第5話 思い出すは、記憶の一部?
―――どこからか、声が聞こえてくる。遠くのようで割と近くに、その声は聞こえる。
「……………い、…………………。」
誰の声かなんて、分からない。
・・・しいて言えるのなら―――男の声で、しかも成人してるかしてないかくらいの声の低さ。でも、まだ
それから、体を揺らす感覚もある。前後に、左右に小さく。何度も何度も。
なにかを叩いているような音も聞こえる。どこを叩いているのかは分からないけれど、とても近くで音は鳴っているようだ。
―――けれど、『あたし』の意識はまだ、深く下に落ちたままで。声が聞こえる度に上がっていこうとしていた。でも、それ以上に行くことはなかった。・・・まるで、今はまだ覚醒するときではないかのように。
・・・そして。
「っ…………………!」
男性の慌てたような声を最後に、『あたし』の意識はまた、深く深く下に落ちていった。
―――遠くに、こちらを罵倒するような声が聞こえる。
「おいブス!お前ここの掃除、一人でやれよな~!」
命令したのは、近くにいた男子生徒。こちらに面倒事を押し付けて、他の男子生徒たちと帰るつもりのようだ。
そいつはニヤニヤ笑って、「死ねよブス」と暴言を吐き捨てると、まだニヤニヤと笑っている他の男子生徒たちとともに教室を出ていった。そしてその直後に、教室の外で笑い声が上がった。
突っ立っていた『あたし』のところに、今度はクスクスと小さく笑い声が聞こえてきた。
同じクラスの女子生徒たちだ。彼女たちがこちらを見ながら、クスクスと楽しそうに笑っているのだ。・・・なにが面白いのかは、どうでもいいのでわかるはずもないが。
時折、
「あの人かわいそ~。」
「だったら助けてあげれば~?」
「いやいや、巻き込まれたくないしぃ。」
「気持ち悪い奴なんかに話したくないし。」
と会話が聞こえる。それも、こちらに聞こえるくらいの音量で。
そして、『あたし』が睨み付けると、彼女たちは会話をやめて、
「なにあれ。」
「感じ悪っ。」
と暴言を吐きながら出ていった。
―――教室には、遂に『あたし』一人になった。
〝誰も手伝ってくれないのか・・・〟という落胆と、〝どうせ誰も来ないよね〟という諦めを感じながら、『あたし』はてきぱきと掃除を始めた。
学校を出て家に帰っても、家には誰もいない。当然だ、『あたし』の家族なんてもう―――どこにもいないし、誰もいない。
・・・いるのは、
「おい『〇〇〇』!なにのろのろ帰って来てるんだい!?まったく、あんたみたいなのろまが親戚にいるなんて…姉さんの
召し使いのように働かせる、母方の叔母。それから、
「まぁまぁ夏子。こいつがのろまなのは、今に始まったことじゃないだろ?取り敢えず今日は、家事を全部やってもらえばいいじゃないか。」
ニヤニヤと下品に笑う伯父。
『あたし』のことなんて、これっぽっちも考えてくれない親代わりの二人。
―――
叔母の目に入れば、〝のろま〟〝グズ〟などと言われながら家事をやるのは日常茶飯事。ひどいときは、仕事が終わるまでご飯抜きにだってなった。
反対に伯父は、そんな『あたし』を見ながら、ニヤニヤと下品な目でこちらを見てくる。なにか手を下す訳ではないけれど、その視線は気持ち悪くてしょうがなかった。
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