月夜の散歩

 高円寺と和解したお父様は、何故か思い詰めた顔で私に近付いてくる。




「詩音・・・まだ私の事が大っ嫌いかい?」


「へ?」


「さっき私の事を・・・」


「ああ、あれね。・・・お父様、まだ気にしてたの?あんなの本気で言った訳無いじゃない」


「ほ、本当かい!良かった~」


「・・・でも、もし今度同じように高円寺さんを無下に扱うような事をしたら・・・今度こそ、本気でお父様の事嫌いになるからね」


「し、しない!!絶対にもうしないよ!!!」




 そう青褪めた表情で必死に言ってくるお父様に、私はうっすらと口に笑みを浮かべながら頷いたのだった。


 その後、すっかり私達の騒ぎで止まってしまっていた演奏が再開され、私と高円寺はその曲に会わせてダンスを踊ったのだ。


 ちなみにその時にはお母様がお父様を慰めたのか、お父様はすっかり元気を取り戻しお母様とダンスを踊っていた。


 そして響は、恥ずかしそうにしている珠子と楽しそうに踊っていたのだ。


 そうして和やかな雰囲気のまま、無事パーティーは終わる事が出来たのだった。






 今回も時間が遅いと言う事で、高円寺は私の実家に泊まっていく事になったのだ。


 だからまだ寝るまでに時間があったので、私と高円寺は夜の庭を二人で散歩する事にした。


 今夜は雲一つない空に綺麗な満月が夜空に輝いているので、その月の光を受けた庭がうっすらと明るく輝き、とても幻想的な雰囲気だったのだ。




「前にも思ったけど、ここのお庭はとても綺麗に整備されていて、庭木や花がバランスよく配置されてるよね」




 そう言って高円寺は庭を見渡し、感嘆のため息を吐く。




「ありがとうございます。この庭は長年私の家で働いてくれている、庭師のお爺さんが管理しているんです」


「そうなんだ・・・出来れば、私の実家の庭もお願いしたい程だよ」


「高円寺さんのご実家のお庭ですか・・・なんだか凄そうですよね」


「そんな事は無いよ。この庭に比べたら普通の庭だよ」


「そうなんですか?」


「ああ・・・そうだ!今度その庭を見に私の実家に来ない?」


「え?」


「実は元々そろそろ詩音さんを、一度私の両親に紹介したいと思っていたんだ。良かったら、この夏休み中にどうだろう?」


「そ、それは・・・」


「ああ勿論、詩音さんの事はすでに両親には話してあるし、婚約の事も快諾して貰っているよ。それに・・・両親からいつ会わせてくれるんだと、ずっとせっつかれていたんだ」




 高円寺はその両親の事を思い出しているのか、苦笑を溢していた。


 しかし私は、高円寺のその突然の誘いにどうしたら良いか戸惑ってしまっていたのだ。




「そんな不安そうな顔をしないで欲しいな。大丈夫だよ。私の両親は詩音さんの事、とても好意的に思っているからさ」


「・・・・」


「でもそんなに不安なら、もう少し先に・・・」


「行きます!」


「・・・無理しなくて良いんだよ?」


「いえ!確かに高円寺さんと婚約したのだから、高円寺さんのご両親にお会いするべきだと思ったんです!それに・・・先程は高円寺さんが私のお父様に真剣に向き合って下さったので、今度は私もそうしないといけないと思ったんです!」


「詩音さん・・・」




 私は高円寺の目を見て、真剣な表情で答えたのだった。




「・・・ありがとう。じゃあ宜しく頼むね」


「はい!」




 そう返事を返して私は力強く頷いたのだ。


 その私の返事を聞いて高円寺は嬉しそうに微笑み、そして私達は手を繋ぎ合って再び庭の散歩を再開した。






 暫く庭を散歩した私達は、少し休憩を取る為庭にある東屋のベンチに腰掛ける。


 しかしベンチに座ると、高円寺は私の腰に手を回してきてしっかりと体を密着させられてしまったのだ。


 そのあまりの近さに、私はドキドキとしながら俯いて膝に置いた自分の手を見つめていた。


 すると高円寺は、突然私の頭の上に軽くキスを落としてきたのだ。




「っ!こ、高円寺さん!?」




 私はその高円寺の行動に、驚きに目を瞠って顔を上げたのだ。


 しかし高円寺はそんな私を、愛おしそうにじっと見つめそっと空いてる方の手で私の頬を撫でてきた。




「・・・高円寺さん?」


「・・・詩音」


「っ!!」




 突然名前を呼び捨てで呼ばれ、私は大きく心臓を跳ねさせ息を詰まらせる。




「君の両親に正式に認められた事だし、もう君の事はそう呼んで良いかな?」


「え、えっと・・・はい」


「ありがとう。・・・出来れば君にも、私を名前を呼んで欲しいな」


「え!?」


「駄目かな?・・・詩音」


「っ!・・・・・ま、雅也・・・さん」


「ふふ、やはりまだ呼び捨てでは呼んでくれないんだね。でも、名前で呼んでくれてありがとう」




 そう言って高円寺は、嬉しそうに私に微笑んできた。


 私はその高円寺を、頬を熱くさせながらじっと見つめる。すると高円寺は、頬を撫でていた手を止めその手で私の顎を軽く掴んできたのだ。


 そして高円寺は私の目をじっと見つめてくるので、私もその目をじっと見つめ返す。




「詩音・・・」


「雅也さん・・・」




 そうして私達はお互いの名前を呼び合うと、高円寺は目を閉じ私の顔に顔を寄せてきたので、私も目を閉じ高円寺を受け入れる事にした。


 そして今度こそ私の唇に柔らかい物が触れ、私は高円寺からのキスを受けたのだ。


 だが高円寺はすぐに唇を離したので、私は少し物足りない気持ちで目を開けて高円寺を見つめた。


 するとそんな私を見た高円寺がふふっと含み笑いを溢し、再び私にキスをしてきたのだ。


 そして今度は、顎を掴んでいた手を私の後頭部に回し、さっきよりも長いキスになったのだ。


 ただそのキスの長さは今までで一番長かった為、私は段々息苦しくなり、思わず口からも息をしようと口を薄く開けてしまった。


 するとあろうことか、高円寺はその薄く開いた口の間から舌を差し入れてきたのだ。




「ん!んんん!?」




 私はその突然の出来事に激しく動揺し、なんとかキスを止めて貰おうと高円寺の胸に手を置いて引き剥がそうとした。


 しかし高円寺は私の抵抗など全く動じず、さらにキスを深くしてきたのだ。


 そうして高円寺から激しいキスを受け続け、すっかり体から力が抜けてしまったぐらいに漸く高円寺は私を解放してくれた。


 しかし私は体に力が入らない為、そのまま高円寺の胸に体を預けるように寄り掛かる。


 すると高円寺は私の頭を優しく撫でてくれたので、私はその感触にうっとりと目を閉じた。




「・・・駄目だな」


「え?雅也さん、どうしたんですか?」


「このままだと・・・君のお父様との約束を破ってしまいそうだ」


「そ、それは!」


「ふふ、真っ赤な顔をしている君を見ていると、本当に破ってしまいそうになるよ。さあ、そろそろ部屋に戻ろうか。詩音の部屋まで送っていくよ」


「は、はい」


「ふふ、そんなに心配しなくても、送り狼にはならないから安心して良いよ」


「っ!!」




 そうして楽しそうに笑う高円寺に連れられ、私は自分の部屋まで送って貰ったのだ。




「おやすみ、詩音」


「・・・おやすみなさい、雅也さん」




 私達はお互い就寝の挨拶を交わし、そうして私が部屋に入ろうと扉を開けた所で突然高円寺が声を掛けてきた。




「あ!詩音、忘れ物」


「え?」




 何を忘れたのだろうと不思議に思いながら高円寺の方に振り向くと、いきなり目の前に高円寺の顔が現れ触れるだけの軽いキスを落としていったのだ。




「なっ!?」


「ふふ、今度こそおやすみ」




 そう言って高円寺は顔を熱くして呆然と固まっている私を、そっと部屋の中に押し入れ静かに扉を閉める。


 私はそのまま呆然と、閉まった扉の向こうから聞こえる去っていく高円寺の足音を聞きながら、暫しその場から動けないでいたのだ。


 そうして次の日高円寺は私達家族に見送られ、自らの運転で帰って行った。






 私の誕生日パーティーから数日後、再び高円寺は私の実家に車を運転してやって来たのだ。


 今回高円寺が再び私の実家に来たのは、あの月夜の散歩の時に約束した高円寺の実家に訪問する為に私を迎えに来てくれた。




「高円寺さん、わざわざ迎えに来て下さってありがとうございます」


「いや、気にしなくて良いよ。さあ行こうか」


「はい」




 そうして私は両親と響に見送られ、高円寺の運転で高円寺の実家に向かったのだ。


 ちなみに高円寺から響も誘って良いと言われていたので、私は響に声を掛けたのだが、どうやら響にはどこか行く予定があったらしく断られていたのだった。






 車に乗って数時間、都内にある高円寺の実家に昼過ぎ頃到着する。


 私は高円寺に手を取られながら車を降り、目の前にある建物を見上げた。




うわぁ~!凄く大きなお屋敷!!確かに私の実家も大きい方ではあったけど・・・それ以上の大きさ~!!さすが国内トップクラスの財閥の家だな~。




 そう思い建物を見つめながら、感嘆のため息を吐いたのだ。




「さあ詩音、中へどうぞ」


「あ、はい」




 私は高円寺に腰を取られながら、大きな玄関から中に入っていった。




『おかえりなさいませ!』




 玄関ホールに入ると、大勢のメイドと執事がずらりと両サイドに並び、笑顔で私達を出迎えてくれたのだ。


 私はその様子に圧倒されていると、高円寺は楽しそうに私を見ながら笑い、進むように促してきたのだった。

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