ドームシェルター
3-22
猛吹雪になる中を雪上車は、ドームシェルターへと向かっていた。視界はホワイトアウト同然であった。崩れたビルの立ち並ぶ廃墟へと差し掛かる。一刻もはやくドームシェルターに到着する予定でいたものの、猛吹雪におそわれ、昼間でも雪上車を動かすことが困難になっていた。
「この吹雪じゃ、車が横転する可能性がある。ハリー、近くにあるビルの廃墟で吹雪が止むのを待つ必要があるんじゃ」
と、ダウヴィが吹雪の強さを見ながらつぶやいた。ため息を吐きながら後部座席を一瞥した。リンやサムが疲れ切ったように寝込んでいる。
「そうだな。近くの廃墟ビルに入って止めてくれ!」
「わかった」
頑丈なビルの廃墟に雪上車は止まった。ハリーは廃ビルから降りると瓦礫岩を囲い、ダウヴィは火をつけた。外から入ってくる強風に煽られないよう、廃材の木片を火に起こしわずかな空間をほのかに温めた。
吹雪がだんだんとおさまりつつある。依然として進むには困難であった。ホワイトアウトはなくなったものの夕闇がせまり夜になろうとしていた。
夜明け前、スノーモービル独特のエンジン音によってリンが目を覚ます。雪上車の最後部座席にいるサムの姿がない。
「ハリー、ハリー」
ぎこちない恰好のまま眠り込むハリーにリンの怒鳴り声が聞こえてくる。
無理やり起こされたハリーは、睨みの見えるリンに向き直った。
「リン、なんだよ!」
ドアを開け外気が車内に入ってくることで不機嫌になる。
「やられたよ。サムに」
言葉を聞いたとたん、ハリーはすばやくドアから降りるとスノーモービルがなくなっていることを確認した。悔しい顔のまま雪上車の車体をたたいた。
「ハリー、これでも君は仲間に入れるというの?」
憤りの見えるリンの顔に鋭い視線があった。彼は黙ったまま悔やんだ表情に満たされていた。
(サム……)
サムが荷物ごとスノーモービルで逃げたのだった。
小雪が舞う中をモービルのあとを追い、雪上車が雪原を走っていく。幸いなことに荷物の中に入れたハリーのアームデバイスで行方がわかった。荷物の中には、声で反応する声紋記憶デバイスや冒険に必要なものがぎっしりと詰まっている。サムの目的は、その中のひとつメモリーチップであることは間違いなかったが、荷物を丸ごと持ち逃げされていた。
雪上車がドーム建物の壁へと近づいた。上方には小さくだが屋根の一部がみえた。高さ数十メートルの外壁には、かつて雪を瞬時に溶かす塗装跡がいたるところにあった。長年にわたり剥がれ落ち、外観の内側にある防寒壁がむき出しになった場所もところどころにみえる。
雪上車は、第一防風壁へと赴いた。無残にも壊れた門が、容赦ない雪風にさらされ荒狂う雪煙をなし奥へといざなっていた。
ドームシェルターには第一、第二、第三と三重の分厚い壁が、中にある街を外部から守っている。だが、長年の積雪により第一、第二防壁には雪が侵入しはじめ、シェルターの気温も徐々に変化してくる。すでに第二防壁を越えた場所には、外から入ってきた雪が積もりはじめていた。
第三防壁に近づいたとき、リンの装着していたアームデバイスにハリーのアームデバイスの無線受信が反応する。
「スノーモービルの近くまで来ているみたい」
リンが声を張り上げた。
「アイツ、モービルを乗り棄てて最奥のシェルターに逃げ込んだな」
「でも、受信の反応が止まっているってことは、荷物も持って行かずにメモリーチップだけ持ち逃げしたのかも?」
「そのチップが目的なら十分あり得るな」
ハリーの横でダウヴィが頷きこたえた。
「おそらく、全部の荷物を持っていくにはひとりじゃ重すぎるからだろ! リン、ロウさんたちに連絡してくれ!」
「わかったわ!」
視界にスノーモービルが現れる。すぐさまハリーはドアを開け、雪上車を降りるとモービルを調べ始めた。荷物の小物がいくつか見当たらない。
「畜生! やっぱりアイツ、メモリーチップを持って行ってる。急いで追うぞ!」
「うん」
ハリーは考えた。どうやってロック博士とコンタクトを取るつもりなのか、それが気になっていた。それに彼の所在はどこなのか。輸送ヘリの向かった先は東の山脈だったが、詳しくはわからない。メモリーチップのみであれば、東の山脈に別の誰かが持っていく可能性もあり得るのではないか。
最奥にあるシェルターには、数十万人が暮らしている。ハリーたちは、ロウたちのいる遠征部隊専門の詰め所へとむかった。快適な温度が保たれたシェルター内は、真上に見える天井ドームで雪と風から守られ安心に暮らしている。
道の端にならぶ露店には、外の世界を忘れさせるほどの平和な商人たちの顔があった。多くの露店に並ぶのは、技術装置や旧世代のエネルギーの枯渇した武器、そして世にも不思議な色鮮やかに富んだ鉱石素材であった。
詰め所のドアを勢いよくあけると数人の塊が、ハリーの眼に入った。ふたりの姿にロウやキャサリン、ホルクと姿がある。だがライン博士の姿だけはなかった。そして数人の隊員がきづいた。彼らの熱気で詰め所の中はあふれている。皆が待っていたとばかりの喜びの笑顔に湧いた。
さっそくロウが喜びのある顔で出迎える。
「おお、ハリー」
「無事たどり着きました」
「待っていたぞ!」
「ロウさん……」
「分かっている。リンくんから連絡を受けて、今、サムを捜索しているところだ!」
しゃべりながら湯気の立つカップをハリーとリンに渡してきた。
「あの、サム・ポンドがここの出身というのは本当なんですか?」
低い声でリンがホルクに質問をぶつける。ひとりの初老の男が彼女の疑問にこたえた。
「ほんとうだ。彼はここで育った。もともとはウォルター・グリーグも遠征隊員でその後継者としてサムがいた」
カップの飲み物を一口飲むとひとりの男が、ため息交じりに彼女に近寄ってきた。
「彼ら二人は兄弟のように育ち、あの惨事のあと、エルシェとホルクのもとに行ったと聞かされ俺はほっとしていたのだが、まさか、ロック博士の口車に
哀しむ顔をむけ、詰め所の奥の方へと去っていった。
「今の人、だれなんですか?」
リンがすかさずホルクに訊ねた。
「名はヴァルボック・ホイッスルだ。現役のころ、軍の育成指導者をしていた人物だ。皮肉なものさ、ウォルターとサムが育ての指導者を裏切った形になったからな」
横からロウが補足するように、
「ああ、あいつも元は遠征隊の隊長を歴任して指導役になったほどだったが、現役を引退をしている。俺とは二つしか違わないがな。彼も彼なりに苦労しているんだ」
「ロウさん、あの人が言っていた惨事って、いったい何ですか?」
ハリーが訝しい顔でロウに詰め寄った。
「お前もサムがアルファシェルターに来た理由ぐらいは知っているだろ!」
「ええ、たしかエルシェさんや義父さんがウォルターに窮地を救われたため、でしたっけ?」
給仕用のポットからカップへと注ぎ、ホルクが乾ききった口を潤した。
「その話には続きがあってな」
「えっ?」
ハリーとリンが見合わせた。
23へつづく
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