「陽兄、茜に見とれすぎ〜。 茜がそんなに可愛いの〜?」

「ああ。 めっちゃ可愛いぞ茜」

「ニヒヒ〜、知ってる〜」


 とびっきりの笑顔になる茜。


「それじゃあ旅館に戻ろうぜ」

「やだ」


 茜は、ぷーっと頬を膨らませる。


「何でだよ。 そろそろ帰らないとみんな心配するだろ」

「だーって、せっかく陽兄と二人きりになれたんだもん! ちょっとデートしようよ〜。 それにまだ朝の5時半だからみんな寝てるし〜」

「だとしてもなあ……」

「お願い……陽兄ぃ……」


 顎に手を当て、上目遣いでおねだりをしてくる茜。

 …………このあざとさ…………嫌いじゃないです。

 いや、好きだ。 大好きだ!


「よし、兄さんに任せとけ!」

「ニヒヒ〜、陽兄チョロ〜い」

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