第十四話 水紀遥音
ロボットファンの遥音はそのタイトルに興味こそあったが、オンラインゲームという特性上、人付き合いが苦手な彼女は見送り続けていた。
だがある時、ついに勇気をだしてインターステラの世界に飛び込んだのだ。
『この宇宙で生きろ』
キャッチコピーに偽りはなく、そこにはもう一つの宇宙が広がっていた。
どこまでもロボットを中心に据えて設計されたインターステラというゲームはまさに、彼女にとって夢のような世界だった。
まず、この作品のロボットの設定が気に入った。
トラバース――正式名、
過酷な環境を踏破、克服するために編み出された環境適応装具に原点があるという、有人人型ロボット。
それが自衛用に武装するようになり、やがて兵器へ転用。
最終的に、開拓を目的とし環境を踏破するためのマシンが、敵対者の屍を踏破する殺戮マシンへと残酷な変貌を遂げたのだ――という設定が彼女の心を震わせた。
次にビルドシステムとアバターデザインという二大システム。
これらは遥音にとって
膨大なパーツの組み合わせ次第で様々な性能を発揮するトラバースに、自分のデザインしたアバターを外見として適用できるという、ロボットファンの理想を体現したようなシステムは彼女を魅了してやまなかった。
残念ながら彼女はアクション部分が不得手だったが、それでも問題なかった。
このゲームは生産コンテンツも作りこまれており、ゲームオンチな遥音でも設計民を始めとした生産民としてならば楽しむ余地はあった。
最初の内はつつましく、世界の片隅でソロプレイに励んだ。
難易度が低めの狩場へ赴いて資材と資金を獲得し、パーツ生産やバザー取引でパーツの種類を増やす。そして自分なりのロボットを設計する。
やがてこのサイクルに慣れてきたころ、彼女はささやかな夢を抱いた。
――自分が設計したレシピやデザインしたアバターを公開してみたら、どうなるんだろう。
――もしかしたら評価してくれる人がいるかもしれない。
――それをきっかけに、ロボット好きの友達ができるかもしれない。
そんなささいな期待を胸に、彼女はレシピ公開を始めた。
だが、結果は芳しくなかった。
遥音が自信と情熱、そして愛を注いで作り上げたレシピは、評価されるどころか誰の目にも止まらなかったのだ。
煽りや酷評すらつかない、残酷なまでの白紙。
それが遥音に突き付けられた現実だった。
人々が求めているものは高性能で有能な「ガチ」の機体ばかりで、彼女が作った「遊びのある」機体は、歯牙にもかけてもらえなかった。
もちろん最初から上手くいくなんて、彼女も思っていなかった。
だから遥音はそれからもレシピを生み出し、公開し続けた。
自分の理念と情熱、そして
しかし積み重なるのは白紙ばかり。
彼女の機体は瞬く間に埋もれていき、誰の記憶にも残らない。
そんな日々が続くうちに、やがて彼女の頭をこんな考えがよぎるようになる。
――私のような設計民は、必要とされていないのかもしれない。
――生み出した
――このまま、世界に取り残されていくのだろうか。
そうやって遥音が落ち込んでいたある日、公開していたレシピに一件のコメントがついた。
そこにはこう書いてあった。
記入者:アット
コメント:意欲に富んだいい設計ですね! スロット超過によるペナルティーの克服に挑戦するその姿勢からは開拓者精神を感じます。これからも頑張ってください!
世界に一人だけ、いてくれた。
自分を理解して、評価してくれる人がいる。
たったそれだけのことが遥音には嬉しかった。
やがて彼女は緊張に震えながらも、がれきの中から自分を見つけてくれた彼にメッセージを送るのだった――。
「嬉しかったんだ、本当に……だからありがとう。私を見つけてくれて」
遥音はそう言って、柔和に笑む。
「そっか、そうだったんだ……」
いつかの遥音も、西郷と同じ悩みを抱えていたのだ。
だから彼にはよくわかる、彼女の心が。
自分を見つけ、支えてくれる人がいてくれる……そのありがたさを。
「――ハル」
西郷は遥音の手を握る。
ハラスメント防止の観点からプレイヤー同士の接触は原則不可能だが、許可した相手となら手を握る程度のことはできるのだ。
「は、はいっ」
突然手を握られたことに加え「ハル」と呼ばれたせいか、遥音の鼓動が早まる。
「俺はハルがいなきゃここまでこれなかった、一人じゃ立ち上がれなかった」
「わ、私も……あ、アットくんがいてくれたから、頑張れたんだ」
「そうだ、俺たちは互いが戦う理由になってる、だから」
必ず勝とう。
西郷はそう誓いを立てる。
西郷隆則は、水紀遥音のために。
水紀遥音は、西郷隆則のために。
競争原理に支配された、この残酷な
それが二人の約束だった。
対戦開始のアナウンスが流れる。
間もなく、戦いの火ぶたが切って落とされる。
「さぁ、行こう」
「はい――!」
少年少女の再起をかけた戦いが、ここに始まる。
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