第30話 やまのいただき

 桜並木の美しい、とある山の頂に。

 一人の神が住んでいた。の名は山彦やまひこ

 見目麗しく、心根の優しい男神だ。

 山彦は言う。何故なにゆえ、人は我を崇め奉るのかと。恵みに感謝し、些細な事にも頭を下げるのか、と。

 動物は言う。それが、人の徳なのでございます。


 青葉生い茂る、とある山の頂に。

 二人の神が住んでいた。彼の名は木霊彦こだまひこ

 多忙を極める山彦を、補佐するべくして生まれた男神。

 木霊彦は言う。何故、人は争うのかと。些細な事にも腹を立て、唾を飛ばして罵り合うのか、と。

 動物は言う。それが、人の業なのでございます。


 紅葉の衣を纏いし、とある山の頂に。

 一人の神が住んでいた。彼の名は山彦。

 木霊彦は、人間に呆れて帰ってしまった。

 山彦は言う。何故、人は山を切り崩すのかと。猪を撃ち、熊を追い払い、過去より続きし大地を変えるのかと。

 動物は言う。人のやる事は、わかりませぬ。


 氷雪が覆いし、とある山の頂は。

 もはや、だれも住んではいなかった。

 皆、いずこへと去ってしまっていた。

 問いかける者もおらず、また答える者もいないこの山は。

 もはや、ただの土塊つちくれとしか、言いようが無かった。

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