06◆02 騎士王は言った


  ◆◆一話◆◆



――数日前、事の発端を遡る。



「そうだな。一番美しい妃を娶ったものを正式な後継者としよう」


 謁見の間において、王座の主によりそれは宣言された。


 何を隠そう。その言葉にもっとも驚いていたのは。

 三人の後継者候補ではない。


 この場に居合わせた。

『道化師』と『歴戦の将軍』の二人。


 この物語の真の主人公たちである。



 道化師の名はイウ。

 彼女は玉座の主、城主マルコライスの新参の下僕だ。



――ねぇねぇ、王様。三人の息子のうち、誰を後継者にするの?


 などと、道化らしく場を盛り上げてやるかと。

 軽い気持ちでブチ込んだ。


 その結果、返答の方がぶっ飛んでいた為に腰を抜かしかけていた。


 なん……だと……。状態である。


 しかし彼女は平静を装い。スラリとした肢体もしなやかに。

 涼しい顔で立っていた。


 しかし内心はパニックだ。



 そしてもう一人。将軍の名はヴィレオン・ジェスター。

 大陸に知らぬもの無き英雄の中の英雄。


 面識こそ乏しかったが。

 城主マルコライスとは主君を同じくする騎士同士である。


 将軍は本来、ここよりも東の国境警備を指揮する立場。


 それが本日、広大な領土を任されるマルコライスに。

『――ある相談』を持ちかけに参上していた。


 その強大たる権限を頼りに訪れた所。

 突然の後継者問題が勃発。


 以降、権力のありかを曖昧にされてまったのだ。



「……つまり。三人の息子のだれかに実権の全てを譲渡するということか?」


 城主に向かい、将軍が苦々しげに確認する。


 間の悪さにも驚いたが、選抜方法の無責任さにも面食らっていた。



「王様! 王様っ! ちょっと冷静になろうか!」


 道化師イウの制止もむなしく、領主マルコライスは断言する。


「そうだ! 我をもっとも、ときめかせる嫁を連れてきた者が、次の王だ!」


 正気の沙汰とは思えない。



 騎士長マルコライスは、十数年も昔に攻め滅ぼしたこの城の城主であり。

 一帯の管理を今は亡き皇帝より任された領主である。


 彼には三人の息子がおり。いずれも帝国の誇り高き騎士。


 長男ドゥイングリス。

 次男パトリッケス。

 三男ロイ。


 この中から、より優れた伴侶を得たものに全権を委ねる。

 その決定が、いま下されたのだ。


 城主マルコライスが納得する嫁を連れて来た者が。

 実質、帝国の三分の一を管理する。


 一帯のまさしく『王』になる。




――数刻後。


 ヴィレオン・ジェスター将軍が城下に借り受けた屋敷。

 そのリビングで、道化師イウが白塗りの化粧を拭っていた。


 ヴィレオン将軍が、道化師を問い詰める。


「さて、説明してもらおうか。イリーナ」


 化粧の下からは、まだ年若い少女の素顔が現れた。


 道化師イウ。彼女の正体は騎士長ヴィレオンの指示のもと。

 城主マルコライスの実態を調査する為、潜入調査をしていたスパイであった。



「ごめん。これがボクにもまったくの想定外で……」


 道化師イウことイリーナは、自らを「ボク」と呼称する。

 彼女は生物学的には女性だが、精神的には男性という複雑な事情の持ち主。


 引き締まった全身の美しいシルエット、整った面差し。

 誰もが恋に落ちてしまうほどの魅力を備えているが。


 その事情から、彼女が男性に惹かれることはけして無い。


 道化師の化粧は悪目立ちしそうなほどに派手だが。

 すっぴんの方が人目をひくので、それが良い変装になっていた。



「こんな事になったけど。そもそもはオッサンの無茶振りがいけなかったんだからね!」


 イリーナの将軍に対する口調は無礼である。

 彼女は騎士でもなければ、彼の部下でもない。


――主君たる女王。

 彼女は、その唯一無二の親友だった。


 親子ほども年の離れた二人だが。

 女王に忠誠を誓うという共通認識下にある。対等な仲間なのだ。



 そんな二人がなぜ、地方領主へのスパイを決行したのか。

 それは首都での権力争いに起因する――。


 皇帝の没後、帝国の元首は若年の女王であった。

 実質的に国の全権は、軍事を掌握する騎士団に依存し。


 その最高権力者である騎士団長の権限が最大だ。


 そして年若い女王をめぐる権力争いは混迷を極め。

 泥沼化の一途をたどるさ中、イリーナはある情報を手に入れた。


――騎士団長によるクーデター計画。


 それを阻止すべく。

 イリーナは、騎士団長との対立から辺境へと左遷されたこの将軍を頼ったのだ。


 しかし、現状の彼は国境警備の隊長でしかない。

 その勇名が敵国への牽制にこそなれど。本隊を率いる団長を抑え込むには不足していた。


 対抗するには、マルコライスの協力が不可欠だったが。

 後継者発言により場が混沌としてしまい。


 仕切り直しを余儀なくされていた。



「でも、マルコライス卿はまるで頼りにならないよ。

 情緒が不安定だし、城主ってだけでまるで自分を本物の王様と錯覚しているみたいなんだ」


 彼女が城内に潜入していたのは。

 マルコライスが騎士団長と結託していないことを、事前に確認しておくためだった。


 結論として、マルコライスは団長の手下ではなかった。


 彼は尊大な人物で、たとえ騎士団筆頭といえど到底従わせられるはずもない。


 女王即位のさいもマルコライスは首都を訪れず。

 長男、次男が二人で拝礼に訪れていた。


 彼は先代の皇帝に尽くした騎士であるし。

 その態度が反骨の表れと取られても不思議ではない。


 道化師をそばに置いたのも、王様ごっこの延長。


 それゆえにイリーナが取り入るのは容易く。

 とりあえず、語尾に『王様』とだけ付けておけば上機嫌なのだ。


 そんな領主のエキセントリックな人柄が、今は二人を悩ませている。



「良識とか、理屈とかが通じないんだもの」


 その破天荒さを、いやというほど間近で観てきた。

 常時が泥酔してるか、幻覚剤でも使っているのかと疑うほどだ。


 そんな人物よりも狂人を演じなくてはいけなかったのだから。

 勢いで『後継者、誰にする?』などと言ってしまうのも無理はない。



「権限を息子のうち誰かに明け渡すというのは、ある意味では好都合かもしれん」


 失言に悶えるイリーナを尻目に、ヴィレオンが言った。

 その真意は明確である。


――三人のうち、より相応しい者を後継者に後押しすれば良い。


 イリーナは賛同する。


「なるほど、こちらに都合の良い人物に権力をあたえればよいのか」


 それは、マルコライスを従わせるよりかは容易に思える。


 選出基準は一つ。

 女王に忠誠を誓い、騎士団長に懐柔されない人物。



「でも、一番美しいお嫁さんを連れてくるって条件はどうするの?」


 イリーナは首を捻る。


 三人のうち、より信頼に足る人物を選出するのには賛成だ。

 問題は。その人物が、他の二人よりも優れた伴侶を得ることができるかである。


 それが権力譲渡の条件であり。

 その判断も、マルコライスの独断によるのだ。


 こればかりは部外者の二人にどうこうできる問題ではない。


「うわぁ……。これは、三人のうち誰かが真の騎士で。

 その上で、女を見る目が確かなことを祈るしかないね!」


 これは難題だと。イリーナがその苦労を分かち合うであろうヴィレオンに同意を求めた。

 しかし、歴戦の英雄はわずかほども表情を変える様子がない。


 相も変らぬ鉄面皮である。


「オッサン?」

「なんだ?」


 呑気な返答にイリーナが色めきたつ。


「ほとんど運任せになるけど、解ってる!?」


「成り行き任せにする気はない。当然、我々が介入するに決まっている」


 自然の成り行きに任せていては、目的達成の目は無い。


 望まない人物が権力を得てしまったり。

 あるいは決着がつかないという結末は避けたい。



「後押しや妨害をするってこと?」


 イリーナは尻込みする。

 思い通りの結末へ導くとなれば、プライベートな問題に踏み込むことになる。


 つまり好ましくないカップルを破局させたり。

 目当ての対象にパートナーを当てがったりすることになる。


 人の心を弄ぶようなことは気乗りがしない。


「気が進まないなぁ……」


 気が進まないし、具体的にどうして良いかも分からない。

 イリーナは将軍の言葉を待った。



「もっとも美しいとは抽象的だが。ようはマルコライスが気に入れば良いのだろう?」


「そうだね。うん、たしかに」


 美的感覚は人それぞれだが、今回に限って言えば審査員はたった一人。

 マルコライスの独断と偏見によって決められる。


 だからこそ難しいとイリーナは言っているのだが。

 将軍は利を得ているといった様子だ。


 そして、真っすぐに彼女を見つめて言った。


「お誂え向きの人材がここにいるではないか」



「えっ?」と言って、イリーナはその意味を思考する。


 思い当たる点は、彼女が領主マルコライスをよく観察していたということ。

 つまり、好みや趣向をあるていどは押さえられているということだ。


 何より、傍において重用したという事実から。

 彼女がすでに領主の好みのタイプである可能性も低くはない。


 その事実を鑑み。微塵の躊躇も見せずにヴィレオンは言った。



「三人の中から適任者を選出後。


――お前が結婚すれば良い」



 適任者を口説き落とし。

 結婚しろと彼は言った。


 イリーナはスクと立ち上がり、両手を組むと、手のひらで口を覆う。

 そして、深く思案するようにしばらく室内を歩き回ると、ピタと立ち止まった。


 将軍が彼女に問う。


「どうした、こちらを凝視などして」


「教会に行って診てもらっては?」


「べつに悪魔など憑いてはいない」


 ヴィレオンには自らの発言を顧みる様子もない。

 イリーナにはそれが信じられない。


「じゃあ何が憑いてるの!! 鬼? 鬼が宿っているのッ!!」


「落ち着け、話が進まん」


 微動だにしない鉄面被。


「話が進まないのはぁぁぁ!! 提案があまりにも理不尽だからなのではぁぁぁ!!」


 嫌だ。というより、理解に苦しむ。といった感情の発露であったが。

 イリーナが将軍の提案に反対していることは確かだ。


 捧げよと言われて、捧げられるものではないのだ。人生は。

 


「しかし、さすがにお前は勇者だよ」


「何がっ?!」


 突然、話題が逸れたことに対して、イリーナが噛みついた。

 


「俺にそれだけの罵声を浴びせられるのは、陛下を除けばこの世に貴様一人だ。


 ほかの者は皆、地面の下に埋めてしまったからな」



 イリーナは目を見開いてその場に硬直してしまった。


 ヴィレオンは一兵士から戦争の巧さのみで将軍にまで上り詰めた。

 言わば、帝国一殺している男である。


 その言葉には重みがある。どんなに軽い口にも蓋をしてしまう重みが。


「そりゃ、騎士団長も近くには置いておかないわ……」


 イリーナも覚悟を決める他になかった。



 これにより。三兄弟の花嫁探しの裏側。


――道化師による花婿探しが始まったのである。





  ◆二話、攻略開始

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