不穏な気配

 大きな木が藤之宮に迫り、その木から自分を守るように藤之宮は頭を抱え目を閉じた。


 そしてまさにその木が藤之宮に当たる寸前、私は力一杯地面を蹴り飛び間一髪で藤之宮を抱きしめると、そのまま地面に滑るように倒れ込んだのだ。


 その直後、木が地面に倒れる大きな音と共に辺りが砂煙に覆われた。


 モウモウと砂煙が立ち込める中、私は急いで腕の中にいる藤之宮の無事を確認する。




「ゴホゴホ・・・ふ、藤之宮さん大丈夫!?怪我してない?」


「わ、私は大丈夫ですわ・・・でも貴女、先程までかなり遠い場所にいましたわよね?一体いつの間にここまで!?」


「ああ私、走りに自信があるの」


「じ、自信があるにも程があると思いますわよ!?」




 そう驚いている藤之宮を先に起こし、私は苦笑しながら服に付いている砂埃を払い落としてあげた。


 そうこうしている内に辺りに漂っていた砂煙はすっかり無くなり、私は倒れた木の様子を確認しようと振り返る。


 するとその時、奥の木の影から怪しい人影が走り去ったのだ。




「待ちなさい!・・・っ!!」




 私はその人影を追おうと、足に力を入れ一気に立ち上がろうとしたのだが、その瞬間足に鋭い痛みが走った。


 私は思わずその痛みの走る足に視線を向けると、右膝から血が出ていたのだ。


 どうやら先程倒れた時に、擦り剥いてしまったようである。


 しかしそこでハッと気が付き、慌てて怪しい人影がいた方に視線を戻すが、すでにそこには誰もいなかった。




「しまった!」




 怪我の痛みに気を取られている内に、その怪しい人影を見失ってしまったのだ。


 私は自分の失態に唇を噛んで悔しがった。




「早崎さん・・・貴女、怪我されているの!?」




 そう藤之宮の驚いている声が聞こえてきたので、私は藤之宮の方に顔を向ける。


 するとその藤之宮は表情こそそんなに変わっていないが、明らかに顔色が悪かった。


 そしてよく見ると、僅かに体が震えているのに気が付く。


 やはり気丈に振る舞ってはいるが、相当怖かったんだろうと思った。




「こんな怪我、大した事無いから全然大丈夫よ!それよりも、藤之宮さんの方が大丈夫?」


「私の事などどうでもよろしいのよ!私の事より貴女の方が・・・」


「詩音さん!麗香!」




 藤之宮が凄い剣幕で私に迫ってきたので、私はその様子にたじろいでいると、高円寺の焦った声が聞こえてきたのだ。


 私はその声のした方に顔を向けると、酷く焦った表情でこちらに駆けてくる高円寺と、その後ろから険しい表情の響が一緒に走って来るのが見えた。


 そうして二人は私達の下まで来ると、私達の砂埃まみれの姿に目を剥いて驚く。




「一体何があったんだ!?」


「突然藤之宮さんの後ろにあった木が、藤之宮さんの方に倒れてきたの」


「木が?」




 私の説明に、高円寺は怪訝な表情で地面に倒れている木を見る。




「あんな木が突然倒れるなど・・・」


「私・・・さっきその奥の木の影から、怪しい人影が逃げていくのを見たの」


「何だって!?・・・分かった」




 高円寺は私の言葉を聞き驚いていたが、すぐに真剣な表情になり耳に掛けていた無線に触れ話をし始めた。




「・・・高円寺だ。中庭に怪しい人影がいたらしい。至急捜索するように」




 そう高円寺は無線に向かって、学園の敷地内で警護しているSP達に指示を出していたのだ。


 その間響は、じっと地面に倒れている木を見つめていた。




「・・・とりあえず指示は出しておいた。二人共怪我は無い?」


「あ、はい。大丈・・・」


「雅也!早崎さんが、私を庇って怪我をされているわ!」


「何だって!?詩音さん本当か!?」


「え、え~と・・・」




 高円寺が凄い形相で私に迫ってくるので、私は観念して擦り剥いた足を見せる。




「こ、これは!すぐ医務室に行かないと!!」


「大丈夫ですよ!こんなのただのかすり傷です」


「いや、ちゃんと治療しなければ駄目だ!」


「え、でも・・・きゃあ!」




 私はなんとか説得しようとすると、高円寺は険しい表情のままいきなり私を横抱きに抱え上げたのだ。




「こ、高円寺さん!お、降ろして下さい!!」


「駄目だ!こんな怪我をしている君を、歩かせる訳にはいかない!」


「だけど・・・」


「響君、すまないが私が戻るまで暫く麗香の事頼めるか?」


「良いですよ。僕の方こそ詩音の事お願いしますね」


「ああ」




 高円寺はそう響に返事を返すと、私を抱き上げたまま校舎に向かって歩き出す。


 私は困惑した状態で高円寺の肩越しから響達の方を見ると、響は笑顔で手を振ってきて、その隣にいる藤之宮は心配そうな目で私をじっと見ていたのだ。


 そうして私は高円寺に連れられ、医務室に向かったのだった。






 医務室に到着すると、高円寺は私を抱き上げたまま器用に扉を開ける。




「失礼します・・・保健医の先生は不在か・・・」




 そう高円寺は呟くと、私を近くにある椅子に座らせ薬棚を調べだした。


 そしてそこからいくつか治療に必要な物を取り出し、私の前に跪くと怪我をしている方の足に優しく触れてきたのだ。




「っ!」


「すまない!痛かったか?」


「い、いえ、痛くは無いのですが・・・恥ずかしいので、自分でやります!」


「いや、私がやるよ・・・ああ、君の綺麗な肌にこんな傷が・・・」




 高円寺は辛そうにそう言うと、手際良く怪我の治療をしてくれた。


 そうしていくつか治療してくれ、最後に丁寧に包帯を巻いて貰って漸く治療が終わったのだ。




「ありがとうございます」


「ああ・・・詩音さん、さっきは麗香を助けてくれてありがとう。ただもうこんな無茶はしないで欲しい。君が怪我をしたと聞いて、私は心臓が止まるかと思うほど辛かった」


「・・・すみません」


「いや、君が謝る事は無いよ。・・・う~ん、こんな怪我をした君には話しておいた方が良いかな」


「え?」


「麗香の事だよ。さっきの事故の時、怪しい人影を見たと言ったよね?」


「あ、はい」


「実はああ言う事は、昔からよくあるんだ」


「えっ!?」


「麗香は皇族の・・・それも皇太子の妹。だから麗香の事を狙って、兄の皇太子を脅そうとしている奴等がいるんだ」


「そんな人達が!?一体誰なんですか?」


「誰かとはハッキリ分からないが、奴等は反皇制派である事だけ分かっているんだ」


「反皇制派・・・」


「本当は当初、麗香をこの学園に入学させる事を、麗香の父親と兄が大反対してたんだ。だけど麗香が、国で決まっている事を皇族だからと例外にしては駄目だと言って、なんとか護衛を付ける事で渋々納得させていたんだ」


「そうだったんですか・・・」


「実は・・・麗香がまだ小さい時、その反皇制派に襲われた事があったんだが、その時も麗香を庇って怪我をした子がいたんだ」


「・・・・」


「幸い命に別状は無かったんだが、何ヵ月も入院する程の大怪我を負ってしまってね。しかもその子は、麗香と一番仲が良かった使用人の子だったんだ」




 高円寺は昔を思い出し複雑そうな表情になる。




「結局その事件が切っ掛けで、麗香は誰も近くに寄らせなくなってしまった。また自分の近くにいて、巻き込まれ無いようにする為にね。そうして特定の人と仲良くなる事を避け続け、すっかりあんな性格になってしまったんだ」




 そう苦笑する高円寺を見て、常に不機嫌そうに見える無表情で刺のある言い方をする藤之宮を思い出す。


 私は高円寺の話で、藤之宮のあの態度に納得したのだった。




「しかし最近、君達兄妹と接するようになった麗香は、とても楽しそうだったよ」


「そうなんですか?」


「ああ、特に響君と接してる時がね」


「響と?」




 そう思い出し笑いをする高円寺を、私は不思議な思いで見ていたのだ。




・・・響と一緒にいる時が一番楽しそう?あれで?結構不機嫌な声で、冷たくあしらわれているように見えたけど?




 私が困惑した表情で高円寺を見ると、私の表情を見て何を思っているのか察し苦笑してきた。




「長年一緒にいた私だから分かるんだ」


「そ、そうですか・・・」


「それよりも今は君の事だ」


「え?」




 高円寺が真剣な表情になり何かを私に言おうとしたその時、突然扉が音を立てて開いたのだ。




「あら?高円寺さんに早崎さん?ごめんなさいね、ちょっと用事で抜けていたから。・・・もしかして怪我したの?」


「お帰りなさい。すみません、先生がおみえにならなかったので、勝手に薬棚に触り詩音・・・早崎さんの治療をさせて頂きました」


「それは構わないけど・・・うん、治療薬も合ってるし完璧に治療できてるわね」




 保健医の先生は私の足を見て、近くに置いてあった薬品を確認し高円寺の治療方法に感心した。




「それで先生、このまま早崎さんを早退させたいのですが良いですか?」


「え?」


「う~ん・・・良いわよ。そうしないと安心出来ないんでしょ?大事な婚約者だから」




 そう言いながら保健医の先生は高円寺にウインクすると、高円寺は照れたように笑顔で頷く。




「それじゃ私が早崎さんの早退を連絡しておくから、もうこのまま連れていって良いわよ・・・あ、でも早崎さんの荷物が・・・」


「ああそれなら、もう手配してあります」




 高円寺がそう言うのと同時に、再び医務室の扉が開いた。




「み、三浦君!?」


「詩音さん!怪我したって聞いたけど大丈夫!?」


「え?ええ大丈夫よ。だけど何で三浦君がここに?」


「高円寺先輩に頼まれたんだ」


「ああ三浦君、持ってきてくれたんだ。ありがとう」


「いえいえ。はい、詩音さんの鞄だよ」


「あ、ありがとう・・・」




 私は戸惑いながら、三浦が持ってきてくれた私の鞄を受け取った。




「三浦君、クラスが違うのにわざわざすまないね。詩音さんと同じクラスの響君には、他に用事をお願いしてるから頼めなかったんだ」


「お気になさらないで下さい。これぐらいなら、いつでも頼んで下さって良いですよ」


「ありがとう」


「それにしても詩音さん、転んで怪我したんだって?詩音さんにしては珍しいね」


「え?転んで?・・・ああ、うんそう。ちょっと急いでて足元見てなかったから、段差に気が付かなくってそのまま派手に転んじゃったの」


「ああなるほど、だからそんなに制服が汚れているんだね」




 どうやら高円寺は三浦に本当の事は言わず、ただ私が転んで怪我をしたと伝えたようなのだ。




・・・そうよね。藤之宮さんの事言えないもんね。




 私はそう察し、高円寺の嘘に乗る事にしたのだった。




「それじゃ詩音さん、寮に戻ろうか」


「あ、はい・・・って!自分で歩けます!!」


「いや、私が責任を持って寮まで連れて行くよ」




 寮に戻ろうと椅子から立ち上がろうとしたら、それよりも早く高円寺に再び横抱きに抱え上げられてしまったのだ。


 私は慌てて降りようとしたが、高円寺はしっかりと私を抱きしめたまま離してくれなかったので、結局諦めて高円寺に運ばれる事にする。


 そうして私達は、生暖かい目の三浦と保健医の先生に見送られ、学生寮に向かったのだった。

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