23◆23 ヴィレオン将軍②

  ◆◆十話◆◆



「ボク、オトコ好きなのかも……」


 イリーナがため息混じりに呟いた。


 一通りの調査を終えて、将軍との情報交換をしていた最中のことだった。


 ヴィレオン・ジェスター将軍は返答する。


「親御さんを悲しませるような発言は控えろよ」


「いや、そんなアバがズレたような話じゃあないんだけど……」


 相手のことを深く知ろうと、それぞれの良い所を探した結果。

 なんだか、みんな良いやつに見えてきてしまったのだ。


 欠点もあるが、美点もある。そのギャップだって、魅力の一つだ。


 三人とも一緒にいて楽しいし、そんな奴らが困っているなら。

 なんだってしてやりたい。


 そりゃ、アバだって、ズレるって話だ。


「くっ!」


 イリーナは頭を抱えて、重く吐露する。


「アバズレなのかなぁぁぁ……」


 共感力が強いというのも考えものである。

 ついつい、相手を思いやって深入りしてしまう。


 彼女の人好きで情が深い部分も、スパイとしては致命的な弱点だ。



「稽古にならんな……」と、将軍は構えていた木剣を下ろした。


「で、誰の嫁になるかは決めたのか?」


「嫁がないよっ!」


 道化師はめでたく花嫁になりました。

 そんな結末を望んではいない。


「直接的に陛下を援護できるのだから、本末転倒ではないのだがな」


「本当、オッサンは使命の為には他の犠牲は厭わないよな」


 彼の行動は全て主君への忠誠が優先される。

 その為には他人はおろか自らの犠牲すら厭わない。


「幸せになれよ」


「うるさいわ! マジで、洗脳怖いよ……」


 満更でもないってことになりかねないのが、尚更おそろしい。

 イリーナは望まぬ展開に身震いした。



――ここで二人は一旦、状況を整理する。


 いくつかの不可解な出来事について確認するためだ。


 騎士団長の謀反から若輩の陛下を護るため。

 帝国領土の三分の一を統括するマルコライスの助力を得ること。


 それが今回の大前提だ。


 目論見が敵に伝わるのを避けるため、慎重な判断、行動が不可欠。


 現在マルコライスは体調の悪化から後継者の選抜を焦っている。

 候補はそれぞれに資質を問題視された三人の息子達。


 長男ドゥイングリス。

 権力を鼻にかけた無頼漢かと思えば、立派な矜持の持ち主だった。

 山賊との衝突により一時、訃報が伝えられたが。

 重症を抱えながらも、奇跡的に生還を果たしている。


 次男パトリッケス。

 野心家で信頼の置けない人物であったが、兄の死という誤報を受け。

 その本心に気づいた結果、確執が解けて現在は協力的である。


 三男ロイ。

 引きこもりであったが、心境の変化もあり復帰に対して前向きのようだ。


 概ね好転を見せ。

 当初、不可能と思われた交渉の席は整いつつあるように思える。


 しかし協力を仰ぐ前に、領内の問題を解決することが先決だろう。


 現在、マルコライスは山賊の討伐に兵力を大幅に割いており。

 万全とは呼べない状態なのだから。



「そう言えば、オッサンはなんでドゥインを回収しに行ったの?」


 イリーナは訊ねた。


 ドゥイングリスの生存を確認したのは、城の調査隊ではなく将軍の手によってだった。


 死亡報告をされた人物が、まさかの生還という状況に。

 その時は流したのだが、不可解な出来事と言えた。


 それはイリーナも知らされていなかった、将軍の単独行動によるものだったからだ。


 将軍は答える。


「山賊団の活動が交渉の弊害になるならば、取り除いておくのも手かと考えていた。


 国境の基地には俺の部隊があるからな」


 ドゥイングリスの回収に向かったのではなく。

 現場の下見が目的だった。


 将軍の動機に不自然な点は無いが、不可解だったのはその部分ではない。



「ボクは真っ先に城に報告したし、パトリックも調査隊を出したと言っていた。

 オッサンが出発するより調査隊が出た方が早かったはずだ」


 なのに、ドゥインを回収したのは後発の将軍だった。

 そこに疑問が生じる。


「――調査隊はどこに消えたの?」


 将軍に回収されたドゥイングリスも。

 調査隊は来ていない。と、証言していた。


「考えられるのは。道中、賊に襲われて壊滅したか。事故で中止を余儀なくされたか。

 あるいは、別の場所へ向かったか。そもそも出発したというのが虚偽であったか」


 将軍は可能性を列挙した。


 初めの二つは納得出来る。

 調査隊に情報を持ち帰られては困ると、賊が手を打つこともあるだろう。


 しかし、後述の二つはまったく理解が及ばない。


「そんなことって、あり得るのかな……?」


 イリーナは首を捻った。


 調査隊を出発させないだとか。ましてや、別の場所に向かっただとか――。


 あまりに意味不明ではないか。


「サボりなの?」


 しかし、それを知るには改めて調査が必要だろう。

 杞憂である可能性もある。



「不可解といえばもう二つ」


 将軍が新たな議題を提示する。


「一つは、賊の包囲網からお前が無事に生還できたこと」


「そこは褒めるとこじゃないのかなッ?!」


 ドゥイングリスが倒れた直後。

 最善手として、カリンことイリーナはその場から逃走した。


 援軍を呼ぶにしても、情報を活かすにしても。

 それ以外の選択はなかった。


 訃報を誤報したのは大失態だが。

 将軍が指摘する問題はそこではない。



「わざと逃がした。と考える方が自然だ」


「上司からの信頼がゼロ!?」


 死にものぐるいだった為、彼女にはよく見えていなかったが。

 それはむしろ、正当な評価だった。


 イリーナもそれは否定しない。

 問題なのは、それが事実だった場合。


「なんの為にっ!?」という、新たな問題が浮上することだ。


「必然、情報を持ち帰らせるためと言うことになるな」


「それだと。調査隊が賊に襲われた説がなくなっちゃうじゃん……」


 情報を持ち帰らせたらどうなるか。

 勿論、報復のために部隊が送り込まれる。


「迎え撃つ気まんまんだってことかな?」


 だとしたら。罠を仕掛けていると考えるのが道理だ。


「兵士長たち大丈夫かな……」


 一人不安を吐露するイリーナを尻目に、将軍は思考をめぐらせていた。



「あと一つは?」


「ああ、マルコライスのことだ」


「王様ちゃんがどうかした?」


「当初、俺はそれなりの期待感を持って奴との対面に来た」


 将軍とマルコライスは面識こそほとんどなかったが。

 お互いにその功績を意識する存在ではあった。


 しかし、いざ顔を合わせてみれば。

 英雄の面影は無く、暗君といった佇まいだ。


 それには大きく失望したものだった。



「あれは本当に、マルコライスなのか――?」


「なんだよ突然、ホラーな話をし始めてさ。


 うーん。環境とか、年齢とか、病気とか色々あるんじゃないのかな……?」


 張り付いて見ていた彼女からすると、別人だという判断はできない。

 イリーナ自身に判断の指針がなくとも、家族の様子に不振な点などは無かった。


 確かに、ほぼ同期と言える二人が。方や現役であり。

 方や隠居の老人である。その落差は大きい。


 比肩した英雄同士が、今や名将とボケ老人の様相なのだ。


 だからと言って、マルコライス自身の正体を疑うのは荒唐無稽な話だろう。



「なんでマルコライスに拘るの?

 心配なら、別の有力者を頼る手もあるんじゃないの?」


 イリーナが訊ねる。


 それはすでに何度か確認したことだが。

 将軍は確たる理由を言うでもなく、首を縦にも振らなかった。


 今更、時間もない話だ。



「賊が殲滅されれば憂いは断てるか……」


 将軍はそう結論づける。


 ナージア王子率いる旧王国軍残党。

 その討伐が叶えば、不安の多くは解消されるだろう。


「ヤズムート兵士長の活躍に期待かな」


 賊の動きは不気味ではある。


 しかし、あの人に限って任務を失敗することはないだろう。

 イリーナはそう思っていた。


――この時点では。



「息子たちの調査は一旦中断だ。

 その前に緊急で片付けなくてはならない案件ができた」


 将軍はイリーナに方針の変更を伝えた。


「わかった」


 イリーナは疑問も訴えず。素直に指示に従うことにした。

 彼がそう言うならば、それが最善なのだろう。





  ◆十一話、道化師イウ①

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