第十九話 相克
西郷は迎撃を警戒して無理に梁に登ったりはせず、木張りの床を走り追撃する。
「アットくん、コアドライブの稼働率は七十到達、気を付けて!」
「オーケー、七十五からカウント頼む!」
「はいっ――危ない!」
その時、グレッグをフィールドギミックが襲う。
城内壁面に内蔵された仕込み火縄銃がグレッグめがけて発砲する。
前方から迫りくる銃弾をサイドステップで回避する。
この火縄銃の罠は、城内に張り巡らされたワイヤーに触れると起動する仕組みだ。
しかしそれを承知する西郷は細心の注意を払って進路を選んできたため、罠に襲われる所以はなかった。
もしあるとするなら、それは人為的に発動された場合。
「やはり罠を使ってくるか」
西郷たちは直接目撃していないが、おそらく巳影はワイヤーアンカーを使って意図的に罠を起動させ、西郷を攻撃したのだろう。
「ただ追うだけじゃ埒が明かない……対策しないと」
それからも、西郷を幾多の絡繰り罠が襲った。
溶解液で満たされた落とし穴。
食い込んだ後爆発するまきびし。
切断性のワイヤーで作られたかすみ網。
括り罠。
振り子ギロチン。
城内の仕掛けを把握する巳影は巧みに西郷を誘導し、罠の餌食にしようとした。
そのうちのいくつかをもらいつつも、西郷はなんとか巳影に食らいつく。
だがついにとある罠をもろに受けてしまう。
追撃中、突然グレッグの視界が白い闇に覆われる。
「煙幕!」
どこからか巳影が煙玉を投げ込んだのだろう。
そのせいで前が見えなくなった西郷は、足元の罠を起動させてしまう。
それは針地獄。
床から何本もの棘が打ち出され、脚部を中心にグレッグを串刺しにする。
この罠は一度標的を縫いとめると、すべての針が破壊されるまでその移動を制限するという特性を有している。
「っ、来るぞ!」
今までの罠はすべて前座、巳影が真に嵌めたかったのはこの針地獄だったのだ。
「アットくん、稼働率七十九――!」
さらに、コアドライブの稼働率は臨界寸前。
絶体絶命の状況で、西郷はつぶやく。
「ハル――」
針地獄の拘束を逃れようと、グレッグは人工筋肉をうならせる。
機体と針双方が軋む。
機体の駆動に呼応して、コアドライブが熱を持つ。
「八十、
ついに到達する臨界点。
そして身動きできないグレッグめがけて、
西郷は……それを待っていた。
「勝つぞ――!」
「はい……!」
コアドライブが熱暴走を起こす。
その結果――――グレッグは赤熱の闘士と化す。
胸部を起点に、全身に灼熱が宿る。
自身の装甲さえ融解させる熱は針地獄にも伝達される。
燃え盛るグレッグが力めば、容易く針は砕け散り、闘士を開放する。
遥音が秒読みを始める。
それは崩壊までのカウントダウン。
自由になった西郷は、グレッグに背後へ向けてアッパーを放たせる。
巳影の柴影参式はステルス機能を有し、そのうえ視界も白煙で遮られている。
巳影がどこから襲うか断定する方法はない。
だが、西郷には確信があった。
彼が傍観者として過ごした日々。
苦しみあえいだ日々の中培ってきた知識が今、彼の背中を押す。
「あんたはそこにいるッ!」
数多の試合記録の中、巳影は常に敵の背後を取り暗殺してきた。
彼にとっては「背後を取る」ことが勝利のセオリーなのだ。
試合の勝敗を分かつ重要な局面ならばなおさら、万全を期して敵の後ろから攻撃する――。
西郷のその予想は、正しかった。
世界を端から眺めた、あの日々は――無駄ではなかった。
直感で放たれたグレッグの拳は背後の虚空を裂きながら、飛びかかる柴影参式の腹部を貫く。
赤熱をまとう腕部クローが敵の装甲を抉り、焦がしながら貫通する。
予想外の反撃、そして変貌を遂げたグレッグの姿に巳影は驚愕しながらも、しかし刃を止めない。
巳影が降り下ろした忍者刀がグレッグの頭部を串刺しにする。
それによりカメラが破損、西郷たちの視界に多くのノイズが発生する。
しかし西郷は止まらない。
敵は今、この拳の先にいる。
「まだッ!」
続けて西郷が左アッパーを繰り出す。
それは敵右肩部の付け根を直撃、柴影参式の右腕部が肩から引きちぎられる。
だが巳影は黙らない。
衝撃で宙に浮きながら、柴影参式が蹴りを放つ。
その爪先の先端から、仕込み刃が飛び出す。
脚部刀がグレッグの胸部へ突き刺さる。
コアドライブを内蔵する弱点部位を攻撃され、耐久値が目減りする。
胸に刺さる敵の左脚を、西郷は掴む。
グレッグの灼熱により柴影参式の装甲が焦げる。
さらにグレッグは左の拳を引き絞る。
「貫け――ッ!」
眼前の敵へ、渾身の貫き手をぶちかます。
破城槌のごとく放たれたグレッグの拳は敵を穿ち、胸部を貫通する。
柴影参式はその破壊的な一撃に悶えるようにのけぞる。
そして、その耐久値は底をつき――ついに機能を停止させる。
西郷がグレッグの耐久値を見ると、それはわずかミリ単位だけを残していた。
あと一撃受けていれば、敗けていたのは西郷たちだった。
「やった、のか……巳影さんに……」
「……っ、……」
あまりの緊迫感から、西郷が絞り出せたのはそれだけだった。
遥音も緊張から言葉が出ないようだ。
純粋なプレイヤーとしての技量を見れば、巳影は西郷に優っていた。
最後の状況も、グレッグの奥の手が発動できていなければ、そのまま狩られていただろう。
そしてなにより、道場での格闘戦で西郷が捨て身の攻勢に出れていなければ、容易く倒されていた。
西郷一人ではこの勝利は得られなかった。
グレッグを設計した遥音と、そして――。
「お祖父さん、今度こそ……」
――今度こそ、忘れません。
白熱の戦いを終え、西郷は胸の中、祖父を訪ねる決意を固めた。
感謝を伝えるために。
定期大会二回戦。
猛者の巳影を下し、西郷と遥音が勝利を掴んだ。
二人が進むのは最終試合。
決勝戦である。
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