3-17

 気が付くとハリーは、両手両足を拘束されてベッドに寝かされていた。傍らにはホルクの姿がある。近くにリンの姿はなく、研究施設の実験場跡のベッドに拘束されていた。天井はたかく降り注ぐ煌々としたひかりがハリーとホルクを照らし出していた。近くには届かんばかりの巨大な装置らしき機械がそびえている。白衣をまとった数人の研究者らしき男が、せわしなく動いていた。

「義父さん、義父さん!」

 ホルクはパイプに手首を拘束され座っていた。ハリーの声に気づいたのかホルクが目を覚ました。

「ハリー、ハリーじゃないか。サムに捕まったのか?」

「義父さんこそ、どうして? リンは? リンはどうしたの?」

「ご対面のあいさつはそのぐらいにしてもらおう」

 間近から低い男の声が聴こえてくる。


 暗闇から白衣姿の男と両手を鎖につながれうつむくサムの姿そして、身長八メートルほどあるトグルが現れる。口もとを封印するマスクのようなものをかぶせられている。男の体型は科学者らしい細身の体つきをしている。

「サム! おい、サム!」

 ハリーは叫んだ。だが、全く動じる気配のないサムに奇妙さを感じていた。

「ハリーとか言ったか」

 白衣姿の男は、シャープな顔をハリーに向ける。四、五十代とみられる顔立ちで目元を抑え、メガネを持ち上げた。次の瞬間、穏やかだった顔が恐ろしい睨み顔へと変化する。大声で叫んだ。 

「おい、こたえろ、青二才。はどこにある? 私はサムのように優しくはない」

 ハリーは上ずる声を上げる。

「メモリー、チップだと? 何のことだ!」


(やっぱり、目的はメモリーチップだったのか)


「あくまでもシラを切るつもりか。私は何もかも知っているんだ! アンソニーの手紙の中にメモリーチップがあったはず」

 焦り顔をみせるもハリーは、冷静になっていた。

 白衣姿の男は、白髪の見える髪がブラウンに彩られ双眸に青い瞳孔を輝かす。一瞬、半分憤りのある顔をハリーに見せた。

「そうそう、おまえの親父から聞いている」

「親父だと?」

「この地球を緑豊かな大地に戻すというんだったな」

 勝ち誇った顔をむけ、不気味に笑みを浮かべた。

「アイツはいい奴だが、冷酷非情になれんところが科学者として失敗だな。生きることに対して人間はどんな時代であってもにならねばいかん」

「……」

 大声を上げホルクが白衣の男を威嚇した。

「何をいうかっ! お前がどんなに冷酷非情でもアンソニーは、人類みんなで生きることを選択したんだ」

「だまれっ!」

 いきりたちホルクの前まで来ると、小さい鞭をとりだしホルクの顔をたたき始めた。

「自己顕示欲と支配欲でアイツは動いていたわけではない!」

「ええぃ、黙れっ!」

 みるみるうちにホルクの顔は傷だらけでゆがんだ。

「やめろっ!」

 ハリーは憤りの大声をあげた。

 ぴたりとホルクに向けられた鞭がとまる。

「おい、貴様の目的はメモリーチップなのか?」

「だとしたら、おまえはどうする?」

 ハリーに向き直り、問いかけに白衣を着たロック博士は即答した。

 こんどはホルクが話しかけた。

「メモリーチップなんだな。こたえろっ!」

 小さいフレームのメガネをくいっと持ち上げる。科学者らしい双眸でホルクに向かって、

「フン、応える義務はない。貴様も科学者の端くれなら、私たちの実験に口出しはできないはずだ!」

 と強い口調を浴びせる。

「実験? おい、まさかお前……」


(実験?)


 ハリーにはホルクの言っていることが分からずにいる。

「実験? いったい何の実験だ!」

 白衣の男は不気味にうつむき笑みをうかべた。

「この地球をよみがえらせる実験だ!」

 少し興奮気味になったかと思うと冷静にいった。



「私の指示でこの隣にいる実験体を操ることは造作もないことだ! お前にはその意味が分かるだろ!」

「実験体?」

「お前の仲間は『トグル』、とかあだ名をつけていたようだな。かわいい名前を付けたものだ!」

 白衣の男の隣にいたトグルはマスクの間からよだれを垂らしはじめていた。よほどの空腹とみられる。異様な目でホルクを見ていた。首には、赤い制御装置らしいものがみえた。

「こいつはな、人間の肉を欲しがっているんだ! 私が野生のトグルから採った血と特別なたんぱく質を調合したものを注射したのだ!」

「なんてことを!」

 ホルクは憤りのみえる表情になった。

「ついでに言っておくと、そこのサムとかいう男にも、私の素晴らしき調合物を飲ませてやった」

 サムはうつむいたまま表情がわからない。

「なんだと!」

 サムは黙ったままたたずんでいる。抜け殻のようである。

「さあ、これが最後のチャンスだ。メモリーチップはどこにある?」

「ハリー、メモリーチップを絶対に教えるな。こいつは、血も涙もない科学者だ!」

 ホルクは明らかにこの男を知っている口ぶりである。

「だまれっ!」

「自分の利益だけに翻弄される奴なんだ!」

 ふたたび、白衣の男がホルクの顔を鞭でたたき始めた。空間に反響し、痛々しい音が響き渡った。

「だまれっ! だまれっ!」 

「や、やめろっ!」 

 ハリーの大声にも関わらず白衣の男は叩くのを止めようとしない、

「やめてくれっ! メモリーチップは……、チップは……」

「ハリー、言うんじゃない」

 白衣の男は不気味ににやけ顔をむける。

「さあ、言うんだ!」

 ハリーは口を開こうとした。









 突如、地震とはおもえない震動が響きわたる。

「なんだ? ……?」

 研究者のひとりがモニターを確認し、ロック博士に叫んだ。

「博士。大変です! 地上から遠征部隊の集団が雪上車をつかって砲撃しています」

「なんだとっ!」

 白衣姿の男は悔し顔で、歯ぎしりをおこしている。

「間に合ったか……」

 小声でホルクがつぶやいた。

「うぬぬっ!」

 みるみるうちに科学者の顔が歪んできた。

「ハリー!」

 天井からかわいた声が研究室にこだました。リンの声だった。ハリーの捕まっている真上から飛び降りてくる。

「リン! いったい……」

「ハリーの陽動が効いたみたい。今、外から遠征部隊が攻撃をしている」

「でも、地震装置の暴発は?」

「その心配はない。あれはもうガラクタも同然だ!」

 首を装置の方に傾けホルクはつぶやいた。

 すばやくリンは持っていたナイフでハリーとホルクを解放する。

「形勢逆転ってところだな」

 ロック博士をにらみつつリンが小声でつぶやいた。


 繰り返される震動のなか、白衣姿のロック博士は懐から無線スイッチを取り出すとボタンを押した。巨体のトグルの首に巻かれた首輪と連動し、口に封印していたマスクを外れる。顎の長い顔が現れる。首元の赤い制御装置も外され実験場に割れんばかりの轟きの咆哮ほうこうをした

「お前たちの相手はこいつだ!」

 ロック博士は叫ぶとすばやく隣の実験場のある扉へと消えていった。

「待てっ!」


 ハリーがロック博士を追っていこうとする。

 立ちふさがるように巨体なトグルが行く手を阻んだ。あごを強化しているのかわにのように突き出る口からはよだれが止まることなく滴っている。体長は八メートルはあるであろう怪物と化した人間がハリーに迫ってくる。

「ニクヲ、ヨコセ!」

 ハリーはすばやく横へとかわす。

 猛突進するトグルは、研究員へと迫っていた。研究員のひとりをむんずと掴むと両脚を大きい口の中へといれる。痛々しいほどの叫び声が実験場内にこだました。数人いた研究員も次々と出て行った。

「マダ、マダ、足リナイ」

 こんどはホルクを目標に突進してくる。

「義父さん!」

 ホルクは必死に実験場の入口へと走るが、足を引きずっているため上手く動けない。

 トグルの巨大な手がホルクに近づこうとしていた。強烈な延髄の蹴りをトグルの手の甲めがけ放つ。リンはハリーを援護しトグルの態勢を崩させた。間一髪、ハリーが間に合う。



 入り口からダウヴィとロウが現れる。近くにいたハリーとホルクに気づいた。

「ハリー、ホルク」

 ハリーも近寄ってきた彼らに声をかけた。

「ロウさん、ダウヴィ。義父さんを」

「わかった」

「任せとけ!」

 すぐさま二人はホルクを担ぎ実験場から出て行った。サムの姿はすでになかった。残っているのはハリー、リンそして巨体を誇るトグルであった。



 ハリーはトグルの掴み攻撃からすばやく左右にかわす。リンのいる方向へと走った。

「リン!」

「こいつは今までと少し違う。捕まったら最後だ。同時に攻撃しよう」

「同時か」

 不安な表情の顔つきにリンがいった。

「ボクが合図を送るからそれに呼吸を合わせてくれればいいんだ!」

「やってみよう!」

「来るぞ!」

 ふたりは正面から迫ってくる巨体トグルを左右に交わした。リンは右腕にのぼり、ハリーは左腕に上っている。

 リンが大声を上げた。

「いいか、ハリー! 同時に首元を蹴るぞ!」

「おお!」

 リンとハリーは腕を駆け上がり、肩付近まで来ると飛び上がり首元を狙って蹴り上げようとした。

「3、2、1」

 リンとハリーの同時蹴りが喉元、首元に炸裂さくれつする。トグルがもがき苦しみ首を抑える。眼が血走り彼女を捕まえようと必死に追いかけた。

 リンは即座に気づき、瞬時に捕まらないようにすばやく動く。余裕のある表情をみせ翻弄した。トグルより高い場所へと逃げのびる。

「チャンスだ! 脚を攻撃して動きを鈍くして」

 ハリーはアキレスけんをねらい、とびかかり蹴り拳を使って攻撃した。トグルはもがき苦しみだす。

「とどめぇだ!」

「まて、リン……」

 腕を水平にして彼女によびかけた。

「もうこいつ、戦意を失って……」

 ハリーが言い終わったときにはすでに気絶していた。光景を見たハリーは、ため息を吐く。

「遅かったか……」

「ハリー、油断は大敵だよ」

 ロックという科学者を追おうと扉へむかおうとした。

 突如、小刻みに地面がゆれ始める。

「なんだ!」

 近くからプロペラ音らしき音が聴こえてくる。

 リンが叫んだ。

「プロペラ音? 輸送ヘリ!」

「なにっ、あいつ……逃げるつもりか?」

 急いでハリーとリンは隣の実験場へとむかった。

                      18へつづく

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