第19話 髪の色

「ラーク大丈夫か?」


リリックが声をかけてきた。

俺がリリックの家から去った後に、俺を捜していたぺぺ町長の執事に会い、誘拐の話を聞いて、こっちに急いできたそうだ。


俺は話しかけるリリックの声にも全く反応できずに、ぺぺ町長の家の中で俺は顔面蒼白で固まっていた。

そしてただ見つめて動くことがなかった。


それはどこにでもよく生えている木の葉で大きく、この国では高い値段の羊皮紙の代わりに文字を書いたり、皿の代わりに使ったり、風呂敷の代わりに物を包んだりをかなり使われているよく見かける葉っぱだ。

だが………その上に人の髪があった。


茶色の髪、金色の髪、灰色の髪、紫色の髪、そして水色の髪が一束づつ、まとめられて在った。

それはただあるわけではない。それぞれには少しだけだが血がついていた。

その証拠に髪の先には毛根がついていた。


……きっと無理矢理むしり取られたのだろう。


これらはどこから届いたかというと、先ほどペペの元に都から定期便の馬車郵便から手紙が届いたのだ。

そしてその中にこれがあったのだ。

髪の毛の下の葉にはこう書かれていた。


【お前の息子、ポポは預かっている。

お前の息子と護衛達の命が欲しければ500万ギルを用意しろ

でないと預かっている者の命の保証はしない。

次の定期便の馬車で送る先を指定する。

ただし冒険者ギルドに依頼するとろくな結果はないぞ】


手紙にはそう書かれていた。次の定期便の馬車が来るのは8日後だ。


この世界でも営利目的の誘拐は存在する。そして誘拐するとその証明に人質の髪の毛を送る。

いろいろな種類の髪の色がある、この世界ならではの風習だろう。

都なら騎士が多少は動くだろう……だがそれは貴族相手だけだ。

これが貴族相手なら、名誉のために提示額よりも金を多めに払うし、騎士が必死で誘拐犯を捜して捕まえることがあると言われる。


だがしかし平民相手の誘拐犯を、本気で捜すことはまずない。

この世界では警察もいない世界だ。そして奴隷がいて、魔物に人が簡単に殺される世界。

人の命の価値は低く、特に平民を誘拐して人の命に奪ったぐらいでは、法的な罪も無ければ取り締まる人もいない。

人を殺したければ殺してもいいし、殺されたくなければ殺される前に相手を殺せばいい。


だから誘拐されると無事に帰ってくる確率はあまり高くない。

良い方で奴隷にされて売られるか、悪いと手足縛ったまま森に捨てられて魔物の餌にされてしまう言う……。

つまりはこの世界では誘拐されると、無事に家族の元に帰るのが絶望的だということ。


だが……家族は万が一の可能性を信じて要求をのみ身代金を払うことが多い。奴隷にされて売られることを願うからだ。


もう一つの解決策としては冒険者たちに依頼して探してもらう。

冒険者は金を渡すと動く。

だが彼らは基本的に魔物相手に戦うことが仕事だ。だから探索をするわけでもなく、わかった相手を殺すの復讐を手伝うだけだ。

人質解放するわけではない。

犯人を拷問の挙句殺すか、それか奴隷に変えてギルにするぐらいだ。

それでも恨みは晴らせる。冒険者も金が欲しいから必死に探す。

だから誘拐犯としては冒険者に依頼は嫌がる。


これが俺がシールやクラークから聞いた、この世界の誘拐事情だ。

初めは冗談かと思ったら、マッシュたちに聞いても同じことを言っていた。

マッシュは俺に『ラークは誘拐されることはないよクラークが常に気を付けているから』とも言っていた。



「ラーク、家に戻っていろ。あとはお父ちゃんたちがする」


クラークは俺の肩を叩き「家に帰れ」と促す。


マッシュ達は町長ぺぺからの報告を聞き、急いでこちらに来たそうだ。


「もしかすると、例のか?」


「ああマッシュ、多分な、ラークの後をつけていた怪しい奴らの可能性高い」


クラークとマッシュが検討を付けているみたいな話をしているが、それよりも……。


「どういうこと?僕の後って?!!」


俺を狙っていたとなると、間違いなく俺が目的!


「10日ほど前に、お前の後をつけていたこの街では見慣れない冒険者がいたからな。ラークがここ10日ほどは、家に籠っていたからすぐに消えたがな」


クラークがそう言った。

間抜けそうに見えてクラークは人を観察している。流石、治安維持隊の隊長でもある。


「なら僕の所為でポポたちが……!!」


リリックの予想が当たっていた。たまたま俺が家に籠ってこもっていただけで攫えさらえなかったのなら俺の所為だ。

俺を誘拐すればいいものを……くそ。


「いやラークは関係ない。今日手紙が届いたということは、前々からポポを誘拐して、身代金要求しようと思っていたのだろうな。一番の目的はポポだろうな。……多分ラークはついでだ」


マッシュがそういうが……いや俺が目的だったが、常にクラーク・・・・・・が守っている俺よりもポポの方が簡単だったのに違いない。


「マッシュ、アーロン達と合流できるか?」


「ああ、都に行けばいるはず、引退はしているがまだ生きてるぞ」


クラークが聞きなれない名前を言った。


「よし都に行く、ラッシュあとは任せた。街にいる冒険者達を何人か集めてマルトの護衛と治安を守れ、もしなにかあったらギミットの宿に連絡しろ」


「わかった」


マッシュがラッシュ君にそういった。

そしてペペが用意した布と葉を髪を包み、それを冒険者用のバックに入れ、ラッシュ君は町長ぺぺの家を出ていった。


「ペペ、脚の早い馬を2頭用意、それとシールにここに来るように連絡してくれ、あと携帯食料と水とかの用意も頼む。すぐにマルトをでる。」


クラークが手早く手配する。家の中はバタバタと皆が動き回る。



「父さん、僕も連れて行って、お願いします」


「駄目だ、断る!マルトにいろ!」


普段は、俺に優しいクラークが厳しい声で怒鳴る。


「危険なところに連れていくつもりはない。お前はまだ子供だ。どんなに賢くてもお前は俺の子だ。お前を守る義務が俺にはある!」


クラークが俺をにらむように言う。でも俺も引き下がるつもりはない。


「父さん、お願いします」


俺は土下座をした。この世界に土下座文化があるかどうか知らないが気持ちは伝わるだろう。


「駄目だ!そんなことをしても無駄だ起ちあがれ!」


「お願いします」


クラークが俺を起こそうとするが、俺は頭をあげない。折れるつもりもない。いざという時一人でもマルトを出てもいい。

俺が悪い、俺がなんとかしないといけない。


「クラーク、駄目だ……お前の息子だろ、ならまともに言う事を聞くわけがない……あーあ、ラークはシールに全部似ていると思ったけどな、やっぱり中身はお前の息子だ。あきらめろ。変に反対して、お前みたいに暴走でもしたら、たまったもんじゃあない。ほっとくと一人でも来るぞ、あの時のお前みたいにな……」


クラークの肩をポンポンと叩くと首を振って「あきらめろ」と言い、クラークは「うぐっ」と声あげた。


「父さん、お願いします。駄目なら、行った後からでも着いていきます」


クラークはマッシュに「ちっ余計な事ことを」とつぶやいたが大きくため息をつき。


「仕方ない、俺の言う事を絶対に聞けよ、ぺぺ、食料もう一人分追加だ」


「父さんありがとう」


これで何とか出来る。ポポ死ぬなよ。もちろんリリスとセララとマリとサリアもだ。







「息子を頼む」


クラーク達の手を取り、頼むペペ。



「俺が悪かった、頼む」


そして俺にも。


「ラーク油断するなよ」


リリックが俺に話しかける。


「ああ、わかってる」


リリックは俺の魔法を知っている。そして万能でもないことも知っている。

死人は生き返らせることは出来ないし、魔法の計算が出来なければ俺は負ける。剣術も俺よりも強い奴は沢山いる。



クールが泣きそうな顔をして俺の胸倉をつかみ。


「姉ちゃんを頼む、……お願いだ」


「わかってる、助けるさ」


いつもは俺には喧嘩しか売ってこないクールが、こんなこと言うなんてな。


……そっか、父親を亡くしたばっかりだしな。これ以上の肉親を失いたくないよな。

クールはそのまま俺の胸でボロボロと泣き出した。


「まかせろ、絶対に助けてみせる」


俺がこの責任をとる。



「我が力をここに、風の精霊よ、風をこの馬の身体に」


シールが馬に魔法を唱えた。この魔法は一定時間、馬の体重を軽くして早く走らせる魔法だ。


「気を付けてね、ラーク。お父さんを頼むわよ」


「うん」


そういえばシールは「僕も行く」いうと「仕方ない」とあっさりと賛成した。

一番に反対されると思っていたけど、何も文句を言わずに俺の荷物を用意してくれた。

多分クラークの嫁だから、こんなことが慣れているのだろうな。



「行くぞ、マッシュ!ラーク落ちるなよ」


俺はクラークと一緒の馬に乗り、マッシュの馬には食料とかを積んでいる。

そしてクラークとマッシュは、背中にランドセルを担いでいた。


俺が設計してリリックが開発して作ったランドセルだ。

荷物を運んで背中を守るバックとして便利なこのランドセルは、マルトで働く冒険者にとって定番のアイテムになっていていた。

魔物の革で作られたこのランドセルは、すでに何人もの命を救ったという報告をもらっている。

今では都に販売も始めているぐらいだ。


「クラーク、とりあえずソルトの峠までは一気に行くぞ、日が暮れる前に少しでも都に近づく」


「ヒィィィンン」


馬が鳴く。

馬と言っても見た目の姿はトカゲに近い生物だ。だが走る速度は馬と対して変わらないだろう。


俺たちは馬とは思えない速度で駆け出して行った。







「なんだ、ここまでは断然早いし、その上まだ魔法が切れていない?」


ソルトの峠に着いたマッシュは不思議そうに馬を見つめていた。

ここは岩塩が大量に産出されるために、ここで働く人のための休憩が出来て、魔物から守るための施設があり、本来ならばここで馬を休ませるためだったはずだ。


「本当だ、まだ馬も全然へばっていない?……まあいい、このまま都まで行くぞ!マッシュ」


馬たちはまだまだこれからと言わんばかりに「ヒヒーン」と鳴いた。



それはそうだろう。なんせ俺がいるのだから。

風の魔法速度アップは何度もかけ直しているし、その上生命の魔法エナジードレインで馬の体力は常に回復させている。

通りすがり魔物たちは突然に体力を奪われ、瀕死の状態になっているだろう。


多分、このままだと通常の10倍以上の速度でつけるだろう。クラーク達は疑問に思うのは当然だろうが関係ない。

少しでも早くつければそれだけ現状が変わる。


攫われてから何日ぐらいたっているのだろうか?

定期便の馬車は片道4日はかかる。つまりは4日は確実に過ぎている。

髪を見るだけでも、あんなひどい扱いされているのだ。


何事も無ければいいが……もし…もしも死んでいたりしたら……。



俺は心の中が暗く、どす黒く染まっているのがわかった。


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