第十六話 屈折狙撃


「まず、このドローンは敵機の装甲でもあるの」

「《分離機能》か。装甲をパージしたらドローン化する機構ってこと?」

「そう、そして装甲には防御機能スキルを付与できるよね。そこでルーベルって方が選んだのは《ビーム反射装甲》!」

「…………ああなるほど、そういうことか!」


 遥音の説明を受け、ついに西郷も敵の戦法を理解する。


 敵はまず、自分のトラバースの装甲を合体分離可能なドローン化させた。

 そのドローンは「装甲」でもあるため、防御機能スキルを備えている。

 そこで敵が選択したのは《ビーム反射装甲》という耐ビーム機能だった。

 《ビーム反射装甲》は受けたビーム攻撃を鏡のように「反射」して被害を逸らす防御機能だ。


 これらの前提条件が揃うと、対戦相手のルーベルがとった戦法が見えてくる。


 《ビーム反射装甲》を有したドローンをフィールドに展開させたのち、敵機本体は自分のドローンに対してビーム攻撃を行う。

 するとビーム攻撃を受けたドローンはそれを反射、屈折させる。


 以上のプロセスを本体・ドローン間、およびドローン・ドローン間で実行すれば、「複数の射点からの狙撃」が可能になる。

 本体は動くことなく、ビームを屈折させることでまやかしの射点を作り出し、敵を追い込んでいく。


「これが、迅速な射点変更を可能とする、屈折狙撃の仕組み!」

「こっちが受けてた攻撃は、すべてドローンを介して反射させたものだったのか」

「防御用の機能を、攻撃に転用するなんて……頭いいなぁ」


 この時、西郷は遥音の洞察力に驚嘆していた。

 彼女はドローン一機の残骸から、敵の手の内をすべて解明してしまった。

 西郷単独だったらこの答えに至れたのかどうか、彼には自信がなかった。


「しかし、一戦目からとんだ地雷だな」


 プレイヤーに対して使われる「地雷」には二種類存在する。

 一つは、あまりに不得手で効率的な動きができないプレイヤーに対する「地雷」。

 そしてもう一つは、大会などでまれに遭遇する、奇抜で本流から外れた戦法をとってくるプレイヤーに対する「地雷」。


 この場合、西郷から見てルーベルというプレイヤーは後者の意味での地雷にあたる。


「タネも仕掛けもわかった、なら次は攻略だな。ハル、射点位置の記録見せて」

「うん、これだよ」


 遥音は3Dマップを展開する。

 そこには各所に赤い光点がポイントされている。

 それを眺める西郷は、あることに気が付く。


「最新の二発は、同じ位置から発射されてるな」


 直前まで受けた攻撃の内、最後の二発を示す光点はほぼ重なる位置にあった。


「そこに本体が……?」

「いや、これもドローンだと思う。ただドローンって最大四機が限界だよね?」

「うん、ローコストは四機が限界」

「一機を囮に、残り三機で屈折狙撃を行うなら……一機は中継役にして、残る二機で挟撃する形になるか?」


 西郷は必死で敵の思考のトレースを試みる。

 彼は目の前にホログラムのフリーボードを展開して、予想を図面化していく。

 そこにはYの字型に展開されたドローン配置図ができあがる。


 まず敵機本体と中継役ドローンAを直線で結び、次に中継役AからドローンB・Cへ向けて左右前方に直線を伸ばす。

 そうすることでYの字になるのだ。


「厳密には戦闘中に変化していくだろうけど、ドローン配置の基本形はこうなるはずだ」

「うんうん」

「これを今までの射点記録と重ねると……筋が通る」


 西郷の図と遥音の記録を見比べると、そこに相似関係が見いだせた。

 西郷が受けた屈折狙撃は、主に左右方向から襲ってきていた。

 ただし、最後の二発だけは異なり、前方方向から襲来している。


「この二発は中継役から反射されたものだ、敵は比較的近いぞ」


 ドローンはグレッグよりも足が遅い。

 そのため、先刻グレッグが囮役ドローンを猛追している途中でドローンB・Cは有効射程圏外に置き去りにされたのだろう。


「屈折回数は一回だから、そこから位置の割り出しができるかも。ハルどう?」


 屈折狙撃はその特性上、狙撃地点の割り出しが困難で、ビームの屈折回数が多いほど隠密性は増す。

 裏を返せば、屈折回数が少ないほど位置の特定が容易になるということでもある。


「ローコスビーム反射装甲の入射角と反射角の和の最大値は百二十度、最小値は三十度なの」

「さすが設計民」

「つまり、このドローンの位置から百二十度以内、入射角は最大六十度、最小十五度だから――」


 遥音が3Dマップの光点を起点に、一定範囲を塗りつぶしていく。


「この範囲のどこかにいるはず……!」

「いいぞ、これだけわかれば狙撃に適した地形から候補が絞れる」

「でも、既に移動してるかも……」

「いや、それはどうかな」


 西郷には確信に近いものがあった。


 敵は動いていない――いや、


 屈折狙撃という斬新な戦法を編み出したルーベルというプレイヤーに対する、ある種の信頼が西郷の胸にはあった。


「屈折狙撃自体が芋砂の極致みたいな戦法だ。『座して勝つ』それが敵にとって最大の強みであり、ポリシーなんだ」


 なにより、はたから見れば優勢なのはルーベル側だ。

 敵もまさか、これほど早く手の内が暴かれているとは思わないはずだ、というのが西郷の考えだった。


「だからここからは『敵が移動していない』という前提で進めようと思う」


 西郷にも迷いがないわけじゃない。

 もしかしたら敵はここまで読み切っていて、思わぬ反撃をしてくるかもしれない。

 そもそも西郷の予想自体が的外れである可能性だってある。

 過去に大きな失敗を経験してきた西郷は、自分を疑わざるを得ない。


 だが、今の彼は臆さない。

 すぐ隣には、自分を信頼し、迷いなく頷いて見せる遥音がいるのだから。


「私はアットくんを信じるよ」

「ありがと、ハル。それじゃあ作戦を立てよう、ハルのおかげで敵の位置は絞り込めた」


 西郷は狙撃条件に適した建物をポイントしていく。


「なら、もう直接本体を……?」

「上手くいく可能性もあるけど、万が一逃げられた場合大変だ」

「うん、たしかに……」

「敵の強みは屈折狙撃と「目」の多さにある。ドローンにはカメラがついてる、本体を狙うそぶりを見せれば逃げられる。だから敵を倒すにはまずドローンを潰さないと」


 かといってそれも簡単ではない。

 他のドローンはどれも索敵圏外に存在し、破壊するには探し出さなければならない。

さらにドローン三機を破壊するまでに狙い撃たれて撃墜される危険性がある。


「それじゃ、どうしたら……?」


 西郷は悪戯な笑みを浮かべる。


「ここはひとつ、イリュージョンを披露するか」


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