第五話 きっかけ
都市カンドラ。
都市を囲むは黒鉄の城壁。
外界を睨むは数多の迎撃兵器。
飽くなき外敵からの侵攻に備えて堅牢な防衛体制が築かれた要塞都市――。
それがカンドラのコンセプトデザインだ。
PKにより撃墜された西郷は、そこにリスポーンしていた。
「ありゃ勝てないよなぁ」
西郷はそうぼやきながら、レンタル格納庫にて損傷した自機を確認する。
PKされた場合、トラバースはなんらかのパーツを落とす。
ローコストとミドルコストは低ランクのものを。
ハイコストはパーツをランダムでドロップするという法則がある。
今回西郷が乗っていた機体はミドルコスト帯に属すため、被害は最小限で抑えることができた。
ゲーム的に失ったものは無視できるレベルだ。
しかしそれでも、敗北という事実がかれの胸に影を作る。
「アットさん」
女性アバターのプレイヤーが西郷のもとに小走りでかけよる。
桜色の髪、黒とグレーで染色された地味なダッフルコートを着た少女こそハルだ。
「いやー、狩られてしまった」
頭をかきつつ苦笑をこぼす西郷。
対するハルはうつむきがちに声を漏らす。
「……私、いつもアットさんに負担かけてます」
「ハルさんはわるくないよ」
「でも――」
「今回は分がわるかった、それだけだよ」
「……戦力比四倍以上ですもんね……せめて私が戦えれば」
「あれ、一対二だから二倍なんじゃ?」
「えっと……ランチェスターの法則の二次法則だと、四倍になるんです」
さらに西郷は武装を消耗していたため、実際の差はそれ以上だとハルは補足する。
「ならなおさら仕方ない。相手が狡猾で上手だっただけ、ハルさんのせいじゃない」
ハルは西郷と床の間で視線を行き来させたあと、小さくうなずく。
責任感の強いフレンドを見かねて、西郷は話題を変える。
「それよりゲーゼルでた記念になにか食べよ? 気分転換にさ」
そうして二人が訪ねたのはゲーム内のカフェエリアだ。
ここでは味覚・嗅覚データにより再現された食事を楽しむことが可能だ。
しかし一般的に、こうした仮想空間内での食事は現実のそれよりも質感で劣る。
これは技術的な問題というよりは規則によるものだ。
現実の食生活に影響をおよぼさないための配慮として味は薄く感じるし、空腹感も紛れないが、それでもちょっとした息抜きに利用する人間は多い。
西郷は《スパイスキングピザ》、ハルは《キャラメルフェスタパフェ》をそれぞれ注文する。
味が薄い分、こういったメニューが人気だ。
「インステの食品データって、ほとんど流用品なんだよね、同社製品の」
「そうなんですか?」
「うん、運営の意地なんだろうね」
本来インターステラに食事という概念は存在しなかった。
だがゲームの世界展開とユーザーの増加によりそういった需要が出てきたことで運営は対応を迫られ、渋々食事システムを実装。
しかしそのラインナップが軍用レーションやサバイバル料理など硬派すぎたため再度要望が殺到。
最終的に同社製品で使用されている食品データを流用するという形で解決にいたった。
その経緯を聞いたハルが顔をほころばせる。
「ロボットに関係ない要素は一バイトも作りたくないんでしょうね、きっと」
ロボット好きとしてこのエピソードにシンパシーを感じたのか、さっきよりも口調が晴れやかだ。
西郷はひそかに安堵する。
そんな雑談をしていると、都市内に浮かぶホログラムスクリーンに西郷にとって馴染み深い人物が映し出される。
若葉色の髪、白をベースに水色のラインが入った服を着た清潔感ある少女アバター。
その少女が今度開催されるインターステラ第一回世界大会の宣伝をしている。
「あ、テルちゃん」
スクリーンを見たハルがぽつりと呟く。
「あーそっか、ハルさんファンだっけ」
「はい、テルちゃんほんとに可愛くって!」
ハルは胸の前で手を組み、その瞳を輝かせる。
「テルちゃんはなんというか、『本物』って感じなんです! 育ちのよさとか、性格のよさが見て取れて……まさにお姫様みたいな!」
西郷の義妹エルが演じるVRアイドル――言ノ葉テル。
彼女のファンは以前から一定数いたが、世界大会のイメージキャラクターに抜擢されたのを機に知名度・人気度ともに急上昇していた。
その人気はアバターデザインやキャラクター性のみならず、彼女がメインに活動するインターステラを始めとした、あらゆるコンテンツへの
言ノ葉テルの陰の努力と生みの苦しみを知る分、西郷としては感慨深いものがある。
「――言ノ葉テルは頑張ってるよね、すごく」
「私なんかでも、テルちゃんには憧れちゃいます……」
「うん……すごいよ」
西郷の目の前で繰り広げられる、はるか遠くの世界の出来事。
それを眺めているとき、胸の空虚を思い出す。
埋めようのない、無力な空洞を。
「……妹がさ」
「はい?」
「俺、妹がいてさ」
西郷はぽつぽつと言葉をこぼし始める。
彼にしては文脈が整っていない、不器用な述懐だった。
妹が今度、世界規模のイベントに参加すること。
今でこそ情報民で記事を書いてるけど、ほんとはトップランカーを目指していたこと。
けれど自分より頭も良くて腕もいい人間は山ほどいて、そんな彼らに勝たなければ頂点には至れない。
上を目指すということは、果てのない試練と挑戦の連続で、自分はそれに臆してしまった。
世界に取り残されている錯覚が、日増しに強くなっていく。
一生、こんな気持ちを抱えて生きていくのかと想像すると、途端に怖くなる――。
そんな心情を西郷は吐露した。
二人の間に、沈黙が横たわる。
言い終えてから西郷は後悔する。
(こんな話、聞かされる方が困っちゃうな)
「……ごめんちょっと最近弱気でさ、今のは忘れちゃって」
「私も、そう思ってました」
小さな声が応える。
ハルにしては珍しく相手の眼を捉えた、小さいけれどはっきりとした声音で。
「私も……アットさんに見つけてもらうまでは同じ気持ちでしたから」
「見つけるなんて、そんな大したことしてないよ」
「そんなことありません」
「そうかな」
「そうです」
「え、うーん……」
ハルというプレイヤーとの出会いを振り返るも、そこにかくたるドラマ性を見出せずにいる西郷。
なんど記憶を反芻しても、「なんかあったっけ?」というのが彼の本音だった。
「アットさん」
「うん?」
「よかったら、今度……」
ハルはそこで区切り、仮想の肉体で深呼吸をする。
やがて呼吸が落ち着いたころに面を上げる。
灰色に輝く虹彩が西郷に向けられる。
「オフ会、しませんか?」
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