失明剣士の恋は盲目

violet

夏休み編

ブサイクな八意単衣と盲目な枝垂林の出会い

 僕の顔を見るな。見たら腰に引っ下げたこの刀で斬り殺すぞ。


 しかし、ちょうど歩道橋の真ん中辺りを歩く彼を見る者はいなかった。黒と白が基調の星葉学園の制服を着た彼はただ一般大衆の一部に過ぎない。腰の得物もここでは何も珍しくない。


 彼は立ち並ぶビルの隙間から見える空を見上げた。オレンジ色だった。カラスも飛んでいた。しかし耳を澄ましてもカラスの鳴き声は聞こえない。聞こえるのは雑多な音。電光板から流れる広告の音。すぐ近くにある駅のアナウンスの音。


 歩道橋の階段部分はエスカレーターになっていて、彼はそれを使って降りる。手すりを掴んでいる手は震えていた。そして思い切り口を噛みしめていた。


「人間の本能なんだ」


 そう、仕方がないことなのだ。と彼は自分に言い聞かせた。そしてエスカレーターから降りると人目も気にせずに走り出す。急に走り出したものだから、そばにいた人たちが身を引いて彼を見た。


 行きついたのは公園だった。彼はそのベンチに腰掛ける。


――本日13時頃、エリアACB-134にて魔獣が出現、B部隊によって殲滅しました。


 公園に設置されている電光板でそのようなニュースが流れるが彼は気にも留めない。彼が目指したいのは対魔獣部隊、通称B部隊ではない。


「君」


 いつの間にか少女が目の前に立っていた。ポニーテールで結わえられた白い髪の毛がとても印象的だった。背が小さくて、彼の胸あたりくらいしかない。


単衣ひとえ君、ですよね」


 少女が言った。確かに彼は八意 単衣やごころ ひとえという名前だった。


「君は」


 単衣は言葉を止めた。どこかで見覚えがあったのだが、思い出せなかった。


「今日、ずっとあなたを見ていました」


 そう言う少女はずっと目を閉じたままだった。


「ふふ、私が見ていました、というのは中々面白いですね」


 ふふ、とやはり少女は笑う。


「それはともかく」


 少女はこほんとわざとらしい咳払いを一つ。


「単衣君、いや、単衣」


 唐突に呼び捨てにする少女。彼はまいったなと髪の毛をかく。


「髪の毛をかくのはやめなさい」

「は、はい」


 少女の指摘に、彼は思わず従ってしまう。


(あれ、目を閉じているのに何でわかったのだろう)


 単衣はじっと少女の目を見た。間違いなく閉じているように見えた。


「今日は星葉学園の終業式でしたね」


 紛れもなくその通りだった。明日から単衣たち星葉学園の生徒は夏休みだ。


「私は枝垂 林しだれ りん。夏休み明けに星葉学園に急遽入学する予定となったので、その下見に来ていました」


 枝垂 林。その名前に彼は聞き覚えがあった。対テロ部隊、通称A部隊。少数精鋭で有名なこの部隊は、単衣が目指している部隊だ。そして林はその部隊の隊員であり有名人だった。


「その下見の際、面白いものを見まして。ふふ」


 やはり目を閉じたまま林は笑う。林が目を閉じたままなのは、目が見えないからだ。それでもA部隊として戦えるのは、林の研ぎ澄まされた聴覚と観察力によって目が見える者と同等、あるいはそれ以上に状況を把握し、他者を圧倒する。


「体育館裏、そこで告白の現場を見た、いや聞いたんですよ。ふふ、べたですね」


 それは紛れもなく自分のことだと、単衣は冷や汗をかく。


「彼は言いました。僕と付き合ってください。ふふ、なかなか真っすぐな言葉で良いじゃないですか」


 林は笑う。


(これは一体何が起きているのだろう)


 A部隊の隊員が急に現れたかと思えば、先ほど惨敗した告白を馬鹿にされている。たしかに単衣が混乱するのも無理はなかった。


「それで、たしかあの女性、友里さんでしたか。ごめんなさい、私には好きな人がいるの。断られてしまいましたね」


 先ほど心を抉ったその言葉を再度耳にし、単衣はまた辛くなってしまう。


「友里は幼馴染で、ずっと僕の味方だった」


 単衣は目に涙を浮かべて語る。


「友里はとても優しくて。だからブサイクな僕でも、きっと受け入れてくれると思った。なのに」


 膝に乗せた手がぷるぷると震えていた。林は単衣の隣に座ると、そっと彼の頭を撫でる。


「まあ、面白いものをみせてもらいました」


 掛ける言葉がそれかよ。と普段の単衣ならそう思っていただろう。しかし彼は頭を撫でてくれる林に、優しさを感じていて心地よかった。


「人間の本能なんだ」

「本能、ですか?」


 単衣の言葉に、林は首を傾げた。


「女性は、付き合う相手はイケメンが良いに決まっているんだ」

「それは何故ですか?」

「本能だからだよ」

「どのような?」

「人間は良い遺伝子を残したいと思うんだ。その判断材料の一つが、見た目の良さなんだ」


 だから僕は友里にふられたのだ、と単衣は言った。友里の好きな人。それはまさに学内でイケメンの一人として有名な人物だった。その事実が単衣に追い打ちをかけていた。


「良い遺伝子ですか。そうですか。なるほどなるほど」


 林は立ち上がる。


「まあ、私には関係ありませんけどね」


 林はそう言って彼の真正面に立った。


「私は目が見えないので、恋人がイケメンかどうかなんてわかりませんし。恋人がイケメンだったとしても、私にはそれを楽しむ術がありません」


 この持論に対する反論が、こんなにも気持ちよく受け入れられるとは、単衣は思ってもみなかった。


「単衣。確かに良い遺伝子を残したいと、私も思います。でも私にとっての良い遺伝子とは、それすなわち」


 瞬間。単衣の鼻先には刀の切っ先が向けられていた。最速の剣士と言われた彼女の、居合。


「強さ」


 林は言い放つ。


「ふふ、やはりあなたは見えていましたね」


 林の言う通り、最速の剣士と言われた彼女の居合を単衣は見えていた。しかし、見えていても対応はできなかった。


「単衣、あなたは強くなりますよ」


 その言葉に、単衣は胸を打たれた。自分の強さを認めてくれる人は初めてだった。


「単衣。同じ刀使いとして、私の弟子になりなさい」


 ぴしゃりと林は言い放った。


「そして単衣。私の恋人になりなさい」


 それが八意 単衣と枝垂 林との出会いだった。

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