21◇21 カリン③


  ◇◇十二話◇◇


 カリンによって、ドゥイングリスの訃報が伝えられてから翌々日。


 客人である騎士長に貸し出された屋敷に、彼女の姿はあった。


 髪を解き、下着同然のあられもない姿で。

 リビングのソファーにだらしなく転がっている。


 ドゥインのことが尾を引いているのもあるが。

 いつまで経っても将軍が帰ってこないので、すっかり気が抜けてしまっているのだ。



 あの日、カリンはドゥイングリスと集落の巡回を行っていた。


 そして、山賊が略奪している現場に出くわした。

 敵は武装した十人からの集団で、二人では分が悪かったが。


 虐殺される人々を見て見ぬ振りはできずに、無謀な特攻をかけた。


 それにより、ドゥイングリスは敵の刃に胸を貫かれ倒れてしまった。


 持ちこたえられるはずもなく。カリンはその場から撤退。

 なんとか、生き延び、報告まで漕ぎ着け。今に至る。


「あっ、戻ったか……」


 帰還の気配を察し、立ち上がると。

 玄関を通る足音を待ち構え、迎え入れる。



「どこに行ってたんだよ、オッ――!」


 将軍の帰宅を想定していたが、そこに立っているのは別人だった。

 それが、ありえない人物だったのでカリンは悲鳴をあげる。


「うわあぁぁぁぁぁ!!?」


 客人は慌てて右手を衝立にして、半裸の彼女から視線を逸らした。


「失礼したっ!! まさか、婦女子がいッ……カリンか?」


「……ドゥイングリス殿?」


 侵入してきたのは、死んだはずのドゥイングリスだったのだ。



「ちょっ、ちょっと、待って! なんでっ!」


 カリンはドゥイングリスを置いて、大慌てでリビングから駆け出して行った。


 別室へと着替えに向かったのだ。


 ドゥインは後方の人物に声を掛ける。


「ジェスター将軍! これは、どういうことですかっ!」


「ああ、娘だ」


 将軍は面倒くさげに答え、カリンのあとを追った。


 残されたドゥイングリスは、その場で歓喜の声をあげる。


「おおっ、そうでしたか!!」


 どこの馬の骨かもわからない。と、さんざん言われた恋人は。

 尊敬する英雄の娘だと判明した。


 これで、うるさい次男を黙らせることができる。


 それどころか、図書館の平民女よりも断然優位と。

 生意気な弟を攻め立てる材料を得たことに歓喜していた。



「なんで、そういうことするの!! こっちの都合も考えてよッ!!」 


 別室から、カリンの怒鳴り声が聞こえる。


 将軍が同行しているということは、彼がドゥインを連れてきたのに他ならない。


 心の準備もしていないところに不意打ちをうけて、怒っている様子だった。


 格好といい。取り乱しっぷりといい。

 いつもとは別人のようだと、ドゥインは少しばかり尻込みしていた。


「父親の前では、あんな感じなのか……」



「すまない。お待たせしたっ!


――じゃない。生きていたのかドゥイン殿!」


 とりあえずで上着を羽織ってきたカリンは。

 剣士の面影などない普通の娘みたいだった。


「カリン。おまえそれ、よそ行きのキャラだったんだな?」


「そうかな……ハハハ」


 カリンは所在なさ気に苦笑いを浮かべる。



「まさか、将軍の御息女であるとは!」


 仕事で来ているとは言っていたが、ジェスター将軍のお供だったのだな。


 確かに、出会った時期も一致する。


 普段のキッチリした態度も。偉大な将軍の娘として、その責務を意識してのことなのだろう。


 などと、ドゥイングリスは勝手に得心した気になっていた。



「そんなことより、この状況の説明をしてくれないか?

 あなたは死んだと、城に報告してしまったんだぞ」


「そうらしいな。それで、直接城に行くと大騒ぎになると思ってな。

 こうやって一旦避難をさせて頂いたのだ。


 まさか、カリンがいるとは思いもよらなかったが」


 廊下から将軍が口を挟む。


「おまえも安心したいだろうと思い、連れてきたのだ」


「オッ、オトンはボロが出る前にどっか行ってよ! もうっ!」


 稀代の英雄である彼を怒鳴りつけられるのは。

 主君か、彼女くらいのものだろう。



「では、城に生存報告をしてくるとしよう。頃合いを見て帰るがいい」


「ご足労をお掛けします」


 言い残して去っていく将軍に、ドゥインは恐縮して見せた。



「もう、めちゃくちゃじゃないか……」


 カリンは乱れっぱなしだった髪を指ですいて整えながら、恨み言を呟く。


 そんな姿にドゥイングリスは見蕩れていた。


「いい……」


「何がだ!?」


 いつもは完璧な佇まいでいる女子。

 その隙だらけの姿は、意図せず彼をときめかせる。



「屋内で見ると、あまり赤くないんだな。栗毛だ」


 髪の色について指摘した。

 太陽の下で会うのと、屋内ではまた印象がガラッと変わる。


「……ううっ。

 そんなことより、質問に答えてくれないか?」


 ルックスについて追及されるのは。

 カリンにとってあまり都合の良いことではなかった。


 身だしなみが不十分なところに押しかけたのだ。

 マジマジと観ては失礼に当たる。


 女性ならば当たり前のことだと、ドゥイングリスは納得した。



「俺も死んだと思ったんだが。間一髪、傷は肺の外側でな」


 そう言って、大男は肩の付け根あたりを撫でた。


 彼の上体は面積が広いため、カリンは胸を貫かれたと錯覚していた。

 しかし、盾にした上腕で強引に外側へと刃を誘導し、急所を免れていたのだ。


 並外れた剛力と、危機回避能力による賜物だった。



「そのおかげで、こっちはもう。

 バランスをとるための重りくらいの役割しか果たせねぇが――」


 敵の攻撃により。右上腕は貫通され、右肩の付け根は砕かれた。

 もう二度と、剣を振ることはできないだろう。


「なんの為に、今日まで稽古してきたんだかなぁ?

 カリンにも色々と教えてもらったのによ。申し訳ないぜ……」


 特に、その強さを己の誇りとして生きてきた男だ。

 鳥から羽を、馬から脚をもいだかのような心地だろう。

 

 利き腕を見詰めるドゥインの心中は、察するに余りある。



「すまない、自分のせいだ。自分が足を引っ張ったから……」


「よせって! カリンはオレサマの無謀に付き合わされただけだ!

 よくぞ、無事に逃げてくれたと思っている!」


「だけどっ! ……自分がもっと強ければ!」


 それしか助かる道が無かったのだとしても。

 一人で逃げ帰ったという事実は、彼女の心を苛んでいた。


 ドゥイングリスへの懺悔を媒介に。

 後悔と、屈辱と、自らへの失望が膨れ上がって、ボロボロになっていた。


 それは悲しいことだが。

 同時に、自分のために泣いてくれる相手がいる事実は。


 大切なものを失ったドゥインの心をすこしだけ癒すことができた。



「それに、あの特攻はけして無駄ではなかった。


 オレサマたちが賊を引き付けたおかげで。

 我が愛する愚民どもが避難する時間を稼げたのだ!」


 すでに手遅れだった者は仕方がない。

 しかし、全滅していたかもしれない集落から、多くの者が逃走できた。


「愚民はやめろ。誤解を招く……」


 今となれば、それが他者を見下した発言ではなく。

 庇護対象を指す呼称であることを彼女も理解しているのだが。



「とにかくだ。カリンを逃がしたことで増援を警戒したのだろうな。

 賊は早々に撤退したらしく、引き返してきた生存者たちによってオレサマは助けられたのだ!」


 被害を最小限に食い止められたことは確かに嬉しかったが。


 その発言の意図は、カリンを元気づけるのを目的としており。

 ドゥイングリスの精神面の成長を表している。


 それは目論見通り、彼女を安堵させることに成功したのだった。



「そうか、良かった――」


 落ち着いたところで、カリンは新たな疑問を口にする。


「ところで、将軍とはいつ合流を?」


「ああ、どういう訳か。あの集落までオレサマを迎えに来てくれたんだよな」


 それならばと、ありがたく同行したが。

 城の者が寄こされずに、無関係の将軍が単身で迎えに来たことは不自然だった。


『死んだ』と報告された為、城側の初動が遅れただとか。

 将軍も、仕事のついでに立ち寄っただけだとか。


 不都合は何もなかったので、別段、追及もしなかった。



 何はともあれ、訃報が誤報であったことは朗報だ。


「死なずに済んで良かったし! 片腕は残念だが、カリンがいるタイミングで良かった!

 これが、一人の時だったら、思い詰めて自殺していたかもしれん!」


 そう言って、ドゥインは元気を絞りだす。

 結婚という明るい夢に向かっている今ならば、厳しい試練もなんのそのだと。


 一方、カリンは。「あまり、期待されても……」と、いまいち乗り気ではなかった。





  ◇十三話、ティータ③

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