25◇26 兄弟
◇◇十五話◇◇
道化師イウ――。
領主マルコライスが王様気取りで取り立てた看板もちであり。
後継争いのきっかけを作った元凶。
彼女が兄弟の周りをうろつくようになったのは。
単に状況を楽しんでのことかと思われていた。
何故ならば、マルコライスの宣言はあまりに突発的であり。
競争の勃発は半ば事故のような認識であったからだ。
しかし、それすらも全て策略の内なのだとしたら――。
「道化師は何かしらのスパイってこと?」
「別組織の工作員か。あるいは、彼女たちとイウはグル。
そして考えたくもありませんが、流れから同一人物という可能性も」
イウ
カリン
ティータ
リアンナ
パトリックは以上の四人を並べて、その可能性を指摘した。
「……そんな、この世のすべての女性が同一人物でもあるまいし」
ロイは、あまりに馬鹿げていると反論しながらも。
それを完全には否定できない心理状態にまで追い込まれていた。
「どうです。道化師イウとリアンナに一致する点は?」
それぞれの相手は知らないが、道化師とは面識がある。
自分の相手と比較する材料になるはずだ。
パトリックはティータと道化師。
ロイはリアンナと道化師。
その接点から答えを導き出そうと思案した。
「あれ、何でだろう。道化師イウの顔が思い出せない……」
しかし、それでも結論に到ることはできない。
「フードで頭部を、化粧で顔面を隠しているからでしょうね」
「三角帽子のせいで身長はあいまいだし。化粧も毎日違うから、印象が定まらないよ」
瞳の色はどうだったかなど。
思いだそうとしても、星だとか花だとか。
顔に書かれた模様が記号としての存在感を主張して、邪魔をしてくる。
「化粧が日にしに派手になっていたのは。詮索されるのを恐れている心理が垣間見えている。
という考え方もできますが……」
何を言っても、予測の域を出ることはない。ロイは頭を抱える。
「くそっ、どうしたらいいんだ!」
「本人に確認する以外に無いでしょう。
お互いの相手を確認しあうか、道化師を捕まえて尋問するかです」
事実を目の当たりにする以外に、解決方法は無い。
「それで、別人なら。ハッピーエンドってことだよね?」
「同一人物だったら、バッドエンド直行ですけどね……」
証拠は何一つない。ただ、追求すればするほどに。
無関係とは思えなくなっているのは確かだ。
「道化師、まだ城内にいるかな」
すでに夜半過ぎだ。
部外者は追い出され、立ち入りも禁止になっている。
出入りの者は夕刻には出払い。
城内には、家族と見回りの兵士くらいしか残らない。
但し、料理人など仕事を残した者が滞在することは珍しくなく。
それらは警備兵が存在を把握し、退出を見届けることが徹底されている。
道化師も同様、マルコライスの気まぐれに対応する為。
遅くまで残っていることもあった。
「仕方ない、探しに行きますか。見つかればそれが一番はやい」
可能性は低いが、早く結論が欲しい。
パトリックの提案に、ロイは頷いた。
「ドゥイン兄さん。探しに行くよ」
移動の確認をと、弟たちは長兄を振り返る。
「ウヴァ、バババ、アバ、アババ、ババッ!」
話を聞いていた素振りは微塵もなく。
ドゥイングリスは道具の使い方を模索する猿のように。
机上の物をひっくり返していた。
「ショックのあまり先祖返りしてしまったみたいですね……」
幼児退行と言うには、あまりにもゴリラすぎた。
「放っておきましょう。では、手分けして――」
「待って、一緒に行こう。いざ道化師を見つけても、上手くやれる自信ないし」
弟の言葉にパトリックは溜息をこぼした。
「そんなことで父の後継者が務まるつもりですか?」
ロイはグゥの音も出ない。
二人の後ろでは、長兄が「ウホウホ」と徘徊する。
後継者第一候補がこのザマでは、説教に説得力もない。
「……まあ、良いです。兄上を連れて来てください。
道化師が正体を偽るようならば、けしかけてやりましょう」
「アババ、バババ、グバァァァァ!!」
「……これは、白状するしかないね」
この状態の兄を放置というわけにもいかず。
三人で会議室を後に、道化師を探すことにした。
城内は庭まで、煌々と灯りに照らし出されている。
松明が等間隔に設置され、見回りは火を確認しながら巡回し。
またその始末をするのが彼らの仕事である。
それによって満遍なく城内を見回り、異変に対応するようになっている。
当初は三人一組の三部隊。総勢九名が常勤していたが。
これは明らかに過剰な人数で、最近の山賊騒ぎを受けて三分の二に縮小。
本日に限っては、討伐部隊に兵を割いた為。
三分の一。最小人数、三人での巡回体制になっている。
別段、油断という訳でもない。
城下には別個の警備組織があり、不審人物は取り締まられている。
城までたどり着こうと、締め切った城壁を越えることも容易くは無い。
単独ならばいざ知らず。それなりの兵力が直接城を攻撃することは難しく。
数名もいれば、個々の戦闘力も高い彼らの警備は十分と言えた。
この十年、大きな事件には一度たりとも見舞われたことが無く。
警備の仕事は、けっきょく火の管理とお使い程度に収まっているのだ。
「行かないの?」
ドゥインの手を引きながら。ロイは立ち止まっているパトリックを振り返った。
「いいえ、行きましょう……」
答えてパトリックは後を追う。
なんのことはない。
次兄は末弟の豹変ぶりに戸惑っていた。
それで、背後を歩かせることを躊躇したのだった。
――まさか、刺されはしないだろうか、と。
「ところで、今になって後継者選抜に積極的になった理由はなんですか?」
当初、ロイは競争が始まっても、まるで他人事のようにしていた。
分をわきまえていたのだろう。
まだ騎士でもない。兄たちに勝る部分があるでもない。
ましてや、血筋をかんがみて遠慮さえしていた。
少なくとも、パトリックの眼にはそう映っていたのだ。
心境の変化、その原因が何にしても。
自分に向けられた敵意の原因はそこにあると推察した。
ロイは質問に答える。
「現在の身分制度。それを改善したいんだ」
「なるほど」
弟の心境を兄はよく理解できた。
城下で旧国民が粗末な扱いを受けていることが。
同じ血が流れるロイの目にどのように映るのか。
「ヤズムート兵士長みたいな人材もいるのに。
制度で押さえ込んでしまっては損失だよ」
「ババ、アバババ」
その『損失』という表現が、タテマエであることは明白だ。
ホンネは、不平等に対する嫌悪感。同時に、同族に対する同情か。
「かと言って、ルールを改めた所で差別感情は無くなりませんよ。
表立って表明できなくなるだけで、押し込められた感情はより根深い嫌悪感を産むでしょう」
パトリックは、平等を与えることで生じる危険性を説いた。
ルールがあるから、敵対関係の双方がなんとかバランスをとっているのだと。
「でも、現状のままじゃ力関係が明確すぎて、可愛そうだよ。
平等にして争いが起きても、その方が人道的だし、フェアーじゃないか」
「アバ、アバルンバブ」
「お互いに主張する権利を与え、衝突が起きた時。
どちらの味方をするつもりですか?
どうやって、争いを鎮めるのです。
結局、暴力か弾圧でしかその場を収められない。
そうした時、民衆の敵意は我々に向くことになる」
情に駆られて平等を与えた結果。
待っているのは、政府への疑念、批判。あるいは反逆。
「平等の民族が衝突する。それを戦争と呼ぶのではないですか?
そして、その段階を経たのが現在なのです。
いいですか、ロイ。我々は旧国民を虐げている訳ではない。
双方の間で起こり得る損失を最低限に抑えているのです」
仕方がない。と、納得させることで。
大きな衝突を回避し、結果として起きる惨劇を食い止めている。
それがパトリックの主張だった。
「我々は神の使徒ではなく、帝国の騎士なのです。
だから、この議論は保留にすべきだ。
全てを平等に扱い平和を維持しようとするには、時期尚早です。
同等の権利を与えることで幸福になるだけの叡智を民衆が備えるか。
我々が全知全能の神になるまで待ちましょう」
「ビバノンノ」
平等な世界。
それは、人間には不可能であり。今後も実現はしないという宣言だった。
「ウンバーッ!!」
「兄さんは、さっきからうるせぇぇぇ!!」
「どうした、兄上?」
真面目な空気を台無しにする兄をロイが咎めたが。
最後の叫びに指向性を感じ取ったパトリックは、その意図を確認した。
ゴリングリスは「ウホッ」と、前方を指さし。
弟達が視線を向ける。
「……人だ。人が倒れてる」
「何故、こんなところで」
二人が駆け寄ると、それは確かに人だった。
明るい通路の中央に、大の字になって寝そべっている。
その首筋はべっとりと血に塗れていた。
「見回りの兵士だ。待って、えっ、死んでる。な、なんで!?」
それが自害か仲間割れの結果でない限り。侵入者と争ったということになる。
「しかし、剣を抜いた形跡はない……」
敵の存在を危惧し、ロイは周囲を見回し。
パトリックは死体を確認していた。
「おい!! なんか、ヤバイ音が聴こえないか?!」
各々に思考をめぐらせる弟たちに、ドゥイングリスが呼びかけた。
「兄さんがしゃべったァァァァァ!?」
「落ち着いてください。正気に戻っただけです」
けして、猿が人間の言語を習得したのでは無い。
ドゥインに言われ、二人は耳をすませる。
遠くから、激しい喧騒の音が聴こえる。
「数十規模の軍勢が押しかけてくる音だぞ!!」
事態は、侵入者どころの話ではない。
城は軍勢が押しかけ、城門は突破されていた。
それを報告すべき兵士たちは既に全滅していたのだ。
◇十六話、兄弟②
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