3-15

 

 来た道をハリーたちは戻り始めていた。通路に刻み込んだ矢印を頼りに、地上へ戻る階段付近までたどり着いた。階段の上の方からトグルと思われる雄たけびが聴こえてくる。

 とっさに気づき先頭に立っていたリンが、敏感に反応し立ち止まった。

「どうした? リン」

 人差し指を口元に持っていき静かにするように彼女は促した。

「階段の上にトグルの集団がみえる」

 と、リンは小声でささやいた。

「なに?」

「それも、一人は白衣をまとっている。陰に隠れていて顔は判断できないけど、研究者かまっとうな人間だと思う」

 そろりとハリーが覗く。リンの言う通りだった。トグルが六、七人と陰に隠れ後ろ姿もままならない男らしき人の姿が確認できた。

「ハリー、どうしたんだ?」

 不安そうな表情でホルクが言い寄ってきた。振り返り彼がホルクとサムに状況を説明した。



「なに? 階段の上で待ち伏せしているだって? やはり、ワナだったか」

「奴らが下に降りてくるのは、時間の問題じゃないか!」

 サムは怖気づいてしまい、声が震えている。

「奴らの力は半端じゃないんだぜ。ハリー、ど、どうすんだよ」

 サムもトグルの怪力を目の当たりにしたようであった。

 リンが階段を上ろうとした。

「ハリー、ボクがおとりに」

「待てよ、リン」

 ハリーが阻んだ。リンにもう危ない目に遭ってほしくない様子である。

「絶対にみんなを助けるから、自ら犠牲になる行動はよせ」

「でも、ここで手をこまねいてたら」

「わかってるさ。どのみちこうなることは予想はついていたことだろ! 君だってトグルの数のことを気にしていたじゃないか」

「じゃあ、打開策はあるのか?」

「ああ、少なくともあの白衣姿の男を人質にとれば、脱出できる可能性がある。考えてもみろ、なぜ、トグルがあの白衣姿の男を襲わないか」


 たしかに、と考え込みリンがつぶやいた。もう一度トグルの首元をみた。彼らには赤い何かが巻かれている。首輪のようだ。

「トグルが操られている?」

「十中八九、間違いない」

 ハリーには自信があった。だが、どういう風に制御しているかまでは彼でもわからなかった。それになぜ、すぐ階段の下に降りてこないのだろうか。奴らの目的がいまいちわからずにいた。

「操られているからって、そう簡単にうまくいくとは」

 不安そうな表情でリンはいった。

 

 ハリーは模索していた。ホルクやサムをここから脱出させることが先決であり、なるべく戦いは避けたい考えである。ホルクに関しては脚をひきずっているため、思うように走ることはできない。サムもみたところ戦いには不慣れな様子。リンには頼りきりたくはなかった。ガンマシェルターでトグルと戦ったからといって、ここのトグルが必ずしもシェルターで戦ったトグルと同様と考えるのは危険だ。ましてや従属関係にある下僕しもべと化したトグルの場合、白衣姿の男に支配されていると考えるべきだろう。トグルがどれほどの男に支配されているかでも変わってくる。


「ハリー、俺にいい考えがある」

 それまで黙っていたサムが口を開いた。

「いい考えっていうのは?」

 サムが言うには白衣姿の男は、地震発生装置の置かれた実験場の中では下っ端の研究員だという。あいつを人質にしたところでたかが知れていることは明確だと答えたうえで、どうせなら一網打尽にする方法があるというのだった。

「サムくん、それは認められん。あまりにも危険すぎる」

 サムの策とは、地震発生装置をこちら側で操作をして、混乱している間にトグルたちをやっつける、というものだった。

 不安な表情のホルクが彼の肩に手をかける。

「ホルクさんも言ってたじゃないですか。あの地震発生装置は、何度も繰り返しているがためにオーバーワークによって暴発するかもしれないと」

「ぼう、発?」

 リンが浮かない表情をした。

「暴発ってどういうことなんですか?」

 ハリーとリンが目を丸くし驚いた。逃げ腰にホルクが苦い顔になる。

「なる可能性がある、ということだ。必ずではない」

 必死にホルクは弁明した。

「ホルクさん、爆発の、爆発の規模はどのくらいなんですか?」

「リン、何を焦っているんだ?」

「ハリー、わからないのか? 爆発だぞ! 規模はどうあれ地下で爆発が起きれば、ドームシェルターや湖の砦の方にも被害がでるかもしれない……」

「クレバスに近いから少なくとも幅が広がることはあっても、ドームシェルターや湖の研究所に影響までは」

 さすがにないのではないか、ハリーはそう思いたかった。

 ホルクは意味深な顔のまま黙っている。

「リンくん、落ち着け。それならハリー、その爆発するというのを脅しで使えないだろうか?」

 考え込んでいたホルクが口を開いた。

「脅しで?」

 ハリーはおどろいた。ホルクの口から出てくるとは思えないような発言だったからだ。意図が何なのか、疑問を抱く。

「正気ですか? 一歩間違えれば」

「ハリー、人工的に地震を起こしているということは必ずエネルギーが必要になる。私があの地震装置を見た限りではエネルギーさえ、供給をストップさせれば爆発は起こらないはずだ」

 リンが不安な顔つきで反駁はんばくした。

「けど、爆発は防げますが、エネルギー源になる栓なんてどこにあるんですか? それに、エネルギーを再度供給できるようになったら?」

「その点は心配ない。エネルギー源のおおもとの場所は目星がついている。再度供給できないようにするつもりだ」


 ハリーは考えた。義父さんなら目的を果たせるはずだ。だが、足の速さには問題がある。あまり時間をとることは、結局不利になることにも繋がりかねない。もうすぐ、ロウやダウヴィだって応援にくるはずだ。ならば、思い切った行動で制圧できないだろうかと。


「義父さん、それならここで二手ふたてに別れよう。俺とサムはトグルたちを引き付ける。その間に義父さんとリンで、地震発生装置のエネルギー源の破壊を頼む」

 サムは不安な表情を浮かべた。

「え、俺たちであいつらを陽動するのか?」

「ああ、なるべくリンたちが行動しやすいように派手にな」

 おどおどした目つきでリンやホルクを一瞥する。

「そう言われても。俺、陽動なんて苦手なんだよ。ハリーの後ろで隠れてっからよ」

「何をそんな弱気になってるんだ!」

「俺、からっきし体力には自信なくて」

 情けないような声でサムは、ハリーに言った。

 ハリーはため息をもおらし、彼が本当に自分よりも年齢が上なのかどうか疑念を抱きつつあった。


「大丈夫だ。サム、階段より下の空間なら変電所時代の見取り図がある」

「昔の見取り図?」

 腕に装着されているデバイスから見取り図を呼び出しサムが見つめる。

「へぇ、こんな精巧な見取り図、どうやって?」

「リンが作ってくれたんだ!」

 ホルクと話しているリンをサムは一瞥した。

「サム、階段の脇のところで隠れていろ! 俺が上からトグルたちをおびき寄せてくる」

「お前ひとりで平気なのか?」

「任せろ、多人数の相手は少しは慣れた。かく乱の目的で階下に誘い寄せる。俺が降りてきたら全速力で逃げろよ!」

「あ、ああ」

 サムを一瞥するとリンは同情するような顔つきで、

「しっかりな。ハリーならある程度時間は稼げるしなんとかなるだろ! なるべく早くもどって援護するからさ」

 と、彼の肩を軽くたたいた。

「うまく逃げきれたら、ボクたちが降りてきたあの古びた地下の小部屋で落ち合おう」

「了解だ! リン、頼んだぞ!」

 彼女はハリーの応答に親指を立てて了解した。


 ハリーは精神を統一して深い呼吸をした。力を蓄えている様子である。横目で見ていたサムは、すこし恐ろしい彼の顔を怯えながらみている。

 ハリーは神速の速さで二十段はあるであろう階段を上に登っていく。到達するや否や巨体な大男のトグルに不意打ちでソバットを喰らわせた。ウゲッ、と奇声を上げ、三メートルほど吹き飛ばされる。身軽に着地したハリーは、一瞬で周囲を垣間見ると白衣の男以外のトグルの人数を把握した。棍棒らしきものを持っているもの、銃らしきものを持っているもの、拳を構えているもの、カタナらしき武器を構えているものと、各々の武器を携えていた。中には五メートルに届かんばかりの巨体なトグルがいた。彼らが共通して首には赤いものがみえる。

 白衣の男が大声で言い放った。

「侵入者だ! 捕まえろっ!」

 すぐさまハリーは階段の手すりにジャンプすると、最初に襲ってきたトグルの頭を蹴ってそのまま階段の下へと降り立った。通路の方へと走り出す。後ろからサムもハリーのあとを追って奥へと走り去った。白衣姿の男とトグルたちも階段を降り、ハリーたちを追っていった。


 最後のトグルが通路に入ろうとするところでリンは、不意を突いて一体のトグルの首元に強烈な蹴りを入れ、壁にめり込ませた。

「ハリー、死ぬなよ」

「リンくん、ハリーの行動を無駄にしないためにも早いところ装置を」

「はい!」

 リンとホルクは階段を上り、地震発生装置のエネルギー源となる場所へと急いだ。


                     16へつづく

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